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「友則がさぁ、部屋の鍵が見つかんねーっつってさ。いや、落ち着いて探せばあんのかも知んねーけど、この状態じゃ、探すに探せねーのよ。そんで、部屋には入れねーし、かといって放置しとく訳にもいかねーし。って言う訳で、悪いけど一晩泊めてやって」
玄関口でペラペラとそう言って、島崎だって名乗った人は、「悪いね、突然」って軽い口調で謝った。
全然悪いなんて思ってない感じ。当の友則君は「ラメれすって」ってぼそぼそ言ってるけど、島崎さんの方に聴く耳はないみたい。
「はい、荷物」
と、見覚えのあるエナメルバッグを渡される。
突然の展開に理解が付いていけなくて、オレは情けなくもキョドった。返事もできずに固まってると、島崎さんが友則君の頭を、ぐいっと上から押さえつけた。
「ほら、おめーからもお願いしろ。はい、『よろしくです』」
友則君の声は聞こえない。本人は「よろしく」なんて言ってない。
目を閉じたままの彼の体が、支えを失ってドサッと玄関に崩れ落ちる。それを助け起こすべきなのか、「じゃあ」って去ってく2人にお礼を言うべきなのか、迷ってキョドって、結局どっちもできなかった。
「ないとは思うけど、念のため。何かあったら電話して」
そんな言葉と共に、名刺が1枚残される。
名前と電話番号、それからフリーメールのアドレス……たったそれだけしか書かれてないけど、シンプルで格好いい名刺だった。
「何かって……?」
呟くように訊いても、応えはない。パタン、と閉じられたドアを眺めて、それから倒れ込んだ友則君を見下ろす。やっぱ酔ってるみたいだ。真っ赤な顔してて、酔っぱらい特有の甘ったるいニオイがした。
「友則君……?」
声を掛けると、ぶつぶつ言ってるのが聞こえた。
耳を近付けると、まだ島崎さんと話してるつもりみたい。呂律の回らない口調で、「ラメれす」って呟いてる。
「達川ぁんちぁラメらって。あいつ、カンチァイして……」
カンチガイ。すごく小さな呟きなのに、胸にグサッと突き刺さった。
オレ、カンチガイなんかしてないよ、友則君。ちゃんとオレ、特別なんかじゃないって、分かってる。
キミを一晩泊めたって、舞いあがったりしないし、期待もしない。自分が大勢の中の1人だって、ちゃんと理解してる。永遠に片想いだってことも――。
「分かってるよ、友則君」
話しかけても返事はない。
オレの言葉、聞こえてるかどうかも分かんない。
「ベッド、行こ?」
声を掛けて、肩を貸して立たせようとしたけど、彼にはもう、立つほどの力もないみたいで。ただ、アルコールのニオイと誰かの香水のニオイを、ぷーんと嗅がされただけだった。
急激に吐き気が込み上げて、慌ててぐっと生唾を呑み込む。
誰かの残り香がイヤなのか、アルデヒド臭に酔わされたのか、自分でもよく分かんない。分かんないけどムカムカして、胸がヒリヒリ痛んで、たまらなかった。
いっそ水掛けてやろうかな、とホントに一瞬思ったけど、そんな大胆なことができるハズもない。
オレは土嚢を運ぶみたいにして、友則君の体をラグの上まで引きずった。
「キミ、まだ未成年でしょ」
オレは誕生日とうに過ぎたけど、友則君は冬生まれだ。
ぼそっと叱りつけて、頭から掛け布団をバサッと被せる。友則君は何も返事をしないまま、もそもそとオレの掛布団にくるまった。
やだなぁ、って思う。
好きな人がオレの布団使うの、嬉しいハズなのに、何か今日は凄くヤダ。
なんでこんな、癇に障るんだろう? 臭い香水、布団に移ったらヤダな、とか。吐かれたらヤダな、とか。泥酔した友則君なんて見たくなかったな、とか。
……メンドクサイの、押し付けられちゃったな、とか。
そんな風に思いたくないのに、胸の奥からどんどん黒い靄が溢れてきて、どうしよう、オレ、真っ黒だ。
嫉妬? 絶望? 黒い感情が後から後から湧いて来て、自分がどんどん黒く汚く濁ってく。ドロドロのぬかるみにハマって、身動き取れなくなって行く。
頭の中に、何度も何度もさっきの友則君の言葉が浮かんで、忘れようとしても忘れられなくて、しんどくて辛い。
カンチガイしてないよ、オレ。分かってるよ、友則君はオレのことなんか好きじゃない。
オレはたくさんいるセフレの1人で――多分、すごく都合のいい相手、で。
こうやって島崎さんに彼を預けて貰えたのも、セックスの時にゴムを使わないで貰えるのも、全部オレが男だからだ。特別だからじゃない。
大体、セックスしてる最中にだって、「好き」の一言も貰ったことないのに。
「カンチガイしようがないよ。友則君……」
ぼそりと呟いて、ベッドの上、ヒザを抱えて顔を伏せる。
こっそり添い寝したいな、とか、そんな気分にもならなくて、臭いニオイ嗅ぎたくなくて、現実も見たくなくて、灯りを消して目を閉じた。
オレはやっぱ疲れてて……今は何も考えたくなかった。
冷蔵庫をバタン、と閉める音で目が覚めた。
ぼんやり目を開けると、部屋の中に誰かが立ってて、友則君だと気付いて、ガバッと起きる。
いつの間にかオレは、掛け布団をまとってて。自分の布団だけど、友則君が掛けてくれたんだと悟って、その温かさに泣きそうになった。
「おはよ」
顔をこすって、浮かんだ涙を誤魔化しながら、友則君に声を掛ける。
返事はない。友則君はオレの冷蔵庫から、勝手にミネラルウォーターを取り出して、ごくごくと一気にあおってる。取り敢えず、元気みたいでホッとした。
けど――そんなささやかな喜びも、友則君は、簡単に台無しにできるんだ。
「じゃあ、ヤるか」
飲み干したペットボトルを、ぽいっとシンクの中に放り投げて。友則君がちょっと怖い顔で、ズカズカとオレの方に歩いて来た。
そのまま布団の上に押し倒されて、強引にシャツを脱がされる。
「ま、待って。ヤるって……?」
何が「じゃあ」なのか、なんで突然そうなったのか、全く分かんなくて言葉に詰まった。ぐいっと突っぱねた手をあっさり取られ、布団の上に押さえつけられる。
ささやかな抵抗なんて、意味なくて。
「オレがここにいる理由なんて、それ以外にねーだろ?」
当たり前のように言われた言葉が、ホントに当たり前すぎて、反論もできなくて、痛かった。
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