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「トモ、お前最近、評判ワリーぞ。さくらやってんのバレてんじゃねーか」
オレを胸に抱いたまま、島崎さんが大声で言った。
「だからいつも、適当に数人つまめって言ってんだろ。さくらの女でもいーからさぁ」
友則君は答えない。
ソファ席にドカッと座ったのが、島崎さん越しにちらっと見える。
「今更マジメにしたって、遊んでたのは事実だし、消しようがねーっての」
島崎さんの言葉に、「分かってますよ」ってぼそっと応えるのが聞こえた。
「トモ、何かあったの?」
からかうように訊きながら、島崎さんの後輩がバーカウンターの中に入った。
それに、くくっと笑いながら答えたのは、島崎さんだ。
「本命と切れたんだってよ」
その言葉には、ドキッとした。
本命!? 友則君に本命なんていたの!?
もうオレには関係ない事だけど、でもやっぱ、ショックだ。
友則君は――たくさんセフレがいて、誰にでも平等で、誰にも愛を囁かないし、誰も家に呼ばないし、誰とも朝を迎えない。
そういう噂は散々聞いたし、友則君本人もそう言ってたのに。ホントのホントには本命がいたの?
ショックで足元がふらついて、目の前の誰かのシャツに縋る。
島崎さんがそれに気付いて、肩をぐっと支えてくれた。その胸元から、また強く香水が匂って混乱する。
これは忘れもしない、あの別れの日の晩、散々嗅がされたニオイだ。べろべろに酔った友則君に、しみついてた誰かの残り香。
誰かって、島崎さん? そういえばあの時、友則君、島崎さんにずっと抱えられて立ってたけど。
……意味深な移り香じゃなかったのか?
何がホントかウソか、分かんない。胸が痛い。
「お前、本命の子に本命だって、言ってなかったんだろ?」
島崎さんの後輩が、カウンターの中から言った。
「つーかさ、とっくに女遊び辞めてたってことも、言ってなかったんだろ? そんなだから、トモダチなくすんだよ」
島崎さんがそう言った後、「なあ?」とオレに囁いた。ビクッと肩を揺らすと、楽しそうにくくっと笑われる。
トモダチってオレのこと? 本命って誰のこと?
とっくに遊ぶのを辞めてたって。それは一体いつのこと? オレと終わりになる前? なった後?
訊きたいのに訊けない、問いただす資格もない。オレたちはもうトモダチでもないから、どうすればいいのか分かんない。
友則君は何も反論しないまま、ちっ、と1つ舌打ちをした。
「逃げた本命なんかよりさー、もっとトモダチ大事にしたら?」
そう言ったのは、島崎さんの後輩だ。バーカウンターの中で作られたお酒が、カウンターの上にコトンと置かれる。
友則君がそれを、むくっと立ち上がって取りに行ったのが、島崎さん越しに分かった。
どんな顔してるのか、ここからは見えない。
けど見つかるのも今更怖くて、オレは、島崎さんの陰に隠れるしかできなかった。
その内、バーの入り口のドアが開いて、女の子が数人入って来た。
「こんばんはー」
「あー、トモ君また飲んでるー」
甲高い声で騒ぎながら、女の子たちが遠慮なく友則君を取り囲む。彼の腕や背中に、細い手が伸ばされるのを見せられて、カッとしてモヤッとして、目を逸らした。
そう言えばここって、乱交パーティ会場だよね?
オレ、友則君を守りたいっていうので頭がいっぱいで、考えてなかった。ここで今から、「みんなで楽しく気持ちよくなる」んだ。
友則君も、なるんだ。オレ以外の誰かと。――そう思うと、ゾッとした。
あっ、でも、友則君は「さくら」で「客寄せ」なんだから、今日は関係ないのかな? それとも島崎さんに言われたとおり、2、3人つまんだりするのかな?
考えただけで気持ち悪くて、ぐっと吐き気が込み上げる。
友則君が女の子と、なんて、考えただけでもイヤなのに。もしかしてこのままここにいたら、目の前で見せられることになっちゃうの?
今はまだ誰もいない、広いお座敷の方をちらっと見る。
全身の毛が逆立って、心臓の辺りがぎゅーっと痛む。
どうしよう、オレ、そこまで考えてなかった。当たり前のことなのに、気付けなかった。なんてバカなんだろう。どうしよう?
ぐるぐる考えてると、すぐ間近で「あれーっ」って女の子が言った。
「島崎さん、その子誰? ニューフェイス?」
顔を覗き込まれて、慌ててうつむくと、島崎さんが庇うように、胸元に抱き寄せてくれた。
「これ? 可愛いでしょ、オレの新しいペット、たーくん」
島崎さんの軽口に、「えーっ」と甲高い歓声が上がる。友則君の横にいた子も集まって来て、「よろしくー」って肩を叩かれた。
ビクッと顔を上げると友則君がこっちを見てて、わわっと思って顔を伏せる。
バースペースには他の男女も増えていて、いつの間にか20人くらいになっていた。みんな同年代に見えるけど、太ってる人、痩せてる人、背の高い人、低い人……とそれぞれ色々だ。
中でもやっぱり、友則君と島崎さんの2人が際立って格好良くて、モテるのも分かる気がした。
と、その友則君の声が聞こえた。
「島崎さん、そいつ、いつからいたんスか?」
その声がちょっと怒ってるように響いて、ドキッとする。
でもオレ、カツラ被ってるし。声だって出してないし、目も合ってないし、バレるハズないよね……?
「あー? たーくん? 最初からいたけど?」
島崎さんが笑いながら、オレの頭をカツラ越しにぽんぽんと撫でた。
けど、友則君の剣呑な口調は治まらない。
「最初からって!?」
鋭い声と共に、肩を掴んで振り向かされる。
「おま……っ」
と、オレを見て友則君が口を開いた。
けど、それどころじゃなかった。
その彼のすぐ後ろに――目の下に目立つホクロのある、見覚えのある男子が立っていた。
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