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「明るいトコまでな」って言って、島崎さんが見送りに出てくれた。
「ホントにケガしてねーの?」
気遣ってくれながら、古そうな階段をゆっくり降りる。
頭のてっぺんがちょっとヒリヒリするくらいだし、オレだって男だし。別に1人でも大丈夫なんだけど、でも、そんな風に優しくして貰えると、嬉しかった。
あのホクロ男子については、警察を呼ぶかどうか、オレが決めろって言われた。ケガしたのはオレだけだったし、一応顔見知りだったから、かな?
でも、オレは首を振って断った。
ホントに軽傷だったし、誰かが「警察はヤベェ」って言ってたの聞こえたし……友則君、まだ未成年なのに飲酒してたし。そもそも乱交パーティ自体、一応犯罪なんだって。それを聞いたらなおさら、警察呼ぼうとは思えなかった。
島崎さんも友則君も、犯罪者にはしたくなかった。
「けど、もうここらで潮時なのかもな」
島崎さんは歩きながらそう言って、ため息を1つついた。
「サークルが大きくなり過ぎた。人の出入りが多過ぎて、全員の顔を把握できてねーし。今日みてーなトラブルは、起こるべくして起きたって感じだ。今後も増えるかも知れねぇ」
って。
だから、近々解散しようと思う、って。
「友則のさくらも、もう終わりだ。もうトモダチと遊んでるとこ、呼び出すこともねーから」
見透かしたように言われ、軽く頭を撫でられて、ズキッと胸が痛む。
「別にオレは、もう……」
関係ない。そう言おうとした時――。
「達川!」
後ろから友則君の声が聞こえて、飛び上がるくらいビックリした。
ギョッとして振り向くと、全力で走ってきたのかな? 友則君は肩で息してる。
声を詰まらせて何も言えないでいたら、横からぽんと肩を叩かれた。
「じゃあ、お邪魔みてーだから帰るわ。もうないと思うけど、もし何かあったら、また連絡して」
島崎さんがそう言って、オレを見下ろし、にやっと笑った。
何か企んでるみたいに半眼を閉じて笑ってて、何かと思ったら、耳元に顔を寄せられた。
「素直にな、たーくん」
こそっと囁かれ、耳元に軽くキスされる。
「ふわっ!」
ビクッとして耳を押さえ、カーッと赤面すると、島崎さんがくくっと吹き出した。
何に素直に? なんでキス?
耳を押さえたまま固まったオレを置いて、軽く手を挙げ、大股で戻っていく島崎さん。すれ違いざま、友則君にも何やら囁いてたけど、何を言ったのかは聞こえなかった。
ぼうっと見送ってるオレの元に、代わりに近付いて来たのは友則君だ。見たことないくらい思い詰めたような顔をして、「達川」ってもっかいオレを呼んだ。
やっぱり好きだなぁと思って、ぎゅうっと胸が痛くなる。
体の関係を断ち切って、連絡取らなくなって、会わなくなって――1ヶ月。吹っ切れたつもりでいたのに、まだ未練あるみたい。目の前に立たれると切ない。
言いたいことも訊きたいことも、いっぱいあるのに言葉が出ない。
「話がある」
友則君が固い声で言って、オレの手首をぎゅっと握った。逃げるつもりはなかったけど、逃げられないなって、覚悟した。
連れて行かれたのは、友則君の大学のすぐ近くのアパートだった。
どこだろうと思ったら、友則君ちだって言うからビックリした。だって友則君、部屋には誰も呼ばないんだって聞いてたし。
でもよく考えたら、オレはもうセフレじゃなくてトモダチ、だし。だったら別にいいのかも?
「カギ……すぐ見付かった?」
ドアのカギを開けるのを見て、ふと思い出して訊くと、友則君が小さく笑った。
「前もそれ聞いたな」
確かにその通りで、ギクシャクとうつむく。
「カギは、服のポケットにあった」
友則君は自嘲するようにそう言って、ふわっとオレの頭を撫でた。
中に入ると、本棚とデスクとベッドくらいしか家具の無い、シンプルでスッキリとした部屋だった。女っ気のカケラもなくて、ほんの少しホッとする。
ラグの上にオレを座らせ、友則君が深々と頭を下げた。
「あの日はゴメンな。どうかしてた」
面と向かって謝られると、「ううん」って言うしかできない。
あの時はオレも、色々限界で。誰かの移り香を嗅がされるのもイヤで、気持ちに余裕がなくて、許せなかった。
一言、「香水、イヤだ」って言えば良かったのかな? それとも、あの頃の友則君はイジワルだったし、言ったところで、笑われて終わりだったかな?
あの日の悲しい気持ちがよみがえって、じわっと視界が滲む。
終わったことなのに、まだ好きでみっともない。
泣いてるの気付かれたくなくて、慌てて目元をぬぐい、オレは強引に話題を変えた。
「友則君の本命って、どんな人?」
ズバッと訊くと、友則君は目を見開いて絶句した。困ったような顔を見て、胸が痛くてくすっと笑う。
友則君の好きな人なんて、ホントは聞きたくないし、知りたくない。けど、ちゃんと聞いて「失恋」の2文字を頭から理解しないと、吹っ切れないような気がした。
セフレがたくさんいて、自由気ままで、来る者拒まず去る者追わず、誰の手も取らないって言われてた友則君。
独り占めできない恋に、1年間、オレは苦しんできたけど――だからこそ、訊く権利あると思う。
「オレ、まだキミのこと好きなんだ。だから……ちゃんと、振って欲しい。じゃないと、先に進めない」
自分でも勝手なこと言ってるなぁと思ったけど、本気で言ってるって分かって貰おうと、ぐっと顔を上げて友則君を見た。
そしたら、逆に質問されたんだ。
「島崎さん、か? 先に進むって。島崎さんと付き合おうとしてんのか?」
なんでそういう話になるのか分かんなくて、「違うよ」と首を振る。でも、友則君は真剣みたい。
「だってさっき牽制されたし。それにお前、あの人のニオイがぷんぷんすんだけど」
「ええっ、ほ、ホント?」
ぷんぷんすると言われても、自分のニオイまでは分かんない。
牽制されたって、何言われたのかは知らないけど、でも多分、からかっただけなんじゃないかと思う。
それに香水のことは、これでちょっと納得もした。あれくらいの接触でニオイが移るなら、多分あの日の友則君も、一緒だったんだろう。事後の、意味深な移り香じゃなかったんだ。
オレの誤解だった。
「……あの日のキミもね、同じだったんだ。香水のニオイぷんぷんさせて、べろべろに酔ってて……」
「ごめん」
友則君が短く謝るのに首を振って、オレは正直に、あの日嫉妬したことを打ち明けた。
「他の女の子の残り香、付けたままで来たのかと思って、イヤだった。遊びなのは最初から分かってたけど、それでもやっぱりイヤだったんだ。好きだから。独り占めできないのは、辛かった」
友則君は、真剣な顔してオレの話を聞いてくれた。
もう今更遅いけど、向き合って貰って嬉しい。
「島崎さんは格好いいけど、友則君の方が、オレには格好よく見えるよ。優しいし、頭いいし、好きだ。……好きだった、から……」
言いながら、じわっと視界が歪む。
自分でも何言ってるのか分かんない。何が言いたかったか、どうしたいのか、もう頭の中がぐちゃぐちゃで分かんない。
泣きたくないのに涙が出てきて、オレはぐうっと息を詰めた。
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