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「あのさ……」
やがて友則君が、ためらうように口を開いた。
「オレはずっと、お前のカンチガイじゃねーのかって思ってた。オレを好きだっつーのはさ、尊敬と過剰な友情の延長で……その、お前が落ち込んでる時に励ましたか何だかで、感謝してるつってたじゃん? そういうのを、恋愛感情だと錯覚してんじゃねーのか、って」
「えっ、さっかく……?」
友則君の言葉をすぐには理解できなくて、頭の中で繰り返す。
今、何て言った? オレのカンチガイ? なんで?
「違うよ、錯覚じゃない。カンチガイ、してないよっ!」
言い返しながら、ズキッと痛む胸を抱える。
オレ、何もカンチガイしてない。そう思ったのは2度目で、1度目は……あの、酔った友則君が来た夜だ。
あの時のカンチガイと、今のカンチガイの意味は多分違うけど。でも、どっちも心外で、どっちも的外れで、そう思われてるのが悔しい。
うまく言えないけど、モヤモヤが募る。
尊敬と、過剰な友情? 落ち込んでた時に「お前は頑張ってる」って認めて貰えて、救われたから? それは勿論、否定できないけど――でも。そっから恋愛に発展することだって、あるでしょ?
「オレ、カンチガイしてない! ほっ、ホントに友則君のこと、好きなんだよ? キミが遊んでるって話聞くたびに、すごくイヤだったし。他の女の子と、今頃遊んでるんじゃないかって、考えるのもイヤだった。キミにとっては遊びで……オレなんか、本命になんてなれっこないのも、ちゃんと分かってて、でも分かってたけど……好きで……」
言ってるうちに、また訳が分かんなくなっちゃって困った。気持ちをうまく伝えられない。言葉がすらすら出て来ない。
悔しくて、泣きたくないのに涙が溢れて、両手の甲でぐいぐいとぬぐう。
好きだってコト、否定しないで欲しい。
「オレの気持ち、勝手に決めないでっ!」
友則君の目を見てそう言うと、また静かに「ごめん」って言われて、なんでか余計に胸が詰まる。
今更彼に縋りたくないのに、抱き締められると震えた。彼の体温を全身の細胞が喜んでて、まだ好きなの否定できなくて、悲しい。
セックス以外でこんな風に、しっかり抱き合うことなんてなかったのに。なんで今なんだろう?
本命がいたのに。なんでオレに、優しくするんだろう?
トモダチだから?
だったら――。
「オレ、やっぱりトモダチに戻れそうにない。ごめん」
オレはそう言って、そっと友則君の胸を押し返した。
「分かってる。オレも戻れねぇ」
友則君の言葉にズキッと胸を刺されつつ、何も言えなくて、こくりとうなずく。
ちらっと見上げると、彼はやっぱり思い詰めたような、静かで真剣な顔してた。
「達川」
真剣な顔、真剣な声で友則君が言った。
雰囲気に呑まれて、びりっと背筋が震える。息が詰まるような緊張。
「もっかい最初から、やり直しさせてくれ」
その緊張の中で、言われたセリフにも息が詰まった。
意味が分かんなくて、視線が泳ぐ。
「もっかい……って?」
「そう。もっかい、最初から」
最初からって、初めて会った高1から? それとも、体の関係が始まった去年?
どっちか分かんなくて、真意も分かんなくて、黙ったまま答えないでいたら、「好きだ」って言われた。
「この1ヶ月、どうにか諦めようとしたけどムリだった。前はオレ、『遊んでやる』なんてヒデェ誘い方したけどさ、遊びじゃなくて、ちゃんと付き合って欲しい」
それはこの1年、ずっと欲しくて、ずっと貰えずにいた言葉だった。
「好きだ、達川」
ウソだとしか思えなかった。
「オレの本命は、お前だ」
突然そう言われても、そんな単純に喜べない。
「ウソ、だぁ」
思わずそう言ってしまったのは、仕方ないと思う。だって、現実味がない。ウソじゃなけりゃ、夢だ。
緩く首を振ると、友則君が泣きそうな顔で小さく笑った。
「ウソじゃねーよ」
そんなセリフと共に、両手をぎゅっと握られる。友則君の手は、冷たくてちょっと震えてた。
「好きだ」
感情を抑えたような、ちょっと掠れた声で、友則君が繰り返した。
「頑張ってるとこも、すぐ泣く割に芯が強いとこも、強がりなとこも、前向きなとこも、優しいとこも、真面目なとこも、頑固なとこも……時々、とんでもなく行動的になるとこも。全部、好きだ。達川」
真剣な声で名前を呼ばれて、ドキンと心臓が跳ねる。
もう「ウソだ」って勝手に否定はできなくて、でも信じることもできなくて、何て言えばいいのか分からず、途方に暮れた。
バカみたいに目も口もぽかんと開けたまま、呆然と友則君を見つめ返す。
友則君は格好いい。
遊んでても、遊ぶのを辞めても、軽薄そうに笑ってても、真剣な顔してても。格好よくて、ズルい。
「島崎さんに言われた通り、過去は変えらんねーし、遊んでた事実もなくなんねぇ」
静かにそう言って、友則君がオレの手を握った。
筋張った厚い大きな手。長い指の指先はやっぱまだ冷たくて、緊張してるのが分かる。
友則君は真剣だ。真剣にオレに話してる。
「今まで散々爛れた遊びして、体も心も正直、汚れまくってると思う。それをイヤだっつーなら仕方ねーけど……でも、頼む。もっかい、チャンスくんねーか?」
手を握られたまま、目の前で頭を下げられて――こんな時、なんて言えばいいんだろう?
「オレは……」
ずっと友則君が好きだった。
たくさんのセフレの1人にしか過ぎないって、分かってても好きだった。相手にして貰えないより、ずっとマシだと思ってた。
でもホントはずっと辛かった。
オレだけ見て欲しくて、友則君を独り占めしたくて、「好き」って言って欲しくて、他のみんなに嫉妬して、思いに押し潰されそうで、イヤだった。
向き合って欲しかった。
優先して欲しかった。
ウソでも「お前だけ」って言って欲しかった。
「もう……遊びじゃない……?」
震える声で訊くと、手をぎゅっと握られて、「遊びじゃねェ」って言われた。
友則君の手は冷たいままで、それをどうにかしてあげたいって反射的に思ってしまって、じわっと涙腺が緩む。
「オレ、だけ……?」
「お前だけ」
欲しかった言葉を貰えて、「誓う」って言われて、抱き締められて崩れる。
「随分前から、とうにお前だけなんだ、達川。言ってやんなくてごめん。傷付けて悪かった。大事にして、2度と泣かさねーって誓うから、やり直しさせてくれ」
懐かしい温もりの中、固い胸に抱かれる。
耳元に、大好きだった低い声が響く。
「随分前から」って、いつからだろうって、ちょっと思ったけど訊かなかった。
過去なんて、どうでもいい。今オレだけを見て、この先も一緒にいられるなら。ホントに真剣に、約束してくれるなら。信じてもいいと思った。
今度は辛くない恋がしたい。
「分かった」
うなずくと同時に、キスされる。
触れるだけの、誓いのキス。そして、初めての恋人のキス。
初めての恋人としてのセックスは、すごく優しくて、すごく気持ち良くて――初めて2人で迎えた朝は、なんでか恥ずかしかったけど、すごく幸せで嬉しかった。
急に真面目になったとしても、広まった評判は簡単には消えないみたいで、その後も友則君の噂を聞くことがあった。格好いいとか、遊んでるとか……調子乗ってる、とか。
でも、当分は仕方ないのかな?
あのホクロ男子は、髪も眉も全部剃られた顔で、大学に来てるのを1度だけ見た。向こうもオレに近寄らなかったし、オレからも声は掛けなかった。
一緒にいた女の子やメガネの男子は、どうなったのか分かんない。
何かの講義で一緒なんだと思うけど、もう探さなかったし、どうでもいい。オレとしてはただ、友則君のこと、諦めてくれればそれで良かった。
友則君がオレんちに頻繁に来てるのも、やっぱ見てる人は見てるみたいで、今でも「紹介して」って頼まれることがある。
そういう時にはどよんとするし、嫉妬するし、面白くはないけど、ちゃんとホントのこと言うようにしてる。
「友則君には恋人いるから、諦めた方がいいよ」
って。
断る時、イジワルな顔もしてないみたい。
逆に、「なんで嬉しそうなの?」って訊かれて、無自覚に笑ってたみたいで、鏡を見るのが恥ずかしかった。
「どんな子?」って訊かれると困るけど、心が真っ黒になるようなことは、もうない。
友則君は格好いいし、モテるし、昔は散々遊んでたけど――今は真面目で、オレだけを愛してくれるから。
今はそれだけで、幸せだった。
(終)
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