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匠side ⑧
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『お掛けになった電話番号は…… 』
時間はもうPM10:15
あれから何度掛けても繋がらねえ。最初は電車かと思ったけど違うよな。
何処か地下にでも居るのか?誰かと飲んでるとか?
それとも、電源を切ってる…… ?
真琴が携帯の電源を切るなんて事、今まで1度も無かった。沸き上がる不安から目を反らす様に 俺は何度も自分に言い聞かせる。
真琴に謝るって決めただろ。
裏切った事、逃げ回った事、今まで苦しめた事。真琴は半年間も俺を待っててくれたんだ。辛くても 苦しくても 真琴は逃げなかった。たった1日待てなくて どうする。
そう思うのに、嫌な予感が拭えねえ。
じっとしてるから余計な事、考えちまうんだ。
俺は食い終った皿をキッチンに持って行き洗剤を手に取った。真琴と並んで片付けをするのが好きだった。初めの頃は料理だって手伝おうとしたんだ。でも狭いキッチンで俺は完全に邪魔しかしてなかった。だから料理を手伝うのは諦めた。でも せめて片付けだけは手伝いたかった。それすら邪魔だったけどな。何枚も落としちまって駄目にしちまったよな。真琴が気に入ってたグラスまで割っちまった。同じのを探しに行ったんだけど、何処にも売って無かった。真琴は気にするなって笑って許してくれたけど 自分の不器用には ほとほと愛想が尽きる。でも真琴だって最初から何でも上手くこなしてる訳じゃねえ。料理だって真琴が努力したから あそこまで上達したんだ。だから俺も諦めなかった。その内どうにか邪魔にならない程度に片付けを手伝える様になったんだ。
たった1枚の皿を洗うのに 全然時間は掛からなくて、あっという間に やる事が無くなる。
洗濯もしとくか。脱衣場で籠に放り込んだままのワイシャツと下着を洗濯機に入れようとした時、フワッと香水が匂った。ああそうだ、今日のクライアント 香水キツかったからな。と、思った瞬間ドキッとした。香水の移り香って こんなに残るものなのか?あの派遣女も甘い香水をつけていた。もしかして今までも俺のワイシャツから匂ってた?真琴は どんな思いで洗濯をしてた?
俺は一体どれだけ真琴を叩きのめしてきたんだ?
洗濯機の前で呆然と立ち尽くしたまま、俺はもしかしたら真琴はもう帰って来ないかもしれねえ不安に駆られた。もしそうなっても完全に自業自得だ。真琴を責められねえ。俺はそれだけの事をしたんだ。今更 謝って許される事じゃねえ。真琴は俺の側に居ねえ方が幸せになれるんじゃねえのか?
今まで 真琴に申し訳ねえとか、会わせる顔がねえとか、自分の気持ちばかり優先して逃げ回ってた間、真琴がどんな気持ちで俺を待ってくれていたかなんて考えてもみなかった。真琴の気持ちを一番に考えなきゃいけなかったのに!
洗濯機が無機質な音を立てながら動き始める。しまった、柔軟剤を入れ忘れた。慌てて柔軟剤を探すけど見当たらねえ。そういえば洗剤の隣に、透明な容器に入った薄いピンク色のボトルが置いてある。これか?と手に取りキャップをひねって匂いを嗅いでみる。この匂いだ。いつもキチンと置いてあったフワフワのタオル、顔を拭くとフワッと香るこの匂いが好きだった。どこのメーカーかは知らねえ。俺は 本当に何も知らねえ。全部 真琴に頼りっきりだ。
ふと頭の中で声が聞こえた。
『匠は不器用なだけだよ。俺は知ってるよ、匠は本当は優しくて強い男だ。』
いつだったか、真琴が俺に言ってくれた言葉。
あれは そうだ、思い出した。匠と付き合う事になった あの日。真琴に告白されて そのまま付き合う事に雪崩れ込むのが申し訳無くて、俺から正式に交際を申し込んだんだ。真琴を避けて 遠ざけて 自分の気持ちを誤魔化してた事を誤りたかった。ケジメをつけたかった。その俺に掛けてくれた言葉。
真琴はいつだって俺の気持ちを優先してくれる。俺が 自分の気持ちを口にするのが下手なのを理解した上で焦らさず待ってくれる。急かされた事も責められた事も 1度もねえ。
俺は真琴の優しさに甘え胡座をかいてはいなかったか?
そういえば、今朝 俺が 出ていくって言った時、真琴は まるで用意してた言葉かの様に『今までありがとう。』と言った。
もしかして…… 本当に用意してた?
俺が別れたいのに言い出せなくて逃げ回ってるって思ってたのか?まだ女と続いていると?
俺が別れたいって言ったら頷く覚悟で側に居てくれてたのか?
違う!そうじゃねえ!真琴、違うんだ!
不器用を言い訳に、口下手を言い訳に、自分を変える努力の1つもしねえで 今更誤解だの何だの都合のいい話なのは分かってる。でも もし真琴が本当に誤解しているのなら ちゃんと俺の口から説明してえ!
俺はもう家で じっと待ってなんていられなかった。
財布と鍵を掴んで家を飛び出した。
1秒でも早く真琴に逢いたかった。
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