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大学卒業後私は派遣会社に登録した。そこは父の弟、つまり叔父さんの会社で 私を小さい時から可愛がってくれてた叔父さんは 就職の面倒までみてくれた。特別 事務職に興味があった訳じゃ無かったけど この就職難の中、苦労せずに就職出来るのは魅力的だった。
始まりがそんなだったから 社会人になっても私は学生気分を引きずったままだった。
最初の半年は登録してるにも関わらず会社で雑務をしていた。身内贔屓(びいき)に胡座をかいて スキルアップの為に資格を取る訳でも勉強するでもなく、大学時代の友人達と頻繁に連絡を取っては 夜な夜な遊び歩いていた。
そんな時、何かと私に声をかけてくる人が居た。
それが遠藤さんだ。
ぱっと見、普通のオバサン。
人をすぐ外見で判断してた私は 自分にとって利益をもたらす対象でないと判断するや否や、会社で見かけても まともに話すらしなかった。随分失礼な態度を取っていたと思う。
でも遠藤さんはそんな私に嫌な顔一つした事はない。
ある日、皆 所用で出払ってたまたま会社に来ていた遠藤さんと二人きりになった。内心気まずかったけど 遠藤さんはずっと動きっぱなし。
ま、ほっとけばいっか…。
私は電話対応すら遠藤さんに丸投げし パソコンでファッションサイトを眺めていた。
『あら可愛い洋服。小川さんに似合いそうね。』
!!!!
突然背後から声をかけられ 思わず固まった。
こっそり見てたつもりだったのに。
『なっ、何ですか。文句があるならハッキリそう言って下さい!』
余りのバツの悪さに 私は謝るどころか逆に食ってかかった。
『え?文句なんて無いわ。 ごめんなさい、私にも貴女位の娘がいるから… 単純に今の子はそういうのが好きなのかなーって 知りたかっただけなの。』
『……、あ… いえ…… 。』
仕事中に そんなの見て、てっきりお説教でもされると思っていたのに まさかそう返ってくるとは思わなかった。
『小川さんは お洋服好きなのね。そういう方面で働こうとは思わなかったの?』
『えっ…。』
言い当てられて 口ごもる。
本当は考えてなくもなかった。そりゃ好きな事を仕事に出来たら楽しいだろう。でも私だってそこまで馬鹿じゃない。この業界は簡単に食べていける程 甘くないって事位知ってる。第一、大学まで出してもらっといて いきなりファッション業界で働きたいなんて親に言える程 厚顔でもなかった。
『ね、小川さんは何でこの仕事を選んだの?』
遠藤さんは笑顔で 痛い所を突いてきた。
『何で…… って。』
決まっている。楽に就職出来るからだ。大学で遊び歩いていた頃、三年生にもなると さすがに仲間達も就職活動に動き出した。
金髪は黒髪になり 流行りの服はスーツに変わった。
私は何だか急にシラけた。
あの頃、何かに必死になる事からずっと逃げてた。頑張っても頑張っても報われなかったあの苦い経験が 私から "やる気" を根こそぎ奪い去っていた。
『身内の会社だからです。就活しなくて済むし。』
取り繕っても遠藤さんには見透かされる様な気がした。
『あら、ふふっ… 素直なのね。』
『…悪いですか。』
『怒らないで?私 小川さんの事好きなの。仲良くしてとは言わないけど せめて 嫌わないで、ね?』
『き、嫌いじゃありませんっ。苦手なだけです。』
実は遠藤さんとは この時初めてまともに喋った。
でも何となく感じてた。彼女は私が無くした物を持ってる。
本気で誰かを思いやる優しさも、目標を立て それに向かって努力を惜しまない姿勢も。
やっぱりこの人は苦手だと思った。
『小川さん、事務職に必要なのは 何だと思う?』
そんな私に構わず 遠藤さんはニコッと笑い再び質問してきた。
『スキルの話ですか?資格とか…経験とか…?』
『あ、うんそうね、それも確かに必要だわ。でも それよりもっと根本的な事。』
『…?』
『それはね、"やる気" よ。私達が派遣される場合、そのほとんどが即戦力が求められる職場だと思うの。辞める人の引継ぎの場合でも、一から教えてもらえない事の方が多いわ。新人だろうがベテランだろうが 分からない事、出来ない事の一つや二つは必ず出てくるの。』
『はあ…… 。』
『でもそれは恥ずかしい事じゃないわ。要はそこで立ち止まらなきゃいいの。その時に必要なのが謙虚さと、やる気よ。分からない事を謙虚な姿勢で聞ける事。出来なかった事を 次出来る様に努力する事。つまり、やる気 ね。』
それは当時 私に一番欠けている物だった。だから逃げてた。私は楽をする事に慣れきってしまった。大学時代、楽しい事に流されて ろくに勉強もしなかった。就職ですらコネ入社だ。
『小川さん、自分しだいよ。諦めちゃだめ。』
優しく諭(さと)す様に 遠藤さんは言った。
叔父さんから何か聞いていたんだろうか。
実は少し前から叔父さんに そろそろ派遣先を紹介すると言われていた。繁忙期だし、入社して半年以上経つし登録してる以上いつまでもこのままではいられない事はわかってた。
でもやっぱり不安だった。一応 簿記三級の資格は持ってはいるけど、一夜漬けも同然で望んだ試験だし 何一つ身についてないのも自覚していた。
ヤバいとは思ってた。でも 頑張るのは明日から、とズルズル先延ばしにしてきた。
とうとう、そのツケが回ってきたのだ。
その翌週 初仕事が決まった。
初出社の日、 内心 不安で一杯だった。緊張で身体が震えた。 "会社の顔" として たった一人で乗り込む、そんな当たり前の事に今更ながらビビってた。
『小川です。宜しくお願いします。』
でも私は そんな不安な顔など おくびにも出さずニコッと笑ってみせた。スキルも実力も無い自分には多少のハッタリは必要だと思った。
営業担当からは 書類整理、ファイリング等の雑務、簡単な事務処理が依頼内容だと聞いていた。それでも私には 一杯一杯で仮にそれ以上の事を要求されても出来ない事は分かっていた。
そして見事不安は的中した。頼まれた事が 何一つまともに出来ない。
当たり前だ。自分の力不足を補う努力を今までして来なかったのだから。
確実に迷惑をかけている。全く役に立てない。
だけど私は窮地に立たされる事もなく 寧ろ職場の皆は優しかった。
理由は分かってた。ここは男性ばかりの職場で若い女子社員は私一人。皆優しいけど それは下心だ…。
仕事をしに来たのに 本当にこのままでいいの?
『謙虚に聞く事、出来る様に努力する事。』
遠藤さんに言われた言葉が頭をよぎる。
『あの… 、すみません、先程頼まれた件で分からない所があるんですけど…。』
私は意を決して何度も尋ねた。
『あっ小川さん。いいよいいよ、後で俺やっとくから。』
でも 誰に聞いても答えは そんな感じだった。
そしてそれを繰り返す内、馬鹿な私は結局また楽な方へと流された。
最初こそ 遠藤さんの言葉が胸につかえていたけど、喉元過ぎればナンとやらで、また悪い癖が出た。
皆 優しいし、怒られないし、別にこのままでいっか、と…。
下心丸出しでヘラヘラしてる男相手に 真面目に仕事するのが馬鹿らしくなった。
そんな中、一人だけ他の人達の様に私を特別視しない社員さんが居た。何か怖そうな人だし、見るからに融通が利かなさそう。触らぬ神に祟りなし、余り近寄らない様にしよう。
それが井上さんの第一印象だった。
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