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眠れねぇ日が続いてた。
岩清水がうちにやって来て4日目、木曜日――。
「うわっ!」
手が滑った、と思った時には遅かった。
ガチャン!
実験テーブルの横に据え付けられた洗い場に、ガラスの破片が飛び散った。
「あーあ」
洗い場を覗いた同じ班の学生が、呆れたように言った。
「ぼーっと洗ってっから」
「ああ」
全く言う通りなので、反論もできねぇ。
洗ってたフラスコを落とした場所に、他の洗い物も置いてあったから、余計に運が悪ぃ。
「うわ、メスシリンダーも割れんだな。初めて見たぜ」
感心したように言いながらも、手伝おうとはしねーで、ソイツはオレを見てニヤッと笑った。
伊豆という名のこの男は、怜の高校時代のチームメイトだ。
野球はすっかりやめたみてーだけど、怜とはいまだに親交があって、勿論オレらの関係も知ってた。
味方っつーより傍観者って感じの立ち位置で、オレと怜のこと知っても、非難も応援もどっちもしねぇ。ありのままに「あっそ」っつって受け止める。
オレは基本的に嫉妬深いらしーけど、この伊豆に関してだけは、怜が絡んでても割と平静でいられた。
割れた破片を集め、割れ物入れに捨てて戻ると、伊豆がノート書きながら話しかけてきた。
「どした、寝不足か?」
「おー、まあな」
怜のこと、岩清水のこと。あれこれ考えちまって、ずっとろくに眠れてねぇ。
寝不足なのは、自分でも分かってることだ。月曜の夜以降、怜ともほとんど話せてねぇ。
話すとしても、岩清水がずっと横にいて。そんで怜があっちの方を優先するんで、当たり障りのねーことしか、家では口に出せなかった。
はあ、とため息が出る。
「アイツから何か聞いてんじゃねぇ?」
こっちもノート書きながら言うと、「まーな」と言われた。
知ってんなら話は早ぇ。っつーか、ちょっとだけ気が楽だ。誰かと話したかったし。
「ダメージ大きそうだな。気が気じゃねーってか?」
伊豆の言葉に、素直にうなずく。
「あー。かもな」
認めたくねーけど、ダメージはデカい。かなり精神的にじわじわ来てる。
「けどさ、一週間、よそで女と同棲されるより良くね?」
伊豆が、オレをちらっと見て言った。
よそで同棲?
「何だ、そりゃ?」
「最初はさ、一週間、ウィークリーマンション用意するとか言われてたらしいぜ」
「はあ?」
それは初耳だった。
あの魔女と一週間……オレらの部屋に住まわせるか。それとも、2人っきりで、よその部屋で過ごさせるか。
どっちがマシかって……どっちだ?
「2人っきりを避けたのって、あれは怜なりの牽制なんじゃねーの? 間違っても手は出しません、ってさ」
「牽制、ねぇ」
コイツら野球人にとって、牽制ったら「牽制球」と同義なんじゃねーかと思う。ランナーの盗塁を防いで、あわよくばアウトにしようっていう、そんな球。
けど、だったら、岩清水にオレらの仲を見せつけてなきゃ効果ねーんじゃねーか?
この4日間、見せつけられてんのはオレの方だっつの。
詰めが甘ぇーんだよ!
深く深くため息をついてたら、「まあ、頑張れ」と軽く言われた。
「怜を信じろって」
「おー」
信じてっけど。別に、疑ってねーんだけど。ダメージは溜まってく一方だった。
実習が終わった後は、研究室に行く時間だ。
けど、こっちも集中力続かなくて、早々に切り上げて終わりにした。フラスコ割った事といい、寝不足だと凡ミスが増える。
ミス重ねてイヤな気分になるより、さっさと帰って気分転換した方がいい。
ただ……今、アパートに帰っても、気分転換にはなりそうになかった。寝不足のそもそもの原因はあの女で、あの女はずっとうちにいるんだ。
一日中うちにこもって何やってんのか知らねーし、知りたくもねーけど、帰ったら絶対いるのは間違いねーから、ゲンナリする。
編み物の道具持ってんの見かけたけど、一週間で編めるもんなんかな? なに編んでんのか知らねーけど。
怜は甲子園に出て以来、クリスマスやらバレンタインやらに、やたらとプレゼント貰うようになったらしい。ダンボールにいっぱい、ドサッと持って帰ってくる。
大体食うモンとか、可愛いモンとかが多いけど、中にはやっぱり、手編みのマフラーとか手袋なんかもあったりする。
オレは、そういうの気持ち悪ぃ。
どこの誰が編んだのかワカンネーもん、身に着けたくねーし。髪の毛とか、編み込まれてそうな気がして怖ぇし。触りたくもねぇ。
だから怜も……オレがイヤそうにすんの知ってっから、そういう手編みの物は、身に着けねーようにしてるみてーだ。
けど。岩清水のは、どうなんだろう。
少なくとも、知り合いだし。
ごっこ遊びとはいえ、カノジョだし。
仮にでも別れてる状態で……オレが「イヤだ」っつー権利は、ねーんかな?
アパートに帰ったのは、午後6時半。
ドアを開けて、あれ、と思う。部屋の明かりが一個も点いてねぇ。
怜はまだ練習中だろうから、いなくて当然だけど……岩清水はどこ行った?
リビングダイニングの明かりを点け、リビングのカーテンを閉めに行って、ギョッとする。
デカい人形!?
一瞬鳥肌立ったけど、よく見りゃ石清水が寝てるだけで、オレは細く息を吐いた。
「びっくりさせんなよ……」
呟いても、起きる気配がねぇ。
黒とグレーの編みかけの何かを握り締め、毛糸が床に転がってんのにも気付かねーで、ソファに仰向けに横たわってる。
長い黒髪がソファの外に垂れ下がってて、人形みてーに生気がねーんで、マジビビった。
「おい、あんた」
ほっそい肩に両手を当てて、パンパンと叩きながら、大声で呼びかける。
「寝るんなら、ベッドで寝ろ!」
すると岩清水はわずかに目を開け、オレの顔をぼうっと眺め、またゆっくり目を閉じた。
起きるつもりナシか!
怜がやると可愛い仕草でも、恋敵にやられると嫌悪しかわかねぇ。
オレは舌打ちして、部屋から毛布を持って来た。そして、起こさねーように、そっと上からかけてやる。
ムカつくけど。
体弱いっつってる女に、カゼひかせるわけにいかねぇ。
恋敵に優しくできんのも、本物の恋人の余裕だと思いたかった。
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