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冷蔵庫の中身使って、適当に晩メシ作ってる途中で、怜がようやく帰って来た。
「哲也、早いね」
怜が嬉しそうに、キッチンに駆け寄って来た。いつものやり取りのハズなのに、なんか、笑ってんの久々に見た気がする。
「おー、お帰り」
思わず抱き寄せてキスしようとした。けど――。
「ダメだよ」
怜はふいっと顔を背けてキスを拒み、オレの胸を押して体を離した。
グサッときた。
だが怜はオレの痛みなんか気にしてもいねーみてーで、キョロッと部屋の中を見回してる。
「岩清水さんは?」
静かな声で、オレに女のことを訊く怜。
黙ったまま、アゴでリビングを指してやると、怜はソファに近付いて、「うわ」と小さく声を上げた。
ふっと漏らした笑みに、鳥肌が立つ。
「雪子さん、カゼひきますよー」
怜は静かに話し掛けながら、毛布ごと女の体を抱き上げた。そのまま軽々と横抱きにして、自分の部屋に連れていく。
そのまましばらく出て来なかった怜に、「何やってたんだ」って訊きたかったけど、結局何も言えなかった。
いつものように、部屋のドアは開けっ放しのままで……だから、別に様子見に行ったって、良かったと思うけど。
なんでかな、そんな気分になれなかった。
いつの間に「雪子さん」なんて名前で呼ぶようになったんか、なんて知りたくねーし。
なんでオレのキス、拒んだのか、とか。そんな理由も訊きたくなかった。
なあ、「今から帰る」のメールって、あの女に出してんの?
今はやっぱ、オレ達別れてる状態なのか? 一緒に暮らしてんのに? オレの気持ちはここにあるのにか?
じゃあ、約束の1週間が終わったら?
――ホントにオレ達、元通りになれるのか?
金曜日。
朝起きて、あの女の作った朝メシ食べて、あの女の作った弁当持って、眠気と戦いながら午前中の授業を受けた。
午後からは学生実験で、「また寝不足か」と伊豆にからかわれた。
その後の研究室でだって、やっぱり集中できなくて、教授に「帰って寝なさい」と怒られた。
けど、家に帰りたくねぇ。
あと3日だ、分かってる。分かってるけど、もう見たくねぇ。
眠れねーんだ。仕方ねーじゃん。
週末だって、眠れねーに決まってる。
怜は土日にある公式戦の2連戦、どっちかには先発で投げるだろう。
元々ファンだったって言うあの女は、堂々と彼女ヅラして、試合見に行ったりすんのかな?
どうせオレはバイトだし、見に行けねーから関係ねーけど。
毎晩どうやって寝てんのかとか、考えたくねーし、知りたくねーし。
いつだって部屋のドア開けっ放しなの、覗けって言ってんのか、見せつけようとしてんのか、訳分かんなくなってきたし。
家に帰りたくねぇ。帰ってあの2人の恋人ごっこ、もう寛容な気持ちで見守れねぇ。
けど、帰らなかったら、あの2人はどうすんだ?
オレの見てねーとこで、オレの知らねーとこで、あの魔女は怜に、どんな魔法をかけるんだ?
いっそ暴れて、大声で怒鳴って、「もうやめろ」つって叫んだ方がいいのか?
それとも、このまま……このまま、あと3日、我慢してた方がいいのか?
悩みながら、結局昨日と同じ時間に帰った。午後6時半。
気が進まなかったけど、教授に「帰れ」って言われたら、帰るしかねーし。金曜はバイトもねーから、行き場もねぇ。
アパートのドアを開けると、今日はちゃんと、ダイニングに明かりが点いていた。
玄関の靴を見る。いつものスニーカーが見当たんねぇから、怜はまだ帰ってねーんだろう。
つい先週まで、「今から帰る」ってメールあったのに。そんな約束なんて、オレ達には初めからなかったみてーだ。
無言で靴を脱ぎ、「ただいま」も言わねーまま、さっさと自分の部屋に向かう。
ダイニングを横切った時にちらっと見たら、あの女はオレのイスに座り、ダイニングテーブルの上で頬杖を突いてた。
トマトを煮込む酸っぱい匂いと共に、鍋の蓋がカタコト音を立てている。
その匂いはオレの部屋までついて来て、いたたまれねぇ気持ちにさせた。
荷物を置いて、ダイニングに戻る。
冷蔵庫から牛乳を取り出し、そのまま飲もうとして、ああ、と思う。他人が一緒なんだ。直飲みはマズイよな。
食器棚からコップを取り出し、牛乳を注ぐ。イライラする。
鍋はまだカタコト音を立ててて……あれ、煮込むにはちょっと火が大き過ぎねーか? けど、大して料理知らねーオレが、口出していーもんか?
つーか。なんでオレが、そこまで気ィ遣わなきゃなんねーんだ、よっ!
バン!
腹立ち紛れに冷蔵庫のドアを乱暴に閉めると、中のビン類がキランカランと音を立てた。
テーブルで頬杖を突いていた岩清水が、ハッとしてのろのろと顔を上げる。
真っ白い顔でゆっくりと振り向かれ、オレはちょっと気まずくて、牛乳を飲みながらコンロの方に目を向けた。
「鍋、いいんスか?」
そう言うと、岩清水はぼんやりと鍋を見て、あ、って顔してゆっくりと立ち上がる。
なんだ、気付いてなかったんか。じゃあ、声掛けねーで、さっさと火ぃ小さくしてやればよかった。
ひとしきり鍋をかき混ぜ、ちょっと味見してから火を止めて、岩清水が言った。
「ご飯、もうお食べになりますか?」
「いや、怜が帰ってからでいースよ」
「そう、ですか」
岩清水は儚く笑って、ダイニングのオレのイスに、またストン、と座った。
どけ、とはやっぱ、言えなかった。
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