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居酒屋の引き戸がガラガラと開いて、女性客の集団が入って来た。
健康そうで肉付きのイイ陽気な女達。けど、長い黒髪を見ると、やっぱどうしてもあの白い顔を思い出しちまって、くそっと思う。
気分転換に来たのに、全然気分転換になってねぇ。
突っぱねりゃよかったと、心の奥では後悔してる。
ふざけんな、怜はオレのだ、って。あんたにだって男がいるだろ、って。
でも……この1週間一緒に暮らして、あいつらを見て。オレはスゲー辛かった。
だって、あの女なら。岩清水なら。怜は堂々と公表できるんだ。恋人だって。
オレと違って、交際を隠さなくていいんだ。こそこそする必要もねぇ。誰からも責められねーんだ。祝福されるんだ。
情けねぇ。
いや、情けねぇのは、岩清水を突っぱねられなかったことでも、あの魔女ぶりに動揺したことでも、怜を信じ切れねぇことでもねぇ。
オレが怜を支えてやるんだって、胸を張れねぇオレ自身だ。
断言できるだけの自信が、まだねぇんだ。
今はどうなのか。
この先……どうなのか。
2杯目の中ジョッキを空にした頃、軽快な着信音が鳴って、伊豆がケータイを取り出した。
「……おー、どした? ん、一緒だけど。えー? はは、落ち込んでんぞ。飲んでっけど、酔えねーみてーだな。……ああ」
そう言って伊豆が、ケータイをオレに差し出した。
誰からかは、訊かなくても分かった。怜だ。けど。
『て、つや……』
電話越しに涙声を聞かされてドキッとする。
「な……っ!?」
なんで泣いてんだ?
岩清水とはどうなった?
抱くにしても、断るにしても。
最後の夜を、2人で過ごしてんじゃなかったのか……?
『……今、どこ……?』
すん、と鼻をすする音。ノドの奥から搾り取るような、苦しそうな声。
オレは思いっきり慌てながら、伊豆のケータイを耳に当てたまま立ち上がった。
「すぐ、帰る!」
言いながら伊豆に目をやると、仕方ねーなとでも言いたげな顔で、冷ややかにオレを見てた。
怜と繋がったままのケータイを目の前の男に返し、自分のケータイの電源を入れる。
そこには10件近くの着信があって――勿論、全部怜からだった。
アパートの前には、タクシーが1台停まってた。
その前には小柄な女と、大柄な男。
駆けて来たオレを見て、女の方がふらっと近寄ってくる。岩清水だ。
「あの……」
声を掛けられて顔を向けると、石清水は今にも倒れそうなくらい青い顔して「すみません」と謝った。
「貴方からお預かりした物を怜様にお渡ししたら、いきなりぼろぼろと泣き崩れられて……わたくしに『出て行ってくれ』、と」
そう説明する岩清水は、おろおろと視線も定まんねぇ。
きっと、この女も状況が分かってねーんだろうな、と思った。
困惑してる岩清水を苦い思いで眺めてると、その折れそうな細い肩に、丸い大きな手が置かれた。
何も言われなかったけど、これが噂の医者なんだろうと察した。
普通のおっさんだった。いい人そうだけど、それ以上でもそれ以下でもねぇ。
そうして並んでると、美女と野獣だ。いや、野獣って言ってもカバっぽいけど。でも、それなりにお似合いに見えた。
岩清水は男の顔を振り仰ぎ、視線を合わせてからオレを見た。
「わたくし……アメリカへ参ります。怜様にもそうお伝えください。これ、下手で申し訳ありませんけど、貴方と怜様に」
そう言って渡された紙袋には、茶色の何かと黒の何かが入ってた。
受け取った瞬間、きゅっと手を握られて、不覚にもドキッとする。
魔女だ。
魔女の手は乾いてて、折れそうなくらい細くて小さくて、そんで、冷たかった。
あんたはそれでいーんスか、と訊きたい気もしたけど言えなかった。
よくないって言われたって、どうもしてやれねーし。怜はオレの恋人で、どんなに頼まれたって、やっぱ譲ってやる訳にはいかねぇ。
男に肩を抱かれ、何とも言えねぇ表情でタクシーに乗り込んだ岩清水を見送って、オレはゆっくりとオレ達の住むアパートを見上げた。
ゆっくりと鉄階段を上がって、2階のオレ達の部屋へ向かう。
鍵は開いてた。
「怜……?」
靴を脱ぎ、中に入る。
ダイニングに座ってた怜が、オレを見てゆらっと立ち上がった。
涙と鼻水で、甘い顔立ちが台無しだ。
真っ赤な目でじっと睨まれて、ちょっと怯む。
「どうした?」
声を掛けると、返事の代わりにピシッと何かが、オレの顔に投げ付けられた。
頬を引っ掻く、ギザギザで軽いもの。
目を開けて下を見て、ああ、と思う。今朝、岩清水に渡したアルミパックだ。
使わなかったのか。
いや、その前に――オレが渡したモンだと分かったのか……?
拾い上げようとして身をかがめると、同時に怜が、震える声で言った。
「哲也は、頼まれたら、誰とでも寝るのっ?」
「え……?」
「好きじゃなくても、えっちできるのっ?」
「……は?」
突然、何を言われてんのか、分かんなかった。
好きじゃなくても、頼まれれば、誰とでも?
「んな訳、ねーじゃん」
即答すると、怜に胸倉を掴まれた。そのまま乱暴に揺さぶられる。
「だったら、なんでっ」
ガクガクとオレを揺さぶった後、その手を離さねーままで、ひうっと息を吸い込んで。怜が叫んだ。
「なんでオレにそうさせようとしたのっ!?」
それを聞いて……オレはようやく、間違いに気付いた。
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