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19話 ほんとは、へーきじゃない
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さてさて。しぃ兄を見送る為に脱ぎ捨てていた服を着直し、見送られる当の本人を背中にくっ付けた俺は今、非常に困っている。
「さっさとやっ君から離れて生徒会室(仮)の会議室へ行きなよ! 加賀美!」
「やーだーっ! トキちゃんと離れたくないーっ! てかやっ君て何!?」
「僕は刻也君の事をやっ君と呼ぶ事にしたんだよ! つーか我が儘言わない! もし竜ちゃんがストレスで倒れてみなよ。困るのは加賀美だよ!?」
俺の首に腕を回した状態で背中に抱き着き嫌々と首を振るしぃ兄と、そんなしぃ兄を俺から引き剥がそうとするカナちゃん先輩。
傍から見れば、キラキラと輝く美形二人と一緒に居る今の俺の立ち位置は、この学園の奴らにとって羨ましいことこの上ないのだろう。
だがしかし、俺にとっては由々しき事態でしかない。
「しぃ兄、首がーー」
「煩いうるさーい! そんな事わかってるよー! 変態王子イケメンのくせに生意気だ! あとやっ君言うな!」
「俺は変態じゃなくて腐男子! つーか変態なのは俺じゃなくて加賀美の方でしょ!? この変態チャラ男イケメン野郎めっ! そしてやっ君呼びは譲らないよ!」
「…………」
カナちゃん先輩がしぃ兄を引き剥がそうとすればする程増していくしぃ兄の腕の力。
そのおかげで俺の首は今、ギリギリ息は出来るものの確実に器官が絞め上げられていっている。
ちょっとこれは一発殴り掛かってもいいレベルで苦しい。
しかし俺はしぃ兄を殴りたくないので、首に回された腕を取り敢えず力いっぱい叩いているのに何故か全く効果がない不思議現象に見舞われている。
ヒートアップしていく美形二人に、器官を絞められ苦しい俺。そしてそんな俺達をリビングにある大きなソファーから心配そうに見つめている春樹と輝一。
こんな状況がかれこれ数分続いているわけだが、俺も人間。我慢の限界と言うものが存在しているわけで。
「しぃ兄、そろそろいい加減にーー」
「朝霧が名前を口にするだけでトキちゃんが汚れちゃうでしょーが! 歩く卑猥物め!」
「…………ダメだこりゃ」
「はぁあああっ!? 何勝手に人を卑猥物扱いしてるんだよ! 歩くどエロ18禁のくせにー!」
(……輝一、ごめんっ!)
しぃ兄とカナちゃん先輩の反応の無さにガックリと項垂れた俺は最終手段を実効するべく、こっちを見ていた輝一に視線を向け両手を目前で合わせた後口パクとジェスチャーで謝罪を伝える。
そんな俺の姿に嫌な予感を察した輝一がひくりと口端を引き攣らせちょっと待ってとジェスチャー返しをしてくるが、俺は再度両手を合わせごめんと伝えた後、現状で吸えるだけ空気を吸い込み思いっ切り声を張り上げた。
「カナちゃん先輩! 輝一が寂しそうに先輩の事見てますよっ!!」
「ぇっ、ええぇ!? いっちゃん、僕が加賀美にばっか構ってて寂しかったの!? ごめんねーっ! でも僕はいっちゃん一筋だから安心してー! マイハニーっ!!」
「いや、ちがっ……ひぎゃぁあああっ! こ、来ないで! 来ないでくだざいぃぃいっ!! 刻也っ、酷いよおおっ!」
俺の言葉に即座に反応したカナちゃん先輩は、輝一目掛け一直線。笑顔で両手を広げ、赤面しながら逃げる輝一の後ろを追っかけ始める。
涙目になっている輝一にごめん、ありがとう。と頭を下げつつ、ようやく緩まったしぃ兄の腕を掴んで俺はそのままリビングから離れ玄関へと向かった。
「しぃ兄、もし次俺の首絞めたら、当分後ろから抱き付くの禁止だからな」
「えっ!? 俺、トキちゃんの首絞めてたの!?」
「そこそこ苦しくなるくらいには」
「うっ……その、ごめんなさい」
犬耳でもあればシュンと垂れ下がっているんだろうと簡単に想像が出来るくらいみるみる落ち込んでいくしぃ兄。
そんな猛省中のしぃ兄と玄関先で向かい合うようにして立った俺は、別に怒ってないからと一言告げたあと、さっさと生徒会長の所に行って来いと見送るつもりだった。
それなのに、込み上がってくる寂しさを我慢する事が出来ず衝動的に目の前の体に抱き付き鼻を押し当て、胸いっぱいに大好きな匂いを吸い込んでしまう。
「え、トキちゃん?」
突然の俺の行動に驚いているしぃ兄を無視して更にうりうりと頭を押し付け抱き付けば、落ち込みながら猛省していたはずのしぃ兄から優しい笑い声がこぼれ落ちる。
「ふふっ。急に甘えてきて、どうしたの?」
「しぃ兄を充電したいから素直になってる」
「俺と離れるの寂しい?」
「そうじゃなきゃ、こんな事してない」
「へーきって言ってたのに」
「ほんとは、へーきじゃない」
本音を言ってしまえば、ほんの数秒だって離れるのが嫌なくらいだ。
寂しさで締め付けられる胸が苦しくて、腕に込める力がほんの少し強くなる。
衣服越しから伝わってくるしぃ兄の温もりに、あと5秒だけこのままで。と自分に言い聞かせていると、不意に顎を持ち上げられた。
「晩ご飯までには終わらせてくるから、一緒に食堂でご飯食べようね?」
緩慢な動作で額から目尻、鼻先、頬と、上から下へ柔らかなキスが降ってきて、最後に唇同士が優しく触れ合う。
少しして離れようとしたしぃ兄の唇を今度は俺が追い掛けてキスをすれば、甘い声が返ってきた。
「先にご飯食べちゃダメだよ?」
「わかってる」
「今日トキちゃんの部屋で一緒に寝てもいい?」
「ベッドから落ちない保証をしなくていいなら」
「そこはだいじょーぶ。トキちゃんにくっ付いて寝るから」
お互いの額を引っ付け合い、寂しさと嬉しさが混じりあった顔で笑い合う。
離れたくないと思えば思うほど、気付けば自然と繋ぎ合わせていた右手につい力が入ってしまうが、それはしぃ兄にも当て嵌るようで、俺と同じか少し強いくらいの力が掌に伝わってくる。
「春樹に、しぃ兄泊まってもいいか聞かないとだな」
「そうだね。トキちゃん、悪いけど聞いてみてくれる?」
「わかった」
「……そろそろ、行かないと。だね 」
「……うん」
右手は繋いだまま、空いている片腕でお互いを強く抱き合ったあとゆっくりと体が離れて行く。
空気が冷たいわけでもないのに温もりが途絶えた途端、急激に体温が下がっていくような感覚がして思わずぶるりと体が震えそうになった。
「それじゃあ、いってくるね」
ふわりと微笑みながら紡がれた言葉と同時に、再び唇に触れるだけのキスをされる。
「いってらっしゃい」
俺も同じ様に言葉と一緒に触れるだけのキスを送り、繋いでいた右手をそっと解いて玄関の扉を開け出ていくしぃ兄を笑顔で見送った。
「ーー寂しい、か……」
ドアが閉まってからポツリと独り言をこぼし、顔に浮かんだのは自嘲の笑み。
まるで、心地の良い夢から一変して冷え切った現実へ一気に引き戻されたみたいな空虚感が胸に穴を空けていくような、そんな感覚が体に広がっていく。
しぃ兄と母さんと無理矢理離されてから昨日までは、当たり前の様に感じていて軽く麻痺すらしていたこの感覚。
慣れているはずなのに、今は胸を掻きむしりたいぐらいに辛くて苦しい。
つくづく俺は、重くて面倒臭い奴だと実感する。
「あー……自分が駄目過ぎてヤバイ」
両手で顔を覆って俯いて、意味もなく頭を横に振る。
気持ちを隠さず開き直ってから、しぃ兄に甘えたい欲求が止まらない。
ほんの少しの間ですら離れたくないし、甘えていたい。しぃ兄の優しさや温もりがもっと欲しいなんて、我儘が過ぎると分かっているのに抑えらない。
こんな自分が嫌になる。
このままじゃ暗い気持ちの無限ループだと、一度自分の頬を思い切り叩いて気持ちをなんとか切り替える。
まずは、ここまで微かに聞こえてくる程叫んでいる輝一をカナちゃん先輩から助けてお礼を言わないと。
その後はさくっと荷解きを終わらせて、春樹にしぃ兄が泊まっていいか聞いてみよう。
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