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21話 天然誑し
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「いやぁ、今日もいい汗かいたね!」
「ぃ、いい加減っ、か、勘弁してくださいぃ……」
春樹との会話が弾んで暫く、ようやくじゃれ合いが落ち着いたらしいカナちゃん先輩と輝一が軽く息を切らしながらこっちへやって来る。
しつこく引っ付いてこようとするカナちゃん先輩に対して顔面を赤くしたり青くしたりと輝一はまだ忙しそうだが、技を掛けないと言うことはカナちゃん先輩のスキンシップが許容範囲内に収まったと言うことだろうか?
「あ、加賀美はちゃんと会議室に行ったみたいだね」
よかったよかったと頷いて満足そうな表情をしているカナちゃん先輩に、俺は軽く笑みを返す。
春樹と俺が座っているソファーの横にある、一人掛け用のソファー。そこに座ったカナちゃん先輩は輝一を強制的に自分の膝へ乗せながら、それにしてもあんなに駄々を捏ねる加賀美は初めて見たと、物珍しそうにケラケラと笑った。が、カナちゃん先輩、輝一の顔が死んでます。
見ようによっては何か悟りを開いたようにも見える輝一の表情だが、春樹の笑顔を見るにこれもいつものことなんだろう。
今思ったけど、何だかんだカナちゃん先輩と輝一って仲良いんだなぁ。
「まぁ、それだけやっ君と離れたくなかったんだろうね。なんせ今日一日空ける為に、つい昨日まで鬼みたいな形相で生徒会の仕事片付けてたから」
結局、顔だけカルテットのお陰で戻るはめになっちゃったけど。
ぎゅっと輝一に抱き付きながら苦笑するカナちゃん先輩は更に続けて、でもそれだけ必死になるくらい加賀美はやっ君と会うのが楽しみだったんだね。と、言葉を紡ぐ。
こちらへ優しい視線を向けてくる蜂蜜色の瞳を見返しながら、俺はカナちゃん先輩の言葉が嬉しくもどこかこそば痒く、赤くなりかけた顔を誤魔化すように笑みを浮かべ「そうだったんですか」と言葉を返した。
それにしても、しぃ兄の努力をぶち壊した顔だけカルテットとやら達には腹が立つ。
もしどこかで会った時、俺は殴りかかりたい衝動を抑える事が出来るんだろうか。
「わーお。やっ君は真顔でお怒りオーラ半端なく出すタイプの子なんだね。その表情いいいね! 素敵だよ!」
「あ、ありがとうございます?」
無意識の内に真顔になっていたらしい俺に親指を立て笑顔でウィンクを決めるカナちゃん先輩。
怒った時の顔を誉められた……のか? とにかく、今までそんな事を言われた経験の無い俺はどんな顔をすればいいいのかわからず、軽く口角が引きつった笑顔を返しつつ座っていたソファーから立ち上がる。
顔だけカルテットやら達の事も凄く気になるが、それよりも今はまず輝一に謝らないと。
「輝一、さっきは……と言うか今もだけど、カナちゃん先輩の生け贄に捧げて悪かった」
どこか遠くを見つめている輝一の前で片膝を付き、少し見上げる様な形で目線を会わせる。
輝一を抱えているカナちゃん先輩から「生け贄ってなにさ!」と言葉が飛んでくるが申し訳ないが無視をして、俺は輝一の片手を取り、許してくれるか? と言葉と同時にゆっくりと首を傾げた。
立ったまま頭を下げるのもいいが、それじゃあ座っている輝一より俺の方が頭が高くなってしまう。かと言って土下座は流石に引かれそうなので、この体勢を選んだんだが。
「え、と、刻也っ、手、なっ……!?」
「手?」
なぜだろう。輝一が顔を真っ赤にして、口をパクパクと開閉している。
どうしたんだと視線で問えば、今にも目を回しそうな輝一がカナちゃん先輩の膝の上であたふたと軽く暴れ出した。
「な、ななんで、手、ににぎ、握ってんで、すか!?」
「ん? 真剣に謝るならちゃんと態度にも示そうと思ったんだけど、悪い。触られるのは嫌だったか?」
「ちがっ。そ、そもそもお、俺っ、怒ってない! で、ですよ!?」
「そっか、輝一は優しいんだな。ありがとう」
怒っていないと言ってくれた輝一の優しさに、俺の顔には自然と安堵の笑みが浮かぶ。
それにしても、自己紹介をした時よりも明らかに輝一はテンパっている様子みたいだけど、俺、何かしたか?
「……ちょーっと待ってやっ君。それ、計算してやってたりする?」
「え? 何がですか?」
真っ赤になっている輝一の手は離したが片膝はまだ床に付けたまま俺がカナちゃん先輩の言葉に首を傾げれば、目の前の王子様フェイスをしたイケメンは「っかぁーーっ!!」と呆れた様な興奮したような、そんなよくわからない奇声を上げ片手でその整った顔を覆った。
「見た目カッコイイけど実は訳ありでお兄ちゃんの前でだけ見せる弱気な所が可愛い隠れ儚い系男子だと思ってたやっ君がまさかの天然誑し属性も持ってるとか! 一見誰にでも優しくてチャラ男に見えるけど、どうでもいい人間にはきっちりかっちり笑顔で分厚い壁作ってるドSなくせに弟の前でだけくっっそ甘い顔するやっ君溺愛な加賀美もそうだけど、兄弟揃ってギャップ萌えの塊かよ! たまんないなこんちくしょーっ! ありがとうございまーすっ! 最高過ぎかよ! でも僕のいっちゃんを誑し込むのは本気で止めて!?」
「あ、はい。何かすみません」
物凄い早口で言われた為大半は聞き取れなかったが、カナちゃん先輩の気迫に押され口から反射的に謝りの言葉がこぼれ落ちる。
てか天然誑しって聞こえたけど、それは俺じゃなくてしぃ兄じゃね? と思うが、今カナちゃん先輩に何かを言えば倍以上になって返ってきそうなので黙っておく。
「あ、そう言えば春樹。しぃ兄が今日この部屋に泊まりたいって言ってたんだけどいいか?」
無理なら断ってくれて大丈夫だから。
そう言って立ち上がった俺が春樹の方へ振り返り視線を向ければ「全然構わないよ」と、柔和な笑顔を浮かべ嬉しい返事を返してくれた。
「そもそも僕にそんな気を使わなくてもいいんだよ?」
「いやいや、そんな訳にはいかないだろ」
「ふふっ。刻也君は律儀だね」
「これくらい普通じゃね?」
「そんな事ないよ。僕、刻也君とお友達になれて本当に良かった」
「春樹は大袈裟だな。でも、俺も友達になれて本当に良かったと思ってる」
もちろん輝一とも友達になれて良かったと思ってるよ。
そう言って二人に笑顔を向ける俺に、春樹と少し落ち着いたらしい輝一も同じく笑顔を返してくれる。
「それじゃあ刻也君、僕達はそろそろ荷解きに掛かろうか」
「ん? ああ。でも、そうすると輝一とカナちゃん先輩が二人きりに……」
「いいよいいよ! ゆーっくり荷解きしてきなよ! 二人共!」
「ええ!? ちょっ、や、そそそ、んなっ! 春樹! 刻也! お、置いてかないで! ください! へ、ヘルプ! ヘルプミィィイイイッ!!」
涙目でこっちへ手を伸ばす輝一を見た後に春樹へ視線を向ければ「これもいつもの事だから大丈夫だよ」と微笑み返される。
潤みきった茶色い瞳が捨てられた子犬を彷彿とさせ一抹の罪悪感に苛まれるが、嬉しそうに手を振るカナちゃん先輩の早く二人きりにさせろオーラと黒い笑顔に俺は乾いた笑みを返す事しか出来ず、輝一へ謝罪とエールを視線で送りながら少し重い足取りで自室へ向かうのだった。
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