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27話 賑やかな時間はあっという間
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なんとか歩けるようになった俺がしぃ兄を背中に引っ付け春樹達の元へ戻ると、そこには銀色の髪に紺色の瞳を持つクール系イケメンが三人とテーブルを囲み仲良く会話を繰り広げていた。
俺の分もまとめて食券を買ってくれたしぃ兄が「お疲れ様ぁ」と目の前のイケメンに声をかけ何事もなく椅子に腰をかける姿をポカンと眺めていると、不意にそのイケメンから声がかかる。
「君が時雨の弟か。突然お邪魔していてすまない。俺は生徒会長を任されている二年の東雲 竜二(しののめ りゅうじ)と言う。よろしく」
「えっと、新入生の二条 刻也です。差し支えなければ名前で読んで頂けるとありがたいです。こちらこそよろしくお願いします」
二条の名字で呼ばれると義弟達が頭にチラついて嫌なので。と内心で呟きながら、定型文になった自己紹介を口にし俺は軽く頭を下げた。
「それじゃあ刻也君と呼ばせてもらおう。俺のことも気軽に竜二と呼んでくれ」
「はい、ありがとうございます」
人当たりの良い笑顔を浮かべる竜二先輩に俺も笑顔を向けながら、しぃ兄の隣へ腰掛ける。
しぃ兄やカナちゃん先輩もそうだけど、この人もえらく日本人離れした容姿の美形さんだ。
座っていても姿勢良く真っ直ぐ伸ばされた背筋。組まれた手足はすらりと長く、そのスタイルは文句無しの一級品。
カナちゃん先輩の見た目を王子様に例えるなら、この人は騎士という言葉が凄く似合うだろう。
「トキちゃん、ちょっと竜二のこと見過ぎ」
一つのテーブルにタイプの違う美形が三人。
そりゃあ周りからの視線も物凄いことになっているわけだと一人納得していると、腰にしぃ兄の腕が伸びてきて体を強く引き寄せられる。
いきなりのことで上手くバランスをとれなかった体は少し体勢が崩れ、後頭部をしぃ兄の肩へ預けるような形で収まり俺は少しの驚きと共に瞬きを数度繰り返した。
「びっくりした。そんなに見てたつもりはないんだけど」
「みーてーたー」
「そんなに? って、ちょ、しぃ兄。近い近い」
言われた言葉に首を傾げると、若干ジト目になって拗ねた表情をしている子供っぽいしぃ兄の顔がゆっくりとアップになりながら視界を覆ってくる。
慌ててその端正な顔を両手で押さえ遠ざけると、今度は両頬をぷっくりと膨らませ「トキちゃんは俺だけ見てたらいいの」「目移り禁止」と片手で頬を挟まれ顔を固定されてしまった。
しぃ兄、ご飯を運んできてくれたウェイターさんがこっち見て驚いてるから。
何より俺がめっちゃ恥ずかしい。
眼福だけど、凄く眼福だけど勘弁してくれ!
「電話でのキレ方と要から少し聞いた話でわかってはいたが、ここまでとはなぁ」
「でしょでしょ、竜ちゃん。いやぁ〜、あの加賀美がだよ? 表向きの愛想はすこぶるいいけど本性は超冷酷無慈悲なあの加賀美がだよ? もうほんとこれはある種の感動を覚えるよね!」
「ちょーっとそこの二人ぃ、色々覚悟は出来てるかなー?」
なんとかしぃ兄の手から抜け出した俺は驚愕して固まったままのウェイターさんに謝罪とお礼を伝え、春樹と輝一と一緒に美形三人のやり取りを眺めつつテーブルの上に置かれた料理を食べ始める。
一つ一つ繊細に盛り付けられた料理はまるで芸術作品のようで、俺みたいな奴が食べてしまってもいいのか少し戸惑いもあったが 、最終的には料理に舌鼓を打ちペロリと綺麗に完食してしまった。
賑やかな時間はあっという間に過ぎていくもので、しぃ兄のお泊まり予定を知ったカナちゃん先輩が輝一や竜二先輩を巻き込んで自分もお泊まりをしたいと言い出したり、それを魔王降臨と言っても過言ではない迫力と笑顔でしぃ兄が断固拒絶してカナちゃん先輩を自分の部屋へ大人しく追い返したり、お泊まりセットを持ってやって来たしぃ兄にほぼ強制的な形で一緒にお風呂へ入らされたり。
昨日までの殺伐とした日常からは考えられない程、夢のように楽しい一日だった。
気付けば時計の短針が深夜と言ってもいい時刻を指そうとしていて、のんびりとリビングでテレビをみていた春樹が片目を擦りながら立ち上がる。
「それじゃあ刻也君、加賀美先輩。僕はそろそろ寝ますね」
「ああ、おやすみ。春樹」
「おやすみー、江橋君」
パジャマ姿の春樹が個人部屋へ入っていくのを見送って、俺もそろそろ寝ようかとしぃ兄へ声をかけようと思ったその時。寮部屋に置かれている固定電話が、突然音を立て鳴り響いた。
設定されている音量はそんなに煩くないはずなのに、鳴り続ける呼出音は不思議と俺の鼓膜を突き刺し脳に直接響いているような変な感覚を与えていく。
なんだろう、胸がざわめいて、若干吐き気が込み上げてきそうなほどに気持ち悪い。
物凄く、嫌な予感がする。
本当に最悪だ。俺が感じた嫌な予感は今までの経験上やたらめったらよく当たるから、全くもって嬉しくない。
「……はい、もしもし」
春樹の安眠を守る為にも煩く鳴り続ける電話を無視するわけにはいかず、俺は渋々受話器を手に取り耳を傾ける。
すると、俺の不安そうな様子に気付いたのかしぃ兄がこちらに寄ってきて背後から体を抱きしめてくれた。
大丈夫だよ。そう伝えるように、更に体を密着させ頭を撫でてくれるその温もりに少しほっとした俺は、無意識の内に強ばっていた体から力を抜いて受話器の向こう側へ意識を向ける。
『夜分にすまない。管理人の古雅(こが)だ。二条君はまだ起きているかな?』
「俺が二条、です」
『そうか。二条君、こんな時間にすまないな。君のご実家から電話が入っているんだが、今時間は大丈夫だろうか?』
「っ……はい。大丈夫、です」
『わかった。なら今から電話を繋ぐから、そのまま少し待っていてくれ』
管理人さんの言葉を聞いた瞬間、ドクリと心臓が嫌な鼓動を打ち始める。
あの家から掛かってきた電話なんぞ、出たくないというのが本心だ。
しかし後回しにすればするほど、きっと面倒臭さが増していくだろうことは用意に想像出来る。
寒くないのに手足が冷えていくような感覚が気持ち悪くて思わずしぃ兄の寝巻きの袖を空いている方の手で握りしめれば、俺の体を抱きしめるしぃ兄の腕の力が強くなった。
「どうしたの?」
「管理人さんが、二条の家から電話がきたって」
「それ、俺も一緒に聞いていい?」
「あんまりオススメはしないけど……」
そうして貰えたら、すごく嬉しい。
弱々しくこぼした言葉にしぃ兄は一言大丈夫だと微笑み、俺のこめかみへ軽いキスを落とす。
一応防音とはいえ個人部屋で寝ている春樹に声が聞こえてしまう可能性もあるのでスピーカーフォンにはせず、しぃ兄には俺が持っている受話器の外側へ耳を当ててもらう。
穏やかなメロディーであるはずの保留音が不安を煽り、不規則に脈打つ心臓が痛い。
長いようで短い時間が暫く続き、そして、プツリと音が切れ刹那の静寂を突き破り受話器越しからやって来たのは聞きたくもない声で、自然と俺の眉間には深い皺が出来上がった。
『おい寄生虫、聞こえているか?』
受話器越しから届いた、不機嫌を隠す気もない神経質そうな声音。
嫌でも聞き慣れてしまったその声は、俺の背中に無数の蚯蚓脹れを作った張本人である義兄のものだった。
開口一番放たれた悪態に、真っ先に反応したのは俺ではなくしぃ兄で。
俺を抱きしめたまま握り拳を作るその手には、血管がはっきりと浮かび上がるほど強く力が込められている。
無表情のまま横目で受話器を睨む翡翠色の瞳は瞳孔が完全に開いていて、絶対零度という表現でもまだ生温いと思えるほどその双眸は冷え切っていた。
「こんな夜遅くに、一体何ですか?」
加速していく嫌な予感に声が震えそうになるのを何とか堪え、俺は無感情さを捻り出す。
義弟信者の筆頭にして二条家のボスでもあるあの義母は、父親がちゃんと説得したはずだ。
俺があの家を出て全寮制であるこの学園へ入る許可は、義兄も居る前できっちりあの義母から取ってある。
文句を言われる筋合いはないはずなのに、どうしてこいつは電話を寄越してきたのか。
俺のその疑問は『貴様のせいで……っ』と何度も同じ言葉を繰り返し、低く唸るように呟く義兄の怒りの声と共に吐き出された。
『再来週、斗愛(とあ)がそっちへ転校することになった』
聞こえてきたその言葉に、俺は唖然と目を見開き全身の力が抜けそうになる。
しぃ兄が体を抱きしめてくれていなかったら、きっと今頃力なく床にへたり込んでいたに違いない。
嘘だろ。と口からこぼれた言葉は音にはならず、義兄から放たれた信じられない台詞のおかげで俺は目の前が真っ暗に染まりそうな感覚に陥った。
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