アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
08話 悲鳴?いいえ、黄土色の歓声です
-
黒に近いグレー色の壁が高級感を漂わせ、出入り口の真正面に設置されている噴水が無駄に存在を主張している高等部学生寮。
しぃ兄の腕の中から解放された俺の、この視界に映っている建物は本当に学生寮なのだろうか。そう思わずにはいられない寮の外観に、俺は唖然と立ち尽くす。
どっからどう見てもこの寮は一泊二日うん万円。下手をすればうん十万円様はするだろう高級ホテルにしか見えない。
放心しかけながら、ボストンバッグを預かってくれていた親切な親衛隊員さんに俺が「ここは本当に寮なんですか?」と尋ねれば「はい! ここは高等部の学生寮です!」と満面の笑顔で元気のいい答えを返された。
しぃ兄と誠真先輩に目を向ければ、まぁそう言う反応しちゃうよねーと言った風にうんうんと頷かれ、俺はハハッと乾いた笑みを顔に浮かべる。
「さ、トキちゃん。中に入るよぉぐふっ!」
「の、その前に。刻也君、今すぐこれを付けてください」
「脇腹にいきなり肘鉄とか、せー君ほんと容赦なさすぎぃ……」
俺の肩に顎を乗せ、おんぶお化けみたいにくっ付いているくせに器用に体重だけはかけてこないしぃ兄。
そんなしぃ兄へ肘鉄を食らわせたらしい誠真先輩が、恐ろしくも素敵な笑顔で差し出してきた物。
それは、半透明の小さなケースに収まった、何の変哲もない耳栓だった。
なぜに耳栓?
俺が首を傾げると、すぐにわかると無言の笑顔で誠真先輩はこっちを見てくる。
よくわからないが取り敢えず言われた通り耳栓を付けて、俺は「トキちゃーん、痛いよーう」 と耳栓越しから微かに聞こえてくる泣きまねをした声と共にうりうりと頬ずりをしてくるしぃ兄を背中に引っ付けた状態で、寮の中へ足を踏み入れた。
「きゃぁぁあっ! 加賀美様だー!」
「加賀美様ぁー! 一度でいいから抱いてくださーい!」
「素敵ぃぃいっ!」
「梁白様もご一緒だー!」
「相変わらずお美しいですー!」
「うおおお! 梁白様ぁぁ! 一度でいいからその綺麗な足で踏んでくれぇぇえ!!」
しぃ兄、顔。顔が近い! ああでも、ほっぺた柔らかくて気持ちいなぁと、デレっと緩みそうになる顔を呆れた表情で誤魔化しながら、自分でもビックリ。心臓の高鳴りは少し緩和され、顔にも熱は集まらない。
再会してからのこの短時間で、俺は金髪美形なしぃ兄への耐性が出来てきているようで、そんな自分の成長と言っていいのか微妙な変化に、ひっそり感動しようとした時だった。
寮の中に入った瞬間、悲鳴に近い歓声が耳栓越しからでも煩いと思えるほどの音量で俺に襲いかかり、反射的に驚きと共に肩が大きく跳ね上がる。
エントランスホールには俺と同じく今日から入寮する、持ち上がり組も入っているんだろう新入生らしき人達と、それとは別に先輩らしき人達がいて、しぃ兄と誠真先輩を見てほぼ全員のテンションが上がり熱気がやたらと凄い事になっている。
黄色い声と言うよりは少し濁った黄土色の声で、ここは男子校のはずなのにキャーキャーと美形二人に反応しているその様はまるで女子高生のノリだ。
ゴリラマッチョな奴らも顔を赤らめ、息を荒げながら両手でガッツポーズをしており、俺はその光景を見て思わず体を一歩後ろへ後退させる。
誠真先輩が渡してくれた耳栓がなければ、今頃確実に俺の耳は暫く使い物にならない状態になっていただろう。
ほんと、ありがとうございます誠真先輩。
そう俺が感謝の意を心の中で告げていると、次々と体に刺さるわ刺さるわ敵意剥き出しの視線の数々。
一体なんだと目を向ければ、視線の先には可愛い顔や厳つい顔を歪め俺を睨み付けてくる連中が何人もいて、うわー面倒くさそーと俺は内心で愚痴をこぼした。
「なに? アイツ。加賀美様とあんなに引っ付いて」
「自分の見た目自覚しろってーの。加賀美様と全然釣り合ってないじゃん」
「梁白様から離れやがれ」
「梁白様が汚れるだろーが」
一通り熱気が落ち着いた所で耳栓を外し、睨み付けてくる連中の方へ耳を傾けると聞こえてきた罵倒。
凄い言われようだなぁと思いながら適当に聞き流していると、後ろから回されているしぃ兄の腕の力が徐々に強くなっていき、怒っている事がわかった。
体重を少ししぃ兄に預け回されている腕を軽く叩き、別に気にしてないぞーと俺が伝えるとしぃ兄は暗い表情で「ごめんね」と小さく呟き、俺はその言葉に何をあやまっているんだと首を傾げる。
「だって、この学園内で俺がトキちゃんと一緒に居たらトキちゃんが嫌な思いするのわかってるのに、俺は前みたいにトキちゃんと一緒に居たいから。だから、ごめん……」
俺のせいでトキちゃんに迷惑をかける事になる。そう言って一層暗い表情を浮かべたしぃ兄に俺は体を反転させ向かい合い、俺よりも十センチとちょいぐらい身長が高い目の前のしぃ兄の両頬に手を沿え、思いっきり押し潰した。
「ぅぶっ! ほ、ほひひゃん?」
「俺は今、ほんのすこーし、怒ってる」
「ふぁ、ふぁい」
ジト目で睨む俺に対し、しぃ兄はちょっと気まずそうに表情を固まらせる。
しぃ兄は人気者で、ここは特殊な環境だって事も学園に来て早々知って自分なりに理解したつもりだ。
そもそもしぃ兄は小学生の時から人気者で、俺は近所に住んでいた同級生の奴らからしぃ兄を独り占めして狡い、自分達にも紹介して一緒に遊ばせろとよく嫌がらせを受けていた。
だからこういうのは慣れっこだし、悪いとすれば勝手に妬んで嫌がらせをしてくる相手側であって、しぃ兄は悪くない。
それなのに、なーんでしぃ兄が謝るかな?
一緒に居てごめんと暗い顔をして謝るしぃ兄を見ていると、段々とこっちまで暗い気分になってくる。
俺は、しぃ兄の笑ってる顔を見ていたいんだ。
「俺だってしぃ兄と一緒に居たい。つーかその為にめっちゃ頑張って学園に入ったんだ。しぃ兄が本気で嫌だって言わない限り、俺はしぃ兄が離れても追いかけて一緒に居る。だから、しぃ兄が謝る事なんて一つもない。結果は同じだ」
「…………っ」
翡翠色の瞳を真っ直ぐに見つめ、俺は自分の素直な気持ちをそのまましぃ兄へ伝える。
これで少しでも、しぃ兄の中にある不安とか俺に対する罪悪感みたいなものが無くなってくれればいいんだけどな。
俺はしぃ兄みたいに相手が安心出来るような柔らかな物言いは出来ないけど、それでも、俺なりの言い方でちょっとでも伝わるといい。
「それでもしぃ兄が自分のせいだって言うなら、お互い様って事でいいじゃん。俺の顔がカッコ良くないから文句言われてるんだし」
ああ、でも。そう言葉を区切って、俺は一度大きく息を吐き出し自分が出来る最大限の笑顔を顔に浮かべる。
「しぃ兄が俺と一緒に居たいって思ってくれてた事は嬉しい。ありがとう」
「っ、トキちゃーん! もう、なんていい子! いい子過ぎてお兄ちゃん泣きそうだよー!」
「ぐぇっ」
自分で言ってて恥ずかしくなり、顔が赤くなる前に俺は素早くしぃ兄に背を向ける。
部屋の鍵を貰う為の列にさっさと並び、自分の部屋を管理人さんに教えてもらおうとした俺だが、後ろから勢い良くぎゅうぎゅうと抱きついてきたしぃ兄に行動を阻まれ、その衝撃から蛙が潰れたような声が口からこぼれた。
つーか首、首締まってるか!
周りから非難の声が上がってるけどそんなものは気にせず、俺はしぃ兄の腕をバシバシと叩き真横にある端整な顔を睨み付ける。
しぃ兄は慌てて腕の力を緩めてくれたが、離れる気はないのだろう、ごめんごめんと口にしながら更に体を密着させてきた。
「ありがとう、トキちゃん」
俺の肩に顎を乗せ、穏やかな笑顔を浮かべながら周りの声に埋もれそうなほど小さく囁かれたしぃ兄の言葉。
その言葉に、どーいたしましてとこっちも小声で返し、俺は軽く笑みを浮かべた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
8 / 32