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重たい瞼を上げると、真っ白い天井が目に入った。状況把握のためにキョロキョロと周りを見渡す。カーテンで区切られたスペースと、このアルコールの臭い、ああ医務室か、なんて冷静に判断し起き上がってカーテンを揺らす。さすがお坊ちゃん校、点滴が繋がれてた。
俺の気配に気づいた校医の先生がベッドに近寄る。
「気がついた?」
「あ…はい」
「倒れたことは覚えてる?」
「若干…」
「貧血だよ。聞いたところご飯も睡眠もろくに摂れてないらしいし、こうなって当然。とりあえず点滴打ってるからそれ終わるまではここで休んでてね、鞄持ってきてくれてるから終わったら帰っていいよ」
「はい……すみません…」
まさかこの俺が本当に倒れるとは。それよりも気になったのは、二次元世界と違ってこの保健室が普通ってこと。校医がビッチでヤリ場になってるのはやはり二次元だけですね!根はやはり腐った男、考えてしまいます。はい。
温もりの冷え切っていない布団の中に潜り込んで目を閉じる。もちろん、頭の中を埋め尽くすのはただ一人、皐月だけだ。
ふと、皐月とギクシャクしだした時のことを思い出す。改めてひとつひとつ皐月の様子から察して行くと、ひとつの可能性に辿り着いた瞬間、ドクンと鼓動が大きく脈を打ち、慌ててガバッと身体を起こした。
「…ま、さか…!?」
もしかして:恋煩い
もしかしてもしかすると、皐月も俺と同じで、恋煩いをしていたのではないかという考えに至った。だって、ずっとボーッとしてたし、元気なかったしいきなり肌隠すようにし始めたし…この前顔赤らめたのだって…男がそういう対象で見れるようになったからじゃないのか?前までは恥じらいもなく着替えたり風呂上がりにタオル一枚だけだったり手当てだって普通に受けてくれていた。
あ、そうするとあの時見た皐月の涙ももしかして恋愛関連…!?
俺のBL的知識で判断するにやっぱり恋煩いに違いないだろう。たぶん、いやきっと。
え、誰、誰の事好きなんだ?あの時笑い合ってた奴?今泊りに行ってるとこの奴?それとも別のクラスの奴?
嘘だろ嘘だろ、やっと好きだって気づいたばっかりなのに、そんなのってあんまりじゃないですか。俺が身長のでかいだけの木偶の坊でヘタレ野郎だから天は見放してしまったのでしょうか。泣きたい。
「あぁあああ…」
フラグを立てても、結末はBADEND一直線だ。そもそもフラグの立て方が分からないけど。嫌われてるし、絶対嫌われてるし。嫌われ→総愛されの流れおいしいです。総愛されからの固定CPがもうおいしいですよね制裁とか受けた後に超絶美形さんに拾われてそれからずっと支えてくれた彼に恋しちゃう、みたいな!みたいな!皐月!好きだ!
あぁもうどうしたいの俺。皐月に会いたい喋りたい付き合いたいイチャイチャしたいキスしたい触りたい。でも、できない。皐月に好きな人がいるなら俺は応援したい。うそ、嫌だ。でも、それができなかったらもう皐月と俺との繋がりが無くなってしまう。だから、友達というポジションを維持しなければいけない。
皐月と仲直りしなきゃ、皐月を部屋に呼び戻さなきゃ。でも、友達ってどこまでしていいんだっけ?手当てとかあまり触れるのもだめかも、喋るのもだめかも、見つめるのも、だめかも。こんな時、小説の中の主人公はどうしていた?
「………帰ろ」
点滴も終わったみたいだし、なにより虚しくなってきた。慣れない保健室にいるよりも、落ち着く自室の方がいい。帰って泣きたい。お気に入りサイトさんの悲恋モノでも読んで泣こう、そう思って俺は奥の部屋にいた校医に声をかけ点滴針を抜いてもらい自室へと帰った。
本来ならば授業中なので寮はどこも閑散としていて、どこからか流れるムーディーなBGMだけが廊下に響いていた。
相変わらず皐月の匂いがしない部屋のドアを開け、靴を脱いだ時ある事に気づく。ハッとして慌ててリビングに繋がる廊下を進んで名前を呼ぶ。
俺の予想が、俺の記憶が正しければきっと…ー!
「皐月っ!?」
「うぉっ」
やっぱり、玄関にあったのは皐月の靴だったんだ。ドアを開け放った先には皐月がいて、目を丸くしてこちらを見ていた。
「皐月……」
「な、なんでいるんだよ…」
「あ…その、早退したんだ」
「早退?具合悪いのか?」
「軽い貧血だよ」
変わらない、変わらない皐月。もちろん気まずい空気はあるけれど、俺が早退したと知った途端それを忘れて親身に心配してくれる優しい皐月。胸が苦しい。
「それより、皐月はどうして…」
「あ…ジャージ取りにきただけだ」
「そうなの…」
ごめん、帰ってきて、いつまで外泊してるの、好きな人できたの、どうなの俺の事嫌いなの、言いたい事はたくさんあるのに口から出てくるのは冷たい言葉だけだった。
「じゃ、俺戻るから」
「…………」
スッと俺の横を通りすぎて行く皐月。本当ならばその手を掴んで、行かないでと言いたいのだけれど、俺にそんな権利はない。
「あ…俺、部屋移動にするから」
「……え?」
恐れていた事が起きた。
「来週末、荷物片付ける」
「な、なんで!?」
「………いろいろあんだよ」
「部屋移動とかは特例でしかしないじゃん!」
「そんなん適当に言っとけばなんとかなんだよ」
俺は素行が悪いしな、たぶん通るだろ。大丈夫お前に迷惑はかけねえ、と続ける皐月。慌てて玄関まで追いかけた。
そんなそんな、なんでそんなに俺の事避けるの、そんなに嫌いなのどうして言ってくれないと分からないし直せないよねえ皐月。
皐月まであと1mのところで立ちつくす。足が震えて動かない。喉がカラカラと渇いて、うまく唾が飲み込めない。どうして。どうして。
「ーー…んで、」
絞り出した音は皐月まで届かなかった。
くるりと振り返った皐月は、さっきまではキョロキョロと視線を泳がせていたのに、まっすぐ俺をみてじゃあ、と声をかけまたくるりと向き変わった。
「ーー…っ!」
その声を聞いて俺は金縛りが解けたかのように動けるようになっていて、ハッとし気づいた時には既にドアノブを握る皐月の手の上に重ねるようにして開き掛けていたドアを閉じ、片腕で皐月を抱き寄せていた。
「……行くなよ、皐月」
あぁ、言ってしまった。
「やだ……行かないで、行かないでよ皐月…行かないでっ、いか、行くなよ…行くな行くなっ!」
「えっ…ちょっ…」
狼狽えてなにもできない皐月を良い事に、俺は掴んでいた皐月の手ごと腰に回して身体を抱き寄せる。
頭では言っちゃだめだ、こんな事言っても皐月を困らせて余計嫌われるだけなのにって分かっているのに、そんな思考を他所にどんどんと口が働いた。
「なんで行っちゃうの?そんなに俺の事が嫌い?なんでよ、好きな人とかできたの?だからあの時見られて触られて嫌がったの?だからここから出てくの?」
「ちょっ…おいっ、颯!」
ジタバタと暴れる皐月を身体全体で抑え込む。身長差があるから、抱き込むとどうしても前のめりになってしまって、でもそれを気にする余裕もなくて。
「やだよ、やだよ…皐月……ここにいてよ、出てくなんて言わないで…お願い、お願いだからねえ皐月………おれ、俺皐月いないとムリだよ、しんじゃう、すき、好きなんだよ皐月のこと、ほんと、好きっ…」
「……は、」
そこでハッとした。
やってしまった。やってしまった。言うつもりなんて無かったのに。感情が抑えきれなくて、思わず言ってしまった。最悪、キモい、馬鹿じゃねーの俺。後悔。後悔。後悔。
皐月も皐月で、抵抗していた力が抜けていて、それが明らかに驚愕していることが顔を見なくても分かる。
「あ、いや…」
俺は腕の力を抜いた。そのままヨロヨロと2、3歩後ろに後ずさる。ゆっくりと皐月が振り返って来るのが分かって、俺は思わず、
「ごめんなさぁあああい!!!!」
逃げた。
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