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罪人たちは
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文化祭初日が終わり、那波は急ピッチで仕上げた報告書を片手に、生徒会室を訪ねた。扉を開けた瞬間、有紀と香澄の視線が那波に突き刺さる。天音一人だけが優雅に足を組んだまま、手元のスマートフォンを弄っていた。まるで自分には関係ないというようなその態度に、那波は言いようのない苛立ちを覚え、天音の座る机に書き上がったばかりの報告書を叩きつけた。向かいに座っていた香澄の肩が僅かに跳ねる。
「雨京、話があります。付き合ってくれますね?」
怒気を孕んだ那波の声に、天音はさほど興味がなさそうに冷めた視線を向けた。恐ろしい程何も映していない天音の瞳に那波は一瞬怯みそうになる。しかしここで引き下がるわけにはいかない。自分が犯した過ちのけじめをつけなければ。
「いいよ。そう言われると思ってたし。」
張りつめた二人の空気に、香澄と有紀は顔を見合わせた。有紀と迅ならば日常茶飯事だが、いくら生徒会と運営委員会という相対する委員会に所属する二人といえど、こんな風に表だって対立するようなことは今まだかつてなかった。
「少しお宅の会計をお借りします。本当に申し訳ありませんでした。」
那波は有紀と香澄に向かって深く頭を下げた。
「なんで虹原が謝るの?」
有紀は困ったように笑った。香澄も同意するように何度も頷く。
「全ては報告書を読めばわかると思います。雨京と話をした後で罰は受けます。」
迷いない那波の言葉を聞き、有紀は何かを悟ったように静かに目を閉じた。もう何も言及してこなかった。那波は押し寄せる後悔と罪悪感で胸が張り裂けそうになる。咲耶の受けた心の傷はきっとこんなものではないはずだ。その痛みを決して忘れぬよう胸に刻むと、天音を連れて生徒会室を出た。
昼間とは打って変わり、すっかり人気が無くなった教室で、那波と天音は無言で向かい合っていた。掛け時計が時を刻む音だけが虚しく響く。カラフルな紙の鎖で華やかに飾り付けられた空間に、こうして緊張感を漂わせながら立ち尽くしていることが酷く滑稽に思えた。この文化祭を学園中の生徒たちが心待ちにしていた。咲耶もそうだったかはわからないが、風紀委員長として何事もなく文化祭が終わることを願っていただろう。まさか自分が渦中の人になるとは予想すらしなかったはずだ。折角の文化祭を台無しにしてしまった。
「話が違います。こんな大事になるとは。あなたは少し風紀委員長を旧校舎に閉じ込めて驚かせようと言ってましたよね?なのになぜあの男たちは風紀委員長を、僕までも襲おうとしたんですか。」
沈黙を先に破ったのは那波だった。生徒会室からの道中で、随分と頭が冷えた。今はただやるせない感情が胸に渦巻く。いくら悔やんでも悔やみきれない。なぜあの時天音の口車に乗ってしまったのか。
「ねえ、馬鹿なの?それだけなわけないでしょ。あんな血の気の多そうな男たち呼んで、それで風紀委員長を閉じ込めてはい終わりって本当に思ってたわけ?めでたい奴」
那波はカッと頬を染めた。確かに天音の言う通りだ。よく考えればわかりそうなものを、天音に言われたことだけを鵜呑みにしてしまった。きっと天音のせいではない。この事件は那波の浅はかさが招いたことなのだ。それを十分に承知した上で、那波は天音に確かめたかった。
「やっぱり初めから全て計画されていた事なんですね。」
那波はきつく拳を握りしめた。
「あなたの言うとおりです。全ては俺の愚かさが招いた事。あなたの計画を知っていながら止めなかったどころか協力してしまった俺の落ち度です。」
「あっそ。なら何の用?」
「あなたの真意を確かめたかったんです。」
「そう。ならもういいでしょ。僕は帰るよ。明日も早いしね。」
天音は拍子抜けしたようにきょとんとした顔で言った。この男に罪の意識はないのか。怒りを通り越してふと那波は冷静に考えた。いや恐らくそうではない。罪の意識が霞むほど天音は嫉妬に狂っているのだ。
「もう一つだけ聞かせてください。こんな事をして日野沢有紀があなたの物になると本気で思っているんですか?」
そうだとしたらなんて天音は哀しい心の持ち主なのだろう。同情するような瞳を天音に向ける。
「は?」
地を這うような声が聞こえたかと思うと、那波は教室の壁に押し付けられていた。背中に走る痛みで思わず顔を顰める。乱暴に胸倉を掴まれうまく呼吸ができなかった。
「お前に何が分かる!いや、少しは分かり合えると思った。でも違ったみたいだね。お前に僕の、ただ報われもしない恋に焦がれている僕の気持ちなんて分かるものか!」
天音のアイスグレーの瞳にチリチリと怒りの炎が宿っていた。普段何にも興味が無さそうな天音でも有紀のことになればこんなに感情をむき出しにするのか。恋は人をこんなにも変えてしまう。
「それが・・誰かを、傷つけて・・・いい、理由には・・なり、ません。」
「うるさい!」
激昂と共に那波は床に叩き付けられた。突然解放され、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。それでも那波は天音をきつく睨みつけた。もう同じ事は起こさせない。那波は軋む身体を庇いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「報告書には・・・、全てを書きました。あなたの計画は・・、日野沢有紀に知られることに・・・なります。」
「覚悟の上さ・・・。」
天音の声は震えていた。本当になんて無垢で純粋で哀しい男なのだろう。ただ有紀の視線を咲耶から奪いたい一心で計画したことだったのだ。それでも、犯した罪は償わなければならない。那波はおずおずと手を差し出すと、天音の手を優しく包んだ。
「俺も・・・、一緒に背負います。」
「必要ない・・・!」
天音は那波の手を振りほどくと、教室から走り去っていった。那波は天音の去った教室の扉を見つめた。皆ただ想い人に振り向いて欲しいだけのはずだ。それなのに何故こうももつれていってしまうのか。
「せめて俺だけは。」
那波は人知れず、ある決意を心に強く誓った。
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