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迷う心に
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有紀と天音と別れ1人部屋に戻った咲耶はそのままベッドへと身を投げた。
「馬鹿か、俺は・・・」
冷えたシーツに身を沈めながら、誰に向けるでもなく悪態をつく。天音の策略にまんまと乗せられてしまった。本音を言えば、有紀と天音を2人きりにしたくはなかった。あの2人の間には咲耶にも入り込めないような絆のようなものを感じる。長い時間を共に過ごし身体を重ねた2人にしか醸し出せない空気があった。文化祭の一件から有紀は天音を一方的に避けているようだが、その関係性だって永遠にそのままである確証はない。また何かのきっかけで思いがけず元の親しい2人に戻るかもしれない。
「そのきっかけを与えてどうするんだ・・・」
咲耶は重く息を吐きだした。もっと天音や那波のように感情に素直に生きれたらどんなに幸せだろうか。有紀を失うかもしれない。その恐怖とともに何度後悔を繰り返しても、咲耶は不器用なままだった。
『いかないで』
喉元まで出かけたたったその一言を、咲耶は言葉にすることができなかった。今頃2人はどんな話をしているのか。本当に話しをしているだけなのか。そう考えれば考えるほど、咲耶の心は暗く深い沼に沈んでいきそうになった。
「不毛だな」
いくらここで悩んでいても有紀と天音が2人っきりで話しているという事実は変えられない。咲耶は自嘲ぎみに呟くと、とめどなく湧き出てくる不安を思考の隅に追いやり、気晴らしにズボンのポケットから携帯電話を取り出した。電源ボタンを押すと通知画面に不在着信履歴が表示される。着信の相手は流星からだった。画面上の時計に目を移せば、すっかり消灯時間前の見回りの時刻であることに気付く。はっとして飛び起きると、咲耶は慌てて流星にリダイヤルした。
『もしもし』
ワンコールで繋がり、流星が咲耶の電話を待ち構えていたことが伺えた。
「すまない。すっかりこんな時間になってしまって。5分でそっちに行く」
『あぁ、別にそんな急ぐこともないけど・・・。珍しいな、お前が風紀委員の仕事を忘れるなんて』
早口で捲し立てる咲耶を落ち着かせるように、穏やかなトーンで流星は言った。その声音がジン、と咲耶の胸に沁みる。
「弁解はしない。単純に俺のミスだ」
咲耶は胸の内で自身の失態に舌打ちをした。風紀委員長に指名されてこれまで1度たりともこんな些細な失態をしたことはなかった。その積み重ねでようやく手にした風紀委員長としての威厳を、こんなところで失うわけにはいかなかった。咲耶は苛立ちをぶつけるようにガシガシと乱雑に頭を掻いた。随分色ボケしたものだと呆れさえする。今のように有紀と親密な関係になる前はもっと張りつめた糸のように気を研ぎ澄ませていたはずだ。
「・・・俺は弱くなったな」
有紀の視界にいつか入れたらいい。初めはそんな小さな願いだったというのに。いつの間にか有紀の傍にいるのは自分が良い、誰よりも近くに居たいと思うようになってしまった。そして今咲耶は有紀を失う怖さに怯えている。有紀を影から支える存在であろうと冷徹な風紀委員長を演じていた強い自分はどこにいったのか。咲耶は自身の不甲斐なさに力なく俯いた。
『本当に一体どうしたよ?俺からしたら、お前は今も変わらず強くて気高い風紀委員長様だぞ』
「だが以前の俺ならこんなミスはしなかった。認めたくはないが有紀にうつつを抜かしていた罰だろうな」
『・・・なーんだ、そういうことかよ』
気の抜けた言葉の後で、流星は機械音の奥で明るく笑った。
『そんなのお前にとっちゃ良い変化だろうよ。今までがおかしかったんだ。日野沢と絡むようになって、咲耶は凄く魅力的になったよ。人間らしくて味があって・・・。あぁ、これが本当の月瀬咲耶って人間なんだなーって俺は見てたけどな
』
咲耶はふと合宿初日に流星に言われた一言を思い出す。
『お前、最近よく笑うようになったな』
その時はそんなに深く考えなかったが、周りから見ても勘づくくらいに咲耶は有紀に出会い変わっていったのだろう。それは弱くなったということではないのか。咲耶は戸惑い、狼狽えた。言葉に詰まり開きかけた唇を再びきつく噛む。有紀が好きになったのは日野沢学園の風紀委員長としての自分のはずだ。こんな女々しくて弱い自分などそのうち愛想つかされるのではないか。振り払ったはずの憂いがまたもや咲耶の脳内を支配していく。
『人はさ、きっと誰かと出会って少しずつ変わってくんだよ。・・・俺も咲耶と出会って変わった。変わらない奴なんていねーよ』
流星の言葉が冷えて固くなった咲耶の心を溶かしていった。有紀に愛され続ける自信なんてない。だが変わっていくことは受け入れても良いのかもしれない。そんな願望に近い淡い期待を咲耶は胸に宿らせた。
「・・・ありがとう、保科」
咲耶は真っ白なシーツを力強く握りしめると、ぐっと顔を上げた。この学園に戻ってきた時に咲耶は誓った。例え振り向いて貰えずとも、ただ1人絶対的な有紀の味方であろうと。自分だけは有紀を慕い続けようと。それを叶えるために咲耶は風紀委員長を目指したのだ。
『よし、じゃあそろそろ風紀委員の仕事をするとしますか』
「そうだな」
有紀を廻る人間模様は複雑で何度も傷つくかもしれない。それでも眩暈がするほどのこの愛おしいという思いを大切に守っていこう。咲耶はそう決意すると、軽やかに立ち上がり部屋を後にした。
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