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その日夢を見た。真っ暗で一筋の光。言わずもがな此処は神様の場所だろう。
立ち尽くす僕に彼は口を開いた訳でもなく、頭の中に問いかけるように優しくこう言った。
「私の愛しい人の子よ、その真っ白で儚くそれでいて純粋で健気な心で傷つき死を待つ壊れそうな命の灯火に癒しを。そして、君に神すらも与える事のない祝福の光を…」
瞼を上げた。あの後寝てしまったのかと、立ち上がる。周りを見渡した所で目的の人物が居るわけでもなく、出ていけと拒絶された訳でもない自分は、このまま居座る事にしたのだ。
時計もなく携帯もない自然で溢れたこの場所に、過去のしがらみは一つもない。時間すらも曖昧で、自由と言うのに等しかった。
窓もない洞窟内に、空いた入り口から心地よい風が吹き抜く。それは大して寒くなく、此処が同じ日本なら今の季節は春だろうと予測する。
ふと、目の前に見えるキラキラ輝いた美しい泉に目を向けた。
(…少し位ならいいよな)
身体は泥だらけで、とにかく綺麗にしたかった。
今さらながらに思う。飛び降りた際の服装は高校の制服ブレザーで。脱がずに寝たお陰でしわしわになってしまい、人様に見せるには恥ずかしいレベルだった。泥まみれで泉で洗うしか方法はない。
立ち上がり、泉の元へと向かい服を脱ぐ。眩しく光るピンバッチが2-4と書いてある。要らない過去を抉られたようで眉間に皺を寄せた。
制服を脱ぎ捨て、足を水に浸けて、冷たさを確認した。…これくらいならいけそうだ。
「ずいぶん貧相な身体だ」
「え?ええ!?」
後ろを振り返り声の主を見る。いつから居たのか聞いた事のあるその声音は間違うことなく白蛇様だった。
貧相とは失礼な。なんて言える訳もなく、隠そうと冷たい泉に慌てて飛び込む。今はそんな事気にしている場合ではないのだ。
「人は生まれながらにして裸なのになぜ恥ずかしがる…理解できないな」
「お、お気になさらずっ!それより、白蛇様…勝手にすみません」
泉を利用した事についての謝罪をする。目を細めた切れ長の中に見える赤い瞳は魅了的で、美しい。
世界中の誰もが男女問わず惚そうなるだろう。核心を持ってそう言える美しい美貌。自分の身長172センチよりはるかに大きい身長と長い足。完璧としか言えない。
「神の使いは神聖だ。私は気にしない。人の子と言えど、肉体は浄化された神が創りしもの。なんの問題もない、むしろ泉事態は喜ぶだろう。魂は人の子だが」
「……えっ、それは」
「そんな事よりも、お前はいつもそうなのか?びくびくしていて弱そうだ。神の使いでなければ私に瞬刹だった」
返事を待たず立ち去ろうと振り返る白蛇様に、言い返す言葉もなく、呆然と立ち尽くす。
昨日自分を殺そうとした彼は、何故か今日は泉の利用を許可する。何を考えているのかさっぱりで、自分には全く答えを予想できない。
それでも、確実に喜んでいる自分がいるのだ。嫌われているのは確かな筈なのに、図々しくも希望を感じてしまっている。
恐らく上がるのを待っているであろう白蛇様に迷惑を掛けないようにと急ぐ。今では一張羅になってしまった制服は、びしょびしょのまま再度着るしかないだろう。
ブレザーは諦めて、木の枝に掛けた。ネクタイも同じようにぶら下げて天日干しをする。余り濡れたくない一新でシャツを肘まであげ、ズボンも同じように捲る。
まるで池にでも落ちたような姿に、なんともいえない気持ちになるが、ここには人はいないのだ。何も気にする事はないと、開き直った。
「流石に寒い…」
春といっても、濡れ着に水では身体も冷える。不死身なら風邪すらも治せるかもしれないが、今を寒いことは寒い。
何とか乾かそうと、森を歩きながら木に実った木の実を見つけて立ち止まった。
なんの果実かも分からないそれを見て、ふと意識を思考へと切り替える。
(あの二羽にこれを届けたいな…)
結界に入れないと言っていた彼等に届けたら喜ぶだろうか。これが此処にしかないという代物かは分からないが、昨日のお礼にと何かを渡せずにはいられなかった。
また同じ場所に行けば会えるかもしれないと、赤い小さな果実を置いてきたブレザーにくるむ。水を含んで少し重たいが、気にするほどでもないと来た道を帰るように思いだしながら歩いていく。
小一時間程歩けばそこはみえた。
まるで泉のある場所を示すかのように歩いた跡があり、そのせいか草花が生えず小道になっていた。来たときは上に飛ぶ小鳥に夢中で必死だったんだなと、少しはにかむ。
「みて!さっきーが笑ってる!」
「なんだよ、さっきーって…ぷっ」
この声はと、振り向く。しかし、予想と反した二人がそこにはいた。二羽では二人なのだ。
「あれ…人?え?」
呆然と驚きを隠せない僕に、二人はにんまりと笑顔を向けて手を振る。いや、なんだこの状況は。
「あは!さっきー驚いてる!」
「まあ、無理もないわな。昨日と明らかに違うだろ、主に姿が。」
その通りだった。
日本に似合わない金髪が風に靡く。ふんわりと揺れるパーマかかった柔らかそうな髪。垂れ目がちの目に翡翠のようにきれいな瞳…整った顔立ち。そして同じ顔が二つ。唯一の救いは、僕と同じ身長くらいだった。
「驚いた。不思議な場所なんだね、ここは」
「なに。ここじゃ珍しくもない。長く生きれば知恵もつくさ」
「そうだよ。僕らは長い時間此処で過ごして来たもん。双子の愛だね、れんちゃん!」
抱きつこうとするスズにレンは冷めたい目ではね除ける。何時もの事なのか、「つれないなー」と頬を膨らませている。似ているどうのこうの以前に、やはり正反対の性格だなと、二人を眺める。
「そだ。何しにきたの?まさか!白蛇様に追い出されちゃった?」
「いや、向こうで木の実を見付けたんだ。美味しそうだったから、見せたくて。…昨日の感謝に」
だけど大きくなった二人には要らなかったのかもしれない。持ってきた事を少し後悔しながら、ブレザーに包んだそれを開いてみせる。
「これは…!!」
「まさにあれだ。禁断の果実だ」
いけないものだったかと冷や汗を掻く。確かに白蛇様に取っていいかの許可を貰っていない。
「いけなかった?」
「いや、ありがとう…さっきー…これ、普段食べれないんだっ!嬉しくて…ぐすっ」
「夢だな、俺たちの。って、泣くなよ…嬉しいのは分かるが。」
泣きながら頷き鼻を啜るスズにその頭を撫でるレン。贈り物が気に入ったんだと、安堵する。
「良かった。喜んでくれて」
無意識に溢れる笑み。自分は本当に嬉しいんだと僕すらも驚く。こんな気持ちは暫くなかった。
「おお!さっきーがまた笑ってる!」
「…へん、かな?」
「いや、ちっとも。その方がいい」
「さっきーは美人さんだから、見惚れちゃうよー。前は表情が無くて心配だったけど。」
何を血迷ったのか、突然のスズの言葉に驚く。何一つ良いところがない事は身を持って自覚しているから。表情が無いのは感情表現が苦手としか言えないが、容姿については言いたいことだらけだ。
「ほら…透き通るような白い肌に、黒曜石のような瞳でーお人形のような長いまつげに綺麗な二重…揃えたわけでもないのに肩まである綺麗な黒髪はさらさらでーって、いて!」
「語りすぎだ、お前は。佐々木が困ってる。神の使いが美しいのは皆しってる」
誉められた。今、僕を見て彼は誉めたのだ。産まれて初めての経験を死んでから。隠せない動揺をレンは見抜き、スズの頭を軽く叩く。
それどころではない僕はなんて顔をしたら良いか分からず、俯いた。
話を反らすように、果実について問いかける。
「これ、そんなに美味しいの?一つ食べてみようかな」
「ダメだよ!」
伸ばそうとする手をスズが掴み阻止する。慌てたその様子に、自分がいけないことをしたのかと手を止める。
「まだ知らないんだな。神の使いはご飯は食べられない、食べたら食べた分吐き出すぞ」
「知らなかった…ありがとう、スズ」
昨日から何も食べていない筈なのにお腹が空いた記憶がない。二人が居なかったらきっと間違いを起こしていただろう。
「さっきーはまだ神の使いになって日が浅いんだね。神の使いは聖なる水なら飲めるよ」
「…ありがとう。まだ何も分からなくて」
「これから知ればいいさ。分からないことは聴いてこい」
優しい二人に救われた気がした。その後は軽く話をして、日が沈んで来たからとその場所を後にした。
迷惑を掛けたが、楽しそうな二人をみて自分は何も不快な事はしなかったんだろうと、緊張の糸がきれる。
楽しかったのに、だけど……やっぱり。
胸に秘めた思いは自分ですら理解できない。それでも、何か一歩掴めた気がするのは気のせいではないだろう。
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