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黄金の王妃・20
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全ては、一瞬だったと思う。
正面にいた隣国の外務大臣が、笑みを張り付けたまま1歩、オレの方に踏み出した。右手が腰の剣にかかり、ちらっと光るのが見える。
「王妃様!」
焦ったような大声を聞いたけど、誰のものか分からない。
オレはギョッとして、とっさに後ろにステップを踏み、床を蹴ってくるっと後転を1つした。
床に手を突き、後転して、再びスタッと立ち上がると、目の前には両手を横に広げた、うちの大臣が立っていて――オレの顔を見るなり、「ああ……」と眉を下げて息を吐いた。
その大臣の後ろでは、王様が剣を抜き、隣国の方の大臣の首に突き付けてる。
遅ればせながら近衛兵が集まって、槍を構え、オレたちを囲んだ。
「我が王宮で剣を抜くとは、何事だ!? 戦争をしたいのか!?」
王様の怒った声が、広間中にビリッと響く。
戦争!? ギョッとして身動き取れないでいると、うちの大臣に声を掛けられた。
「王妃様、おケガはございませんか?」
とっさに言葉がでなくて、黙ったままこくんとうなずくと、大臣も苦笑しながらうなずいてくれる。
「さすがは身軽でいらっしゃいますな」
そんな笑顔を見たのは初めてだったから、ちょっとビックリした。誉められたのも。
一方の王様は、まだ剣を持ったまま、大声を張り上げてる。
「西の城であれを襲ったのも、お前の指図か? となれば、背後にいるのは北の王家の誰だ!?」
北の王家?
そう聞いてパッと頭に浮かぶのは、さっき花道の中に見かけた、青いドレスのお姫様だ。
彼女がオレを? いや、でも、それにしては「誰だ?」って、訊き方がおかしくない?
「どうやら、王妃様のお血筋は確定のようですな」
と、大臣も王様の方を振り向いて、話に加わってる。
何のことなのか、さっぱり分かんない。
何が確定? オレの血筋? なんでこの顔に見覚えがあるの? 訳が分かんなくて鳥肌を立ててると、いきなり隣国の方の大臣が、大声で「あああーっ!」と叫んだ。
彼を囲む近衛兵たちが、一斉に槍を構える。
その槍の1つを引っ掴み、北の大臣がそれで自分の喉を刺したのと――うちの大臣が、オレをかばうように背中に隠したのと、ほぼ同時だった。
くぐもった悲鳴、床に飛び散る血しぶき、大臣の背にかばわれて、悲惨な情景は何も見えない。
ただ、相手が自殺を図ったらしいのは分かった。
何で? 黒幕を白状しないため?
黒幕って。外務大臣の更に上にいる人が、オレを? なんで?
この大臣は……。
「さっさと運び出せ! 息があるなら手当しろ。油断するな」
大臣が、テキパキと指示を出すのをぼうっと聞く。
「アイタージュ」
王様に名前を呼ばれ、その美しい顔を呆然と見上げる。
王様は険しい顔をしてたけど、オレと目を合わせて精悍に笑った。
「そんな顔をするな。お前はオレが、必ず守る。これ以上は、手出しをさせん」
たくましい腕、厚い胸にぎゅっと抱かれて、こくりとうなずく。けど、「はい」と返事はできなかった。息が詰まる。安心できない。だって、狙われる理由が分かんない。
「陛下、王妃様をひとまずは奥へ」
大臣の言葉に、王様が「ああ」とうなずいた。
間もなく侍女たちが迎えに来て、後宮の方に連れて行かれる。
「待って、オレ……」
そう声をかけたけど、「後で話す」と言われれば、それ以上抵抗はできなかった。
久し振りの宮殿の廊下は、明るくて華やかで豪華だった。
見覚えのある庭園、見覚えのある天井絵画、たくさんの照明も全部、旅行に行く前と同じだ。
「王妃様、後宮は男子がおりませんから、ここよりは安全ですわ」
キクエさんに優しく声を掛けられて、それにも黙ってこくんとうなずく。
安全? 安心?
そうだよね、と思うのに、ドキドキが止まらない。
今、後宮に入りたくない。
だって後宮には――北の隣国の王女様がいるんでしょ? 敵、じゃないの? 王女様をこの国の王妃にするために、オレを狙おうとしてるんじゃないの?
お姫様に野心がなくても、彼女に仕える侍女もみんな、そうなのだとは限らない。
命が惜しければ、王妃を降りろとか言われるのかな?
そりゃオレだって、自分が本当に王妃にふさわしいのかって訊かれたら、答えに困る。
オレは旅芸一座で育った、見苦しくてみにくくてどんくさい踊り子だ。いや、踊り子未満の、下働きにしか過ぎなかった。
親の顔も、名前も分かんない。路地に捨てられてた子供かも知れない。旅芸一座にいるより前のことは、何も覚えてない。
ああ、なのに、なんで――あの襲撃者たちに見覚えがあるんだろう?
やっぱり、旅芸一座時代に会ったのかな?
「お湯の用意もさせておりますから、旅の疲れをゆっくりお取りくださいね」
長い廊下を歩きながら、キクエさんが優しく言った。
「王妃様が笑顔じゃないと、みんな心配しますからね」
王妃が笑顔じゃないと……。
その言葉にハッとして、「はい」とうなずき背を伸ばす。そうだ、今までさんざん言われてたのに、忘れてた。オレはもう、旅芸一座の下働きじゃない。王妃様なんだ。
オレが堂々としてないと、王様に恥をかかせることになる。
侍女頭の温かい手が、オレの背中を撫でてくれる。
キクエさんは優しい。息子のエール君が重症で、イゼル君と同様、西の城にしばらく残留って決まったのに。息子より、オレを優先してついて来てくれた。
シノーカちゃんはきっと今頃、冷たいお茶を用意してくれてるんだろう。
みんな、きっと不安に違いない。
だったらなおさら、オレが平気な顔してなきゃいけないんだ。
勇猛で聡明な「くろがね王」。王様は、決して不安そうな顔を見せないし、人前で動揺もしない。オレもそうしなきゃいけないんだ。ずっと王妃でいるために。
久し振りの後宮は、いつもよりざわめいてた。何も変わってないようで、何かが少しずつ違う気がする。
王女様がいるんだな。言われなくても、それが分かった。
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