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王妃の祭り・3
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ランタンの点灯が始まったのは、祭りの1週間前からだった。
市民が自主的に始めたそうで、特に禁止することでもないから、そのままにさせた。初めての国を挙げての夜の祭りに、皆盛り上がっているらしい。
治安も今のところ大した騒ぎは起きていないようで、設置されたランタンの破損被害も、今のところ数件程度だそうだ。
別に恐怖政治を敷いているつもりはなかったが、先の粛清のこともあってか、オレは随分短気だと思われてるらしい。「王宮を怒らすな」と、示し合わせにもなっているようだ。
「下手すると、祭りの取りやめもあるぞ」、「月祭りが血祭りに変わるぞ」、「生贄を捧げる気か?」などと、多少の噂は耳に入るが、敢えて訂正はしなかった。
アイタージュにも言ったが、王宮に対する畏怖というものは、ある程度は必要なことだ。もう2度とクーデターなど起きない国にするためには、良い政治をするだけじゃ足りない。舐められないよう努めることが肝心で――その結果、民が自主的に治安を守ってくれるなら、結構な話だ。
ランタンの点灯と同時に、屋台や露天も次々と広がり始めたようだが、それでも、特に小競り合い以上の問題は、起こっていないらしい。少なくとも、オレの耳には入らなかった。
前夜祭と勝手に称して、賑やかにやっていると報告は受けたが、「好きにするがいい」と放置した。
治安と秩序さえ守るなら、庶民の楽しみを奪うこともない。
「みんな、喜んでる証拠ですね」
アイタージュも、そう言って賛成してくれた。
祭りの予兆に浮かれる街の一方で、オレの方は来賓を招いて、連日の宴会だ。
地方に住む貴族も、他国からの使者も、祭りより何日も前に到着して、宮殿や迎賓館でゆったりと過ごしている。
後宮にはルリ王女しか泊まらせてはいないが、昼間、アイタージュの主催で茶会や観劇会などを行い、貴婦人方をもてなしていると聞く。王妃の勤めとはいえ苦労をかけるが、初めてなりに、難なくこなしているようだ。
「賑やかで楽しいですねっ」
嬉しそうに話す様子に和みはするが、オレとしては賑やかな宴会より、アイタージュと2人でゆったりと食べる晩餐の方が、落ち着くし好きだ。
酒の勢いを借りて、不埒な者が馴れ馴れしく王妃に挨拶しに来たり、酌に来たり、色目使いに来たりするから、少しも気が抜けない。アイタージュをヒザに抱き上げ、睨みつけてやると、愛想笑いを浮かべつつ退がって行く様子が、また余計に気に障る。
まったく、大勢での宴会ほど面倒なものはなかった。
宴会の後はアイタージュと共に、数人の近衛兵だけを引き連れて、宮殿の最も高い塔の上に昇った。
ランタンに灯された城下町が一望できて、なかなか景色がいい。戦時中には、敵の動向を探るのに大いに役立つ場所だ。
眼下には、白い明かりに照らされた、美しく賑やかな城下町。頭上には、ひっそりと白く輝く美しい月。
城門に迫る敵でもなく、戦火に焼かれる街でもない。美しいものを最愛の妃と一緒に、ここで穏やかに眺められることが、どれだけ貴重なことか。
平和の重みをしみじみと感じて、「きれいだな」と静かに呟く。
「セレム様……」
アイタージュが静かにオレを呼んで、甘えるように縋った。
「キレイですけど、ちょっと怖い」
ひそやかに漏らされる弱み。
どういうつもりで「怖い」と思うのか、口にされなければ分からない。ただオレも、この光景をずっと守らねばと思うと、さすがに身が引き締まる。
「怖いことなど、何もない」
抱き寄せて口接けると、優美な細い腕がオレの首に回された。はぁ、と熱っぽい息を耳元に吐かれ、ぞくりと体温が上がる。
まったく、手練手管も何も知らないウブのくせに。いつも無意識にオレを煽って、王からただの男に変える。美しく穢れなく、頑張り屋で素直で、一途で謙虚な、とんでもない傾国だ。
これに失望されたくなくて、オレも側近も、大臣も侍女も、皆が手を抜けずにいるのだと――本人はきっと、想像もしていないのだろう。
「アイタージュ……」
小さな口元に、白い頬にと唇を寄せ、抱き締めながら背中と尻を軽く撫でると、「ふあっ」と甘い声が漏れた。
誘ったのは自分のくせに。
「ここじゃイヤです」
可愛く手を突っぱねられ、上目遣いで見上げられたら、望み通りにするしかない。
いつまで経っても細いままの体を、片手で担ぐように抱き上げて、「降りるぞ」と近衛兵に声を掛ける。
かがり火に照らされた、長いらせん階段を飛ぶように駆け下り、急いで向かうのは後宮の寝室だ。
宴会の後、祭りの前夜。
絶景を眺めても鎮まらない興奮は、いっそ限界まで高めて解消するしかないだろう。
察しのいい侍女たちが、いつも通りに支度を整えた寝室。寝台の上に愛する王妃を横たえると、アイタージュが大きな目を見開いて、艶っぽく笑った。
「ここなら文句はないだろう?」
覆い被さってニヤリと笑うと、月明かりの中、白い顔がじわりと染まる。
「はい……」
素直にうなずき、恥じらうように目を逸らすのが、まったく可愛くて仕方ない。何度抱いてもウブで、余裕のなさそうな様子に、いつもひどくそそられる。
宴会の酒や料理のニオイの染みついた、きらびやかな服を性急に脱がせ、同時に自分のまとったマントも落とす。
国力を示すための盛装、権力の象徴たる王冠も、財力を匂わせる宝石や金銀も、何もかもこの王妃の前には不要だ。王妃を飾るすべての物も、同じくオレには意味がない。
愛するのは、互いだけに許された体と心。
面倒な衣装を脱ぎ捨て、少しずつ肌をあらわにすると、アイタージュが寝台の上に横たわったまま、呆けたようにオレを眺める。
そんな眩しいものを見るような顔で、一体何を考えているのか? 本当に眩しいのは自分のくせに。
髪に、瞳に、白い肌に光を映して、まっすぐオレだけを求められると、悪い気はしない。一途に純粋な愛情を向けられると、それだけで背筋に快感が走った。
ああ、オレのものだ。
「何を見てる?」
ふっと笑いながら問うと、「セレム様を」と、うっとりとした声が返る。
足首を掴んでヒザを割り、白く細い脚に舌を這わすと、「あっ」と上ずった声が上がった。
「そのまま、オレだけを見ろ」
キッパリと命じて、口接ける。
明日の夜の月祭りの舞台では、きっと多くの民衆が、オレの舞姫に熱い視線を送るのだろう。
だが、その舞姫の目が映していいのはオレだけだ。
「オレだけを見て、踊れ」
オレの命令に、アイタージュは蕩けるような笑みを浮かべて、こくりと1つうなずいた。
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