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王妃の祭り・4
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祭りは、日が暮れてから本番を迎えた。
夜空には幸い雲もなく、すっきりと晴れた星空だ。月が冴え冴えと東から昇り、城下町を照らしている。
去年の結婚式の時と同じ様式で、貴賓席を作り、舞台と祭壇をしつらえた。
集まったたくさんの民衆の歓声を受け、着飾った大臣が祭りの開始を宣言する。何か気の利いたことでも言ったのか、民衆がどっと盛り上がりを見せた。
普段は面白みに欠ける男だが、やはり年の功もあるのだろう。ああいう面倒な儀式は、大臣に任せておくに限る。
そうしているうちに、やがてオレたちの出番が来たようだ。
「陛下、王妃様も。おでましを」
侍従に促され、「ああ」と返事して立ち上がる。
剣舞を舞うための白い衣装を着た上に、新しくしつらえた白と銀のマントを羽織った格好だ。
アイタージュは、同じく白い衣装をまとい、きらめく金銀や宝石で、耳や首、手足や頭を、美しく飾り立てていた。
そのままでも十分に魅力的なアイタージュが、化粧を施し、金銀で身を飾ると、一際美しく輝きを増す。月明かりを受け、きらきらと無数の光をまとう姿は、まさしく月の精のようだ。
きっと誰もが心を奪われる、美しき月の舞姫。
だが今は、オレだけの王妃で――。
「きれいだな」
歩き出す前にこそりと耳元で囁いてやると、恥じらうように目線を下げて。
「セレム様こそ……素敵です」
ふっと照れ臭そうに笑う様子が、言いようもなく可愛かった。
大臣と入れ替わるように壇上に立つと、思ったよりも高い位置にあった。
民衆の大歓声に、アイタージュと手を挙げて応えながら、油断なく周囲に視線を巡らせる。
四方に控える近衛兵。暴徒の突撃も、射手による攻撃も、距離と高さのお陰でひとまずは防げそうだ。
舞いを奉じる踊り子たちは、ここよりも数段低い位置に控えている。
儀式の段取りは、当初に決めた案のままだ。まず音楽と共に民衆が踊り、舞姫たちが踊り、この壇上でオレとアイタージュが踊る。その後また、舞姫たちが踊って、以後は無礼講とする。
玉座に王妃と並んで座ると、段取り通り、間もなく鳴り響く舞踏音楽。
笛や太鼓、木琴に竪琴……。この日のために雇い入れた、大勢の楽士たちが、一斉に軽快な音楽を奏で始める。
それにどっと歓声が上がって――思っていたより大勢の民衆が、その場で踊りだすのに目を見張った。
儀式だからといっても、いきなり「踊れ」と言われて、すぐに踊れるものでもないだろう。そう思って、かなりの数の仕込みを用意すると聞いていたのだが、それも必要が無かったようだ。
ふるまい酒のせいか? 祭りの雰囲気に酔ってるのだろうか?
高い壇上から見下ろす眼下、集まった民衆のほとんどが、競うように楽しげに踊り出している。
「すごい!」
隣の玉座で、アイタージュが感嘆の声を上げた。やはり驚いたようだが、笑顔だ。
「セレム様、みんなスゴイですねっ」
玉座から思わず立ち上がり、ハッとして慌てて座り直す無邪気な王妃。さっそく自分も踊りたくなっているのだろう。そわそわしてる様子が可愛い。
「昨日からずっと、この調子だったようです」
苦笑しながら、側近の1人がこそりと教えてくれた。
「前夜祭にと、初めは流しの旅芸人たちが、あちこちで踊っていたようなのですが。それに合わせて、市民たちが次々に踊りだし……。疲れたら休み、休んだらまた踊り、歌い、盃を交わし合って。街全体が、巨大な宴会場になっているような有様です」
巨大な宴会場。確かにその通りで、苦笑するしかない。無礼講にはまだ早いが、水を差すのもはばかられる。
「なるほどな」
前夜祭と称して賑やかにやっているとは、確かに昨日報告を受けた。まさかここまでとは予想していなかったが、こういう賑やかさは悪くない。
治安と秩序さえ守ってくれるなら、好きに楽しめばいいだろう。
「国内外から集まった民は、みな、陛下と王妃様のむつまじさをお祝い申し上げております」
側近の言葉の真偽はともかく、「喜ばしいな」と応えておく。
ただ単に、歌い踊り騒ぎたいだけのようにも見えるが、例えそうだとしても、しんと冷ややかに眺められるより、共に楽しむ方が断然いい。
何より、横に座るアイタージュが喜んでいる。
「みんな、楽しそう」
そわそわしながら、胸元でぎゅっと手を握って。
きれいな澄んだ瞳に平和な祭りの光景を映して、嬉しそうに眺めている。
音楽が一旦終わり、大きな歓声と拍手が起こった。すぐに次の音楽が流れ、舞姫たちが踊り出す。
オレとアイタージュが玉座から立ち上がると、ひと際大きな歓声が上がった。マントをばさりと脱ぎ落とし、侍従がうやうやしく捧げた宝剣を2本、掴み取る。
今日の為にあつらえさせた、刃先をつぶした儀式用の剣だ。
剣舞には本来、木でできた小道具を使うらしいが、敢えて鉄剣でとアイタージュが望んだ。
「セレム様は、『くろがね王』と尊称される方ですから」
誇らしげに頬を染めてそう言われれば、可愛いワガママの1つや2つ、叶えるのは造作もない。
「アイタージュ、準備はいいか」
小さい方の宝剣を投げ渡すと、彼はそれを見事に両手で受け止めた。
「はい!」
自信に満ちた顔。
2人して同時に月を見上げ、またお互いに視線を戻す。
民衆の歓声も聞こえない。
今、オレの目に映るのは最愛の王妃だけで。王妃の目に映るのもまた、オレだけなのが嬉しかった。
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