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虚風
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「………ん…」
ぱちりと目が覚め、体を起こす
「わっ」
体を起こした瞬間、目の前に何かが落ちた
見れば、ひんやりとしたタオルで。僕のおでこから落ちたものだと分かった
「こ、う…?」
ベッドに座ったまま、呼んでみるが返事はない
部屋の中はしんと静まり返っていた
ベッドから降りると、頼りない足でゆっくりと寝室を出る
浩、いないのかな
ふと、机の上に目が止まった
壱へ
仕事に行ってくる
点滴したけど一応、安静にしてろ
すぐ帰る
あと飲めそうだったら飲んどけ
浩
置き手紙には達筆な字が並べられていた
時計を見ると23時。まだ日はかわっていない。置き手紙と一緒に添えられていた生姜湯を温め直している間に、明後日の授業で出さなければいけない宿題をまだしていないことを思い出した。浩の帰りを待つ間にやってしまおうと、僕は自分の鞄から鍵を出した
ガチャ
久々に入る僕の部屋
浩の部屋とは隣で、構造も全く同じなのに、全然違う場所に来たような不思議な気分だった
「殺風景…」
自身のパソコンを取り、浩の部屋に戻ろうとした時、電話機に留守電が入っている事に気づいた
「えっ……」
表示されている件数を見て、呆然とする
99件、おそらくそれ以上かもしれない、99以上の数字が表示できていないだけかもしれない
壱が浩と同棲を始めてまだ2週間ほどだ、今まで宅電に電話がかかってきたことすらほとんどないのに、留守電がこんなにも入ることがあるのだろうか
チカチカと点滅しているボタンを押すと、機会音が聞こえ、やがて1番古い日のメッセージが聞こえてきた
『もしもし壱くん、急に身売り辞めるっていうから驚いた。電話しても繋がらないし、訪ねてもずっと留守みたいだし、なんかあった?また連絡して』
「内田さん…」
身売りの客の1人だ
他の客に比べるととても紳士で、客の中で1番尽くしてくれた人だ
続いてメッセージは2件目を再生した
『もしもし壱くん、留守電聞いてくれたかな?心配です、早く連絡下さい』
ずっと内田さんは僕からの連絡を待っていたのだろうか
そう罪悪感に襲われた僕はどんどんと恐怖感に襲われる事になる
『壱くん、俺がどれだけ壱くんに尽くしてきたか分かってるよね?まさか逃げようと思ってるんじゃないよね?それとも恥ずかしがってるのかな?今だったらまだ許してあげるよ』
僕が浩と同棲をする少し前に、内田さんに何度かプロポーズされたことがあった
いたって真剣な内田さんを前に、断るつもりが断り方をあぐねて、ちゃんと返事をしていなかった
考える暇もなく、メッセージは次々と再生される
『早く連絡しろ』
先ほどとは全く違う低い声、僕は身震いした
『許さない…』
『かーずーくーん?いい加減にしな?』
『どうなっても知らないぞ』
次々と短いメッセージが再生されてゆく、ただ呆然と僕はそれらを聞いていたが最後の方のメッセージが再生された時には、おぼつかない足で必死に部屋からでた
やっとの思いで玄関にきても再生されっぱなしの留守電は嫌でも耳に入ってきた
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』
急いで浩の部屋に入る
勢いよくドアを閉め、震える手で鍵をかけた
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