アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
夏に煌めく天使の御羽と由緒
-
案ずるより産むがやすしとはよく言ったもので。
色々の心配は、意外とすんなり上手く行った。
千色が、中学生と気づく同級生は、この夏休みを迎える終業式の今日まで皆無で。
もちろん、千色の身体の異常を察するものも誰もいなかった。
優秀な服飾デザインと、あかねの苦心で、あれから少し成長してしまった胸囲も自然と隠せる上着を
脱ぐ夏は、麻のニットベストを上手に使って、その下に強力なパットを詰めて誤魔化せた。
私の固い意思に折れた祖父は、誘拐等のトラブル防止だけは頼むと、
専任の送迎用の使用人と車を押しつけて来たが、その人選を家の優秀な二人に任せたら、
なんと、定年間近な、陽気で歌とお喋りが大好きなおばちゃんドライバーがやって来た。
ちょうど、遠藤と年頃も近くて、気も合うようで。
若い頃に、妊娠中毒症で、嫁も生まれて来る筈の子も同時に失った傷を抱えていて、
昔、母に何度も見合いを進められていた姿を思い出した。
小百合とあかねは、上手く行くといいねと囁き合っている。
「新・・・っ、くん。もう、お迎えが来ています、参りましょう?」
こらこら。せっかく「様」抜きで呼べたのに、その言葉遣いは仲良しの同級生には見えないぞ?
まあ、周囲も、仲良しの主従関係だとわかってしまっているから、無駄な努力なのだが。
でも、家では、こんなに砕けた呼び方をされないから、つい、嬉しくて、そのまま頑張らせている。
「千色くん。ありがとう。じゃあ、帰ろうね。皆さん、ごきげんよう」
私はちょうど、級友と新学期明けのクラス委員選出の話をしていた。
そこへ、迎えの車が来たことを伝えに、千色が戻って来たのだった。
私を推す声が多いから、何とか呑んで欲しいと頼まれても、私はあいにく多忙だ。
この一年は、何があっても、千色の側に居たいし、他の事に気を割く暇も余裕も更々無い。
「来年になれば、何でもするから、今年だけは勘弁して欲しい、ですか?また!」
私を追うように声がかかり、私達は振り返る。
生真面目な、眼鏡の現クラス委員長が声を荒げて私達を見ていた。
ふぅと溜息を吐く私の脇をすっと抜けて、千色が彼の元へ戻る。
「委員長。申し訳ございません。僕のせいなのです。どうか御容赦下さい」
「い、いや。何も、小川君のことは、その・・・、あ、頭を上げて下さい!!」
千色が腰を90度に折って丁重に詫びをすると、彼は赤面し狼狽える。
そう、これが目下のところ、私の最大の悩み。
千色はその美しさから、密かなアイドル扱いなのだ、この学園の。
以前の千色のように、その麗しい顔を隠させたりしなかったら、この人気。
だが、誰にも深く関わらず私の側から離れようとしないし、私も離さないし。
高嶺の花になってしまっているのに、自覚がない千色の素直な言動に周囲は泡を食う。
ほんの少しのふれ合いで、優しく微笑まれたり、可愛らしい声で話しかけられたりするだけで
舞い上がっている輩を、日々、横目で睨んで牽制している。
「千色くんが、身体が弱くて心配でってのは、委員長、わかってくれたって。
帰ろう?帰りに、買物にも寄らなくちゃいけないでしょう?」
さり気なさを装って、千色の隣に立ち手を取って。
仲をしっかり見せつけて、私は千色の腕を掴み、そっとエスコートしながら教室を去る。
「よ、良い、夏休みを!」
「ありがとう。委員長、貴方も」
千色に言いたかったんだろうが、私が透かさず答えて、彼の意を打ち消してやった。
そうだよ、私は千色の友好に関して、恐ろしく狭量なのだ。
誰からも、見せずに閉じ込めておきたいと思うほどに。
「お買物って?なにかお約束しましたか?」
車が横付けされてる正門へ向かう道すがら、学校外では並んで歩いてくれない千色と話す。
すぐ右隣で私を見上げながら話してくれる姿は健気で、夏の日差しの下、実にキラキラして見える。
「嘘だよ。くだらないヤキモチを焼いたんだ。ちぃが話す相手が、誰でもダメだな。
でも、来週から別荘に行くだろう?何か、あちらで過ごすのに必要なものを買いに行くのも悪くない」
「そうでしたね!久しぶりで、楽しみです」
「その前に、ちぃ、明日は、病院に行かなきゃね。阿川先生がお待ちだよ」
しゅんと今までの楽しげな笑顔が曇る。
最近は、私も一緒に行くのに、一人で診察を受け、説明を聞いてくるようになってしまった。
その後で、私にも留意して欲しいことがあると、阿川医師が別に電話なりメールで連絡をくれる。
阿川医師曰く、「自分の身体のことが恥ずかしいみたいなの。もう少し、待ってあげなさい」と。
毎月の定期検診。千色は「僕はモルモットになった気がしてしまうんです」と心身ともに疲れて言う。
今月からは、周期も大凡わかったからと低用量ピルが処方されるらしい。
生理痛も軽くなるし、生理自体、いつ来るかをある程度管理できるようになる。
ホルモンバランスを毎回採血等で測って、その比率で、ホルモン剤をどうするか今後の相談をしたい、
暑さに弱い私達は、酷暑を予想される今年の夏を、高原の別荘で過ごすことにしているから、
すぐに診察を受けられない以上、明日の検診は一日がかりを覚悟してくるように言われている。
「ちぃ。決まり!じゃあ、本をいっぱい買って帰ろう。お前の好きなの好きなだけ、ね?」
「・・・・・・1冊だけでいいです。新さまが読み終えたものをお貸し下さるでしょう?」
元気を出して欲しくて、大手の本屋に寄ることを提案して、手を引いた。
はにかんだ笑顔で、本当に、いつも文庫本を1冊しか欲しがろうとしない、千色を連れて
見えて来た、私の家の車に駈け出した。
その1冊を悩んで吟味するその脇で、手に取ったものを必ず後程購入していることを
私達は互いに知りながら、指摘しないのだ。
私達の選書センスも、どんどん似て来ているからだと、お互いに思うことにしているから。
「あらまあ、お元気ですねえ」
まるで小学生の子供達の様に、はしゃいで息を切らし、車の前に立つ私達に
運転手の彼女は、保育士並みの笑顔を浮かべて、ドアを開け、私達を席へ誘う。
「「いつもの本屋さんに寄って下さい」」
席に座るなり、声が揃って。嬉しくなって見詰め合う私達は、やっぱり、幸せなのだ。
きっと、大量の本を手に、車を降りる時、出迎えの3人に呆れられ
小百合などからは、堂々と「こんなのを大量に買うなら、ちぃに新しい服を買ってやれ!」と小言を貰うが。
◇◇◇◇◇
千色を先に休ませ、私は、内線で遠藤を呼ぶ。待っていた彼は、ものの数分で部屋を訪れる。
「どうだった?」
「ダメでした。やはりお会いしたくないとお返事が」
今回の別荘行きの目的は避暑だけではなかった。
やっと、千色の居た孤児院の神父が見つかった。
私は、千色に隠して、孤児院を照会し、現院長に話を聞いた。
かの神父は、千色が私の所に引き取られてすぐ、体調を崩し、職を辞していたのだ。
行先はわからないが、どこかの修道院で介護を受けながら、
体調のいい時は神に仕える仕事をして過ごしていると聞いていると現院長は言っていた。
探偵を雇って、その後の彼の足取りを探し、先月、彼のいる修道院が
偶々、私の所有する別荘地の近くにあることが分かった。
その探偵との連絡は、遠藤に任せていて、探偵を通して、私に会ってくれないか内示をしていた。
「そうか、じゃあ偶然の観光を装って、千色ごとぶつかるしかないな」
それは避けたかったが、仕方がない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
29 / 41