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無言で、私と千色を招き入れられ。
部外者の遠藤は、外させ、外で待機させた。
そこに大勢の入れるスペースはなかった。
多分、2畳あるかないかの狭小な小屋。剥き出しのベニヤ板の壁、床は土間。
そこに古びた硬そうな小さな寝台と傾いたテーブル。壁板に打ち付けられた作り棚。
作り棚の上には十字架と聖書らしきものが置かれ、テーブルにはカンテラ。
寝台の上には、ごわごわの薄い毛布と固そうな木製の枕。
ここには、それしかなかった。
入口の木戸以外の窓は、同じ木製の突き出し窓しかないようで
その窓を開けてくれるまで、中は鬱蒼とした闇の中で
それを引きあけても、大しては明るくならなかった。
「電気は引いておらず、カンテラは規則で夜しか使えませんので、お許し下さい」
神父は囁くような声で、私達に詫びた。
「少し、酷過ぎる住環境に思えるのですが、お身体の具合が悪いとうかがっています。
こんな場所では、お辛いのではありませんか?」
「いいえ。雨風凌げる住まいを与えていただけるだけでも、ありがたいです。
死病に取りつかれております故、自分で、動けるうちは、こちらで暮らして行くつもりです」
私の目には劣悪に映る環境も、神を信じる彼には別に見えるのかもしれない。
千色は声もなく、さっきから、はらはらと涙を流している。
「ひどく、お窶れになった」と呟いた声が、私には聞こえた。
「和人くん、ああ、今は違うお名前になったのですね。千色くん、どうか泣かないで下さい。
相変わらず、優しい子ですね。咎人を甘やかしてはなりませんよ」
「少ししんどいので失礼して」と、ベッドに座り、私達にも隣を勧めてくれる。
「おいくつになられましたか?」
「彼は15歳です。5月が誕生日ですから」
「そうですか、あっという間に大きくなられますね。お幸せそうで何よりです」
「私が、あなたを探していた理由は、ご存知ですね?」
「わかっているつもりです。千色くんの生い立ちについてですね。
ということは、彼に、お母様の恐れていたことが起きてしまったのでしょうか?」
知っているのだ、やはり、この人は。
「千色くんは聞きたいですか?あなたのお母様と私とある医師の過ちの話を。
神と貴方だけが、聞く権利をお持ちです。どうでしょう。
もしかしたらお辛い気持ちにさせてしまうでしょうけれども」
神父服のポケットから真っ白いハンカチを差し出して、彼は、千色にのみ、問いかけた。
「あなたがワタシの元を訪れたのならば、選んでもらって、ワタシはその意思に従わなければなりません。
そう、神が導かれているのでしょうから」
泣きぬれた目を、私に投げて、千色は問う。
どうすればいいのかと。
私は、ここにお前を連れて来るしかなかった。
誰にも、語るつもりはないと、断られ続けていたから。
彼はお前にしか理由を話さないと言うのだ。
「ちぃが、したいように、しなさい。私の意思は論外のようだよ」
本当は、知りたくて仕方がない。
でも、これは、きっと、悲しい辛い、話だ。
生命を歪めることまでした、親と周囲の話なのだから。
「・・・・・・神父さまの、お心は、どちらを望まれますか?」
戸惑いの末、おずおずと、千色は、そう言葉を紡ぐ。
千色は、やっぱり、天使だった。
私と神父は、その清らかな御魂の前に、首を垂れるしかなかったのだ。
瞬時、一条の光が差し込み、千色のみを照らす。その顔を穏やな微笑を。
その息を吞むような光景に、神父が、神の名を、呟いた。
◇◇◇
穏やかに、告解は始まった。
天使に告げる、聖なる告白を、神父は穏やかな笑みで繰る。
「お母様の貴方くらいの年頃のお話から、始めなくてはなりません」
「お母さんが、僕くらいの頃のお話?」
私は、傾いだテーブルよろしく、この部屋の無言のオプションだ。
「はい。お母様にはお兄様がいました。二つ上の。
お兄様は、人と体の作りが生まれつき違いました。
男の子の身体に女の子の器官が備わっていたのです。
お母様の家は、人より少し裕福で、落ち着いた家庭だったので、
お兄様のご意思通り、問題なく男の子として、お母様と共に成長していました」
私は、ぎょっとして、その話に聞き入る。
阿川医師が仰ったとおりだ。
千色の身内に、こんな近い症状が出ているかどうか知らないかと聞かれた。
遺伝的な要素がある、との説が、この症例には報告があるそうだ。
「ただ、お兄様は事あるごと、外見的に違うことを、級友達に囃されて
度重なるイジメにあっていたようで。貴方ぐらいの頃に、心無い一部の者に、慰み者にされてしまった。
身体のことが知れてイジメに合えば、転校や転居を繰り返していたそうなのですが
間に合わず、大勢で、彼を、その、穢した。穢しただけでは飽き足らず、写真に納め、晒した。
お兄様は、嘆いて、森で一人、首を吊って亡くなってしまいました。
彼が亡くなって、ショックで貴方のお祖母様に当たる方ははおかしくなってしまって後を追われ。
お祖父様は、会社を畳み、その全ての私財を賭けて、学校と生徒達を訴えました。
しかし、生徒達は、お兄様に誘惑されたとあらぬ証拠を申し出て。
数年にわたる裁判と個人情報を攻撃し合うことに疲れ、お祖父様も件着がつかぬまま亡くなってしまって。
そんな騒動をしていた家族は、地元で有名で。そんな街に一人残されて。
お母様は高校を卒業すると同時に、逃げるようにその街を離れたのだそうです」
「お母様は都会の片隅で、ひっそりと一人で暮らしていました。
そんな中、会社の優しくしてくれる上司の人と、恋に落ちました。
しかし、その方には、すでにご家庭があって、お母様は後で知ったのですが、
身籠ってしまい、その方に、告げれず、その方のいる会社を辞めてしまい、
その方の耳に噂が届かぬ程、遠い街へ、また居を移しました。
お母様はコツコツ貯めた預金を使って、貴方を一人で産んで育てて行こうと決めました。
その懺悔をしに敬虔なクリスチャンでおられたお母様がいらした教会で、私は奉職していました」
一息に、長い話をする神父は、咳き込む。
傍らでずっと、はらはらと泣いて話を聞く千色が、その背を優しく撫でている。
聞けば聞くほど酷い話だ。
どうして、そんな風になってしまわなければならなかったのか。
誰も、なんにも悪いことをしていないのに。
「町の小さな産院でした。老いた女性の産婆とその息子の二人で切盛りする。
息子は私の友人でもありましたし、格安で、出産をさせてくれることになりました。
穏やかな、日々が、過ぎました。初めは独りで育てていく不安でお母様は押し潰されそうでしたが
日々、祈り、産み月ギリギリまで働かせてくれる地元の職場を得て。
大きなお腹をしている小さな美人のお母様は、
町の若い男達に「その子ごと貰ってやる!」なんて言う者が大勢いるくらいの人気者でしたよ。
貴方に良く似ておられました。少しはお母様の面差し、覚えておられましょうか?」
千色は、こくこくと頷く。小さい頃に死に別れてしまったようだけど、大切に覚えているのだろう。
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