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「チシキさん、目線はこちらにお願いします」
「今度は、こちらに。少し睨んで下さい」
「次は、向こうのダクトの辺りに。唇を突き出して下さい」
閃光が幾度も空間を裂き、シャッター音が忙しなくそれを追う。
「はい、OK です。お疲れさまでした~」
カメラマンの声に、ふんわり微笑む佳人。
ペコリと会釈して、セットの中から立ち上がり、シフォンのドレスを翻して、駆け出した。
「お待たせ致しました。参りましょうか?」
私の腕に、細い腕を絡ませて、背伸びをする。
軽く唇を合わせた。
デコルテラインも露出した、白いナイトドレス姿が眩しくて、つい、からかってみたくなる。
「ウェディングドレスのようだね」
「新さまが普通のスーツですもの、違います」
「そうだね、失敗した。次回は、白いタキシードで待っていなくてはならないね」
クスクス、私達は、見つめ合い笑い合う。
「僕も控え室に戻れば一緒ですから、次回も同じでいいですよ?あかねさんのコーディネートの衣装も変わりますでしょう?」
「違いない。さて、では、さっさと優秀な秘書に戻ってもらおうかな。まだ仕事が残っていたらしいよ、二人で創作割烹小百合に、食事にでも行こうかと思っていたのにね」
スタジオ奥にある小部屋に着いて、ドアを開ければ、ハンガーに掛かっているのは、グレーの在り来たりなスーツ一式。
大鏡の前で手早くメイクを落とし、ウィッグを外すと、現れる中性的な美貌。
私は次々に一見普通でも中は某女性のみの劇団の男役並みな細工の施された衣服を手渡し、佳人を美青年に変えて行く作業を手伝う。
「タイは私がしめてあげる」
「大丈夫ですか?お出来になられますか?」
「練習せねば上手くなるまい?」
「ですね。では、お願いします」
少し縒れた仕上がりだが、及第点を貰えた。
この時間ならば、社員も残り少ないだろうし、見るのも私だけだ。
「社長、では、社に戻りましょうか」
「車から降りるまでは、良いだろう?」
スッと手を伸ばせば、私の右手を、薬指に銀色のリングの光る華奢な掌が包む。
「お家まで我慢なさらないのですか?」
「さっきのお前があまりにも美しくて、捕まえておかないと不安なのだよ」
控え室を出る前に、もう一度したくて。
そっと目を閉じてみる。
察してくれた彼に戻った麗人の唇が触れて、また、私達はキスをする。
「新さまが、お命じになられてるのに。広告費の節約だって仰有って」
「確かに、社には、さぞ、高額なモデルだと思われているだろう。実は、秘書の報酬の一部で賄われているんだがね」
「はい、特別手当てで5割増しの時給計算です」
ふふふと、彼は悪戯な微笑をした。
我社の広告塔、謎多き、モデルのチシキは、我社のみの専属契約でメディア露出している。
その正体は、私の敏腕私設秘書、小川千色だ。
私は、今年、20代で会社社長に就任した。
そんな未熟な私を一番近くで千色は常に支えてくれている。
私の高校卒業を待って二人で渡欧し、他人よりも早く経営学を修め。
そのまま関連会社で二人で働いていて、祖父他界後、帰国し、今に至る。
チシキの広告は、そのミステリアスな美貌で話題になり、我社の業績に大きく貢献している。
社の広報には、たくさん寄せられる出演依頼が、私の知人もしくは関係者だとしか知られていない為、その問い合わせは最終的に私に回ってくる。勿論、全てキャンセルをしている。
専属のスタイリストは、あかね。チシキの魅力を最大限に引き出せるのは折り紙つきだ。
そして、その打ち上げは、小百合がこの春にオープンした小さな創作料理店を貸し切って身内で行う。
あいかわらず、私以外はアルコールに弱く、殆ど素面なのに異様に盛り上がるのだ。
そうだ、今宵は行けないので、後日にセッティングし直す様に頼んでおこう、執事となった遠藤に。
と、まあ。私達の未来の話はこの辺にして。
時をまた、戻そう。翌年の3月まで。
中等部は、突然現れ、卒業式に参列した類稀な美貌に騒然としている。
クラスメイトも浮き足立っている。
父兄として私も参列し、スーツ姿でその騒動を面白がって私は眺めていた。
教室後ろの保護者達をも、視線を釘づけにして。皆、我が子の雄姿などどうでもいいようだ。
担任の贈る言葉は生徒達だけにとの希望で、我々関係者は校舎外で待機。
終了のチャイムの余韻を楽しむ間もなく、桜の花吹雪の中、今日の、春先なのに台風の目だった彼、
私の千色が、全速力で駆けて、校舎を飛び出してくる。
手には卒業証書。
更なるそれを、しばらくは持たせてやれないが、本当に嬉しそうに小脇に抱えている。
また、少し窮屈になった制服の前釦は全開。
もう、いいのだ、バレたとしても。本来の千色に戻っていいのだから。
私は両手を広げて、彼のゴール地点になるべく、待っている。
「お待たせいたしました!帰りましょう!」
「そうだね、卒業祝いが家で待っている。とても立派だったよ」
ぎゅっと抱き締め合う私達を、周囲はぎょっとして注目しているのがわかるけれど。
この感動をこう表現しなければ、私が、ここに居る意味などないのだ。
体重の軽い千色を抱き上げて、くるくると回って見せると、くすくすと実に愉快そうに千色が笑う。
そっと地面に足をつけてあげれば、手を繋いで迎えの車に向かう。
「皆、ひどく驚いていたね、大丈夫だったかい?」
「僕は、新さまだけに見えていればいいので、気になりません」
私は、同列であってはならないのだが、どうしても、同じ意見になってしまう。
「惚れた弱みかな」 と、独りごちれば、千色は照れて嬉しそうに、ハイ と答えてくれる。
「ね、私の卒業式には、ちぃが父兄で来てくれるかい?」
「よ、よろしいのですか?僕なんかで」
「うん。とびっきりお洒落して、今日みたいに、皆の度肝を抜いてくれ」
煌めく光が、千色の笑顔を更に輝かしく見せて、私の目を奪う。
「はい、喜んで。うふふ、また一つ二人のお約束が増えましたね。・・・・・・あ」
「どうかした?」
「どちらの服装で参りましょうか?」
千色は、昨日、阿川医師に「自分はどちらの性も選ばないつもりだ」と宣言した。
阿川医師も、その方向で、ずっとサポートしていくと約束してくれた。
では、私も、千色に約束をあげようね。
「ちぃ、千色のお気に召すままに、選ぶといい。
卒業式の服装も、これからの君の人生も、全部ね。
私、井水新は、持てる力の全力で、千色を支えていくことを、約束します」
卒業式でなんの痛痒も見せずに、ただただ余所行きの笑顔だった彼が
感涙して私の首に縋りつく。
今、このタイミングで用意していたんだが、渡しそびれてしまいそうだ。
胸ポケットに忍ばせた、エメラルド入りのエンゲージリングを。
お前の羽根かと見紛う花舞うこの一番の舞台は、最高の演出をしてくれているのだけれど。
FIN
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