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”5” 王子と眠り猫 ‐9
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「健ぼっちゃんの、按配はどうなんですかい?しぇんしぇは教えてくれんのだよ
詳しゅう知りたいとが。静さんの代わりにぼっちゃんを見守る約束してるんだちゅうに」
親父には、恩を感じている。
俺があのまま堕ちなかったのは、親父の苦言のおかげだと思う。
内心、気が付いてたことを、指摘してくれて。
俺が引っ込みがつかなくなってたってのが・・・わかった。
親父が健を孫のように愛してくれてる老人達に、言えない酷な一言。
「いつ目覚めるかなんて、わからない」ってこと。
俺も、やっぱり言えない。
曖昧に笑んで誤魔化すことしか出来なかった。
何よりも誰よりも、俺が
いつまでも目覚めない健に、参ってて折れそうになってる。
辰三さんは、何にもそれ以上追及せずに、また、明日来てくれるって言って帰ってった。
翌日も、全ての工程が終わるまで助けてくれて。
夕刻、留守の間の家の管理を、お願いする為に、合鍵を渡すとき。
1ℓペットボトルを両手に下げて持たせてくれた。
「健ぼっちゃんに、これで水を飲ませてやるとええよ。
中舟生のぼっちゃんは出きんろうが、静さんは毎朝、この水でお茶をたてたり
沸かした湯にしてうんまいお茶を入れたりしての、お目覚に飲ませてやっとったんよ。
ほれ、健ぼっちゃんは、ちぃっと、朝はねぼすけじゃからな」
早朝から中庭で、何かしてたのは知ってた。
「元日に汲むなら、若水って言うんじゃがな。
そうでなくとも、朝一番の水には、水神の力が宿るんじゃ。
静さんもいっつもそう言って、健ぼっちゃんに差し上げてたんじゃ。
年寄りに馬鹿にされたと思ってやってみてな」
こんなところで、泣くわけにはいかないと思うのに。
俺は嗚咽を堪える震える声で、礼を言い。暫く、車の中で泣いてから。
もう、神様しか住んでいない、佐倉家を後にした。
◇◇◇◇◇
その夜は発時間の遅れと、高速の行楽ラッシュに巻き込まれ。
深夜になるから、健に会いに行くのは諦めた。
でも、明日からでも、直接飲ませることは出来ないけれど、
唇を湿らしてやるのには、佐倉家の湧き水を使ってやりたくて。
百哉に、無理を言い、百哉の住まいを訊いて、届けた。
何故か、百哉は賃貸の小さなアパートに独りで住んでいた。
かなり、深夜だったから、渡すだけにして、去る。
何だか、恭介の実家を追い出され、初めに住まわされた、ボロアパートみたいに見えて。
また、恭介と重ねる自分を・・・本当に弱いと、思った。
翌日、5月の初日。
世話になった菓子折り土産を、看護婦達に持って行きつつ、夕暮れと競うように
急いで、4日振りに会う、健の見舞いに、柳心療内科へ駆け込んだ。
先にナースステーションに寄ったら、百哉はおらず。
年配の看護婦に、土産の柚餅子の詰め合わせを渡した。
百哉の所在地を訊いたらわからないと言われ、健の病室へ向かうことにする。
近付くにつれ、聞き覚えのある二つの声が、荒々しく漏れ聞こえてくる。
声のする元は・・・健の病室だ。
あの声は、百哉と、俺と同じ医学部で同学年の柳の癇に障る高い声だ。
柳が主に、叫んでいて、百哉が諌めて、諌め切れず、声を大きくしているように聞こえる。
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