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”5” 王子と眠り猫 ‐10
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盗み聞こうとか、そんな気はさらさらないが入りにくくて。
閉まったドアの前で、立ち聞きしてしまう。
「お前はさ、ボクが病院戻る前に、潰したいわけ?一番いい部屋、格安料金で。
いつベッド、空けられるかもわかんない病人を入れて。
こんなのの為に、夜勤のシフト組まなきゃなんないし、大損だよ!」
「もう少し、静かに。それに前から、お爺ちゃんやお婆ちゃんも少しいるから夜勤はいたじゃない。
大変だろうって一人増やそうって思ってて」
「爺婆と違うだろ!診療点数だって一般扱いで低いし!賄えるだけ貰えてないだろう!
精神科なんてボクが来たらすぐに止めるんだ、コイツの分で大赤字どころじゃないぞ!」
「だって、京哉の一緒に学んでた仲間じゃないか・・・お気の毒だろう・・・」
扉越しでも聞こえるほどに深い溜息の後、バチーンと痛そうな音がして、何かがぶつかって、
バラバラとぶちまける音と呻き声がする。
俺は、嫌な予感に揺り起こされ、扉を勢いよく開けた。
医療用カートを倒し、ぶちまけた器具の中に、百哉は倒れていて。
肩を怒らせ、なおも、腕を振り上げんとする、柳がいた。
俺が腕を取り押さえれば、容赦なく、倒れてる百哉の腹を蹴る。
起き上がりかけてた百哉は、それが鳩尾に入ったようで、また床に崩れた。
「止めろよ!柳!!」
「五月蝿いよ、触るな! みっともないな、お前。こんな疫病神選んだからだ、ザマア見ろ。
来月には必ず追い出すからな、次の病院探しとけよな!」
カッと頭に血が上る。
一発、殴ってやりたくて、俺の腕を振り払って出て行こうとする、柳の肩を掴んだ。
「殴ったら、明日までに、退院してもらうけど?」
振り上げた俺の拳を、まったく動じずに見返す柳。
すごい瞬発力で、俺と柳を割って入り、代わりに殴られる百哉。
柳は、表情になんの痛痒も浮かべず、吹っ飛ぶ百哉を一瞥する。
「まあ、そいつは殴ってもノーカンにしてやるよ。マゾビッチは大好物だから感謝されるかも」
クスクス、愉快そうに嗤って、柳は出て行った。
健の眠るベットにぶつかった百哉は口元が切れて血を流してるのに、健を恐々覗き込む。
「よかった、今は眠っててくれて。こんなにうるさくして。こんなことで起こされたら嫌だもんね」
ずれたベットを直したりや点滴のチェックやをして、処置が済むなり、床へへたりと座り込む。
百哉は静かに泣いていた。
泣きながら、カートを引き寄せ、手回り品を集めだす。
片づけを手伝って、いや、顔が両頬とコメカミ辺りまで腫れたり傷になったりしてるから
それを応急処置してやろうと、散らばった器具から使えそうなのを拾う。
「爽くんはもう、いい。今日は帰って。健くんの様子はちゃんとメールする」
頬に伸ばした手を、やんわり払われた。
搾り出すような小さな声で、「帰って」と、繰り返された。
それでも躊躇する俺に、百哉は「お願いだから」とまで言い。
いたたまれず、健の様子をちらりと横目で眺めやってから、背を向ける。
帰る背に、百哉は、鼻を盛大に啜って、無理矢理、笑い声を作った。
「しばらく、茨の古城には立ち入り禁止ね!爽くんも、休んでおいで、ゴールデンウィークなんだから」
・・・・・・俺は、自分が信じられないことに
振り返り、百哉を掻き抱いていた。
泣きじゃくる百哉に、キスがしたくて、仕方なくて。
やけにしょっぱいキス。
こみ上げてる感情の名を、俺は、どう表せばいいのか、わからないのに。
腕の力を弱めたいとは、思えなかった。
◇◇◇◇◇
電車の通る振動で、硝子がガタガタと共振する音に目が覚める。
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