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”7” 目覚めよ、王子の猫 ‐2
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俺が、俯けてた顔を上げ、鷲尾医師と向かい合う。
鷲尾医師は、俺の目に、決意の光を見て、深い息を吐く。
「佐藤君に、今は、見てもらっています。状況が分かりました。
やはり、健くんは、目覚めているようです。重度の心因性乖離性、過眠症でしょう。
つまり、起きていることが、辛いから、眠ってしまうって言うことです、わかりますね?」
俺は小さく、肯定の声を上げる。
「彼は、その上、声を失っています」
「え?話せないんですか?首の傷は、塞がったし、痕も残らないと・・・」
「喉が傷ついたとかではないです。これも、心因性のものではないかと考えます。
必死に、話そうとするのですが、声は出せません。呻くこともできませんでした。
従って、問診を、タブレットで試みましたところ、彼は、タブレットを知りませんでした」
は?って顔をしてしまったんだろう俺を、鷲尾医師が頷いて、続ける。
「君達は、最近、授業でもみんな使っているから、慣れているよね。スマホだって当たり前の世代だ。
なのにね、彼は、使い方が分からなくて、柳くんが入力を手伝ってくれました。彼、読話できますから。
名前は、丹羽健、歳は15歳。今は、6年前の11月終わりか12月初めだと答えてくれました」
俺は、言葉を、瞬間、失った。
「健くんは、中学の性的乱暴を受けた直ぐ後に、記憶が戻ってしまっています。
事実、私や佐藤君に怯えましたし、柳くんにも、震えます。途中で、柳くんが唇を読まずとも
タブレットで会話が出来るようになったので、男性は私のみにしてもらい、女性の看護婦だけに
して、彼が疲れて眠りたがるまで、話を続けました。ひたすら、お祖母ちゃんに来てもらってくれと
訴えられましたが・・・・・・どうしていけばいいか、相談したいです、ご家族の方と」
畳み掛けるように、言葉は続き。
健の記憶は、一番、辛い時まで戻ってしまっていたと恐ろしい事実を鷲尾医師は痛ましげに告げた。
◇◇◇
あの後、丹羽さんが呼ばれ。
鷲尾医師の話を、俺は始終呆然とし、丹羽さんは取り乱して慟哭して、聞き。
相談にならなくて、夏さんが呼ばれ、相談会は先送りになり、丹羽家へ帰宅させられて。
その夜遅くに、親父が丹羽家にやって来た。
「鷲尾に聞いている、大変なことになったな。丹羽さんもお気をお落しになりませんように」
リビングに案内され、夏さんに、お茶を出され。
ちょっと眉を顰めて、ちらりと夏さんを見やった。
なんとなく、俺は視線の意味を知る。
きっと、値踏みをしているんだ、この人が、健の介護をやれるかどうかを。
で、即座に答えを出した。無理だろうなと。
「鷲尾の推論と私の考えだが、刺された時の状況から、
健くんは、映像を見せられて、過去の記憶を無理やり引き出されてしまい。
刺された時には記憶の混濁で意識がなかったのじゃないかと思います。
爽、思い出して欲しいが、刺された時に、彼は意識があったか?」
俺も、泡を食ってはいたが、覚えている、健が気を失ってたことは。
出血性のショック症状かと思ってたけど。
「全くありませんでした。呼びかけましたが」
「だとすると、今後も、問診を続けないと、彼の記憶がどこに繋がっていて、
どれだけ覚えているかを聞き出してみないと、迂闊には動けないな。
丹羽さん、彼の中学の時の事件後、退院してからは、健くんはどうすごしてましたか?」
やっと、少し落ち着いた丹羽さんは、夏さんに手を繋がれながらぽつぽつと
彼曰く、地獄の日々だった、健の療養生活を話し出した。
ああ、やっぱり、全て、静さんありきな、生活なんだって、頭痛がする。
丹羽さんの話した内容は、俺が、静さんに聞いていたように、
外に出たがらない健を無理やり通院の為のタクシーに押し込み、
病院から治療して帰れば、呆然としているか、自殺未遂をする。
治療を諦め小休止し、部屋に引き籠ることを許されるようになった健は、
その頃には完成していた丹羽家の家には引っ越さずに。
自分は役立たずで、死にたいと、物を食べなくなり、拒食症になってしまった。
それを、静さんと芙柚の交代で行った、献身的な看病でなんとか、拒食だけは改善し。
そこまで話した、丹羽さんが、目を輝かせる。
「そうだ、そうだよ!芙柚くん!!彼は、健くんに信頼されていると思うよ」
俺に、視線を寄越し、親父が訊く。どうなんだって。
俺は、首を振る。
やっぱりな、って、息を吐く親父。
「鷲尾が、フユってのは人か?って聞いて来たんです。それは、健くんの義兄の方だったんですね」
「はい、家の、私の3番目の子です。考えてみれば、一番仲良しだったわ!」
「健くんは、タブレットの前に、フユは嫌って言ったんですって。何度も」
俺は、回らない頭を酷使して、健の気持ちになってみる。
健は、恋人だった芙柚と、輪姦された後、会いたいだろうかって考える。
自ずと答えは出る、どんな精神状態の奴だって、ノーだ。
前に吾樹に聞いたこと。
健は中3のコンクールの後、最後の一線を越えるつもりだったんだって、恋人と。
いったいどの面下げて。大勢に汚された自分が会いたいなんて望んじゃいけないって
・・・・・・きっと、そう、思うだろう。
丹羽家に来る車の中、夏さんが、芙柚はこんなに大変なことになっているのに
全く、知らんぷりで連絡も寄越さないと、御冠だったけれど。
俺は、知ってる。芙柚は、会いに来られないんだと。
会いに来たくて仕方ないのに、会う権利なんか自分にないと思っている。
俺だって、言えない。
あんたが自分を盛大に責めただろうあの中学の事件の後に記憶が戻ったみたいです
だから、看病に来て、話しかけてみて下さい、だなんて、無神経なこと。
刺された健への原因感情が溢れ出したのは、俺のつけたキスマで。
健が強姦される程に周囲に憎まれたのは、恋人の芙柚の存在と、
その前日に、多分、芙柚が健につけたキスマだ。
どっちも、健の交際相手が我儘でつけた痕跡を見た狂人が起こした、こと。
「俺も、芙柚を呼ぶのは、リスキーだと思います。死にたがるようになるかもしれません」
察した親父は頷き、察せない丹羽家の二人は不思議がった。
親達は知らないんだそうだ、二人が恋仲だったってこと。
「そして、爽。お前も、しばらくは顔を出すな。方向性を決めよう。
もう少し、鷲尾に問診をしてもらって、本人が現在を知りたがる前に、
佐倉さんの死だけは、納得してもらわなくてはならない。
そして、健くんを、今後、誰が、引き受けていくのがいいのかを判じなくてはならない」
「も、勿論、私が、私達、丹羽の家族が見ますよ!」
「丹羽さんは、中学生のころの健くんに、信頼されていましたか?」
親父は、俺が丹羽さんと「信頼関係の件」を、話したことを知ってる。
治療方針を相談するニュースソースとして、俺に事前に訊いて来てたから。
親父の一声は、丹羽さんを黙らせた。
中学生の健が、再婚をする父を、正直な所、許せていたかどうかなんて
きっと、誰も、推理することなんか出来ないんだ。
丹羽家の、この新しい家は、中学生の健にとって、初めて来る家で。
丹羽さんが居なければ、独りぼっちで。
で、その、丹羽さんもまた、健にとって、ストレス要因になりうる存在だってこと。
記憶を失ったまま、やっと、健は努力して、いろんな関係を再構築して
丹羽家の皆を受け入れられたのに。
気を許せる友人も出来たのに。
思い上がりかも知れないけれど、俺という、生涯を誓い合った伴侶も持ったのに。
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