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”7” 目覚めよ、王子の猫 ‐4
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きっと、圭介に、考え方を変えてもらわなかったら、今頃、真っ暗な部屋で健の枕とか抱えて、
完全に引き籠って「死んでしまいたい」とか呟いちゃってると思う。
帰ったら、なかなか進まないことをやる。 で。 出来たら仕上げたい。
そう、否が応でも、仕上げなきゃならない。
帰り付いたら、部屋の前で圭介が段ボールを抱えて待っててくれた。
「お疲れ、飯食った?」
「まだだよん。なんか食いに行く?」
「ん~、外に出るのキツイかなあ、なんか頼もうぜ」
開錠し、中に引き入れ。 コイツ、合鍵持ってるくせに面倒だとか、心の中で毒づく。
圭介は俺を親父に依頼されて、監視してる。本人に打ち明けられたし、でも、友人のスタンスは守るつもりだって言ってくれてるから、そこは信じてる。
だから、合鍵だって、実は持ってると思うんだよね。
段ボールを床に置き、「オレ、ピザ、喰いたいで~す」って、俺の意見も聞かずに、
スマホでメニューを選び出す。勝手知ったる仲だから、チョイスを任せても別に支障はない、いつも。
俺は、手洗いや嗽の後、段ボールを組み立て出す。
あ、マジックもいるかな。
注文を終えた圭介が俺の脇に来て、俺の作業に倣った。
「部屋は、どこからやる?」
「・・・・・・飯、食ってからにしようか」
「ド阿呆!健くん退院しちゃうだろう!さっさとやる!少しずつでも始めるって言ってたの誰だ?」
圭介がいてくれなきゃ、心折れちゃうから、やってしまいたいんだけど。
「爽が、しんどいのは、解ってるつもりだ。でも、やんなきゃ。明日、オレに会ってくれるんだろ、健くん。
丹羽家に帰すっての、断ったのお前なんだからね?」
「ああ。だよな。悪いな。じゃあ、健の部屋から頼むよ」
「了解~!段ボールは二つで足りるかな、小分けボックスも要るな」
俺は、健を家に迎える準備を始めたんだ。
俺と健の同棲して、今は、結婚して一緒に暮らすマンション。
健は、あの事件の直ぐ後まで、完全に、記憶が戻ってしまってた。
つまり、俺と2年の春に出会った高校に通ってたことも、
付き合って色々な高校生時代を過ごしたことも、受験勉強したことも、
大学に一緒に通って、1年は丹羽さんに阻まれて同棲が出来なくて通い婚だったことも、
2年目の春の俺の誕生日を機に同棲したことも、夏にプロポーズしたことも、
初冬に結婚の意味で、佐倉家の養子縁組をしたことも・・・・・・全く覚えていない。
静さんの死も、もちろん覚えていなくて。
これだけは、何とかわかってもらわなきゃならなくて、鷲尾医師が言ってくれたんだけど。
中学のあの日の健は、何でか、すごく、あの朝の静さんとした口論を気にしていて、
自分のことが嫌いになってしまったから、死んだって言ってもらってるんだ、と思い、信じない。
仕方がないから、辰三さんに、親父が、悟られないように、葬儀の写真はないかと問い合わせたが、
佐倉家の神葬祭は映像に収めることを禁じられているから、存在していないらしい。
受け入れてくれるように、明日は、圭介とノダカナが、
ノダカナ妹とのテレビ電話まで駆使して、健に教えることになっている。
辰三さんに頼むには、彼は老いていて、きっと、今の健を見て耐えられないと思った。
それが、上手く行けば、何故、健は佐倉の姓になったのか。
実は、佐倉の姓になったのは、健だけじゃないんだってことを、話してもらう。
親父と圭介と、考えられずに詰まってしまう俺に、色々なアイディアを提供してくれ、
戸籍の事実上、俺達は兄弟ってことになるんだから、その線で、作ることにした。
鷲尾医師は反対している、また、同じことを繰り返すのかって。
本当のことを話して、どんなに本人がショックでも、少しずつ受け入れて行かせる方がいいって。
中学の自殺未遂を繰り返した健は、セオリー通りのトラウマの克服治療が合わなかったんだと俺は思う。
健はどうしても、逃避に、自分を殻に閉じ込める気性なんだ。
だから、ひたすら、自分のせいでは無いことまで、自分を追い詰める材料に使う。
その結果が、全ての放棄、つまり、記憶を喪失させるって思考回路になるんじゃないかって。
医学知識もせいぜい「家庭の医学」の書籍とか、今までの経験とか
そんなレベルの静さんが、孫が不憫でならなくて、したことが結果的に、健を前向きに導いた。
人の精神の世界なんて、医者が決めた治療法が全てじゃないよな、ってことは、さ。
なんて、医学生の俺が、本当は言っちゃいけないけれど。
だから、少しの嘘を、混ぜる。
俺と、無くしてしまった健の記憶には、大嘘になるけれど。
俺達は、静さんの、純粋に子供になりたかっただけの二人だったって。
だから、東京でも一緒に暮らしてて、当然だってことにする。
そうすると、恋人だから、伴侶だから、持ってるモノは、有ってはならないモノになる。
それを、俺は、健が思い出してくれるまでか、新たに恋愛関係を再構築するまでかまで
俺だけが分かる場所へ、纏めて、隠してしまわなければならない。
例えば、リビングの写真立て。
静さんとの3ショットはいいけれど、健と俺のタキシードを着て写ってるのはしまうもの。
例えば、キッチンのサイドボード。
普段使いの枚数のあるものはいいけれど、夫婦茶碗や夫婦箸の揃いの食器はしまうもの。
最大は、寝室のベット。
健の部屋には、健用のベットがない。
仮眠とかには必要じゃないかと尋ねれば、王子ルームのカウチが一番好きって
可愛いことをいつも言って、遠慮してくれるから、入れてなかった。
そう考えると健の部屋だって、全てにリスクがありそうに思えてくる。
健の部屋は、俺達が高校時代、密かに一緒に過ごしてた、
古い校舎の一室を借り入れていた部屋に持ち込んでた家具が殆どだ。
最悪は、部屋ごと封印も視野に入れなきゃならないかもしれない。
親父は、このマンションの部屋に戻るのは、難しいんじゃないかって言ってた。
モノにも、思い出はあるだろうって、言われ、
どんなきっかけで、記憶の鍵が開くかは、個々違い、未知数だと思うぞって。
でも、帰したくない、丹羽家には。
帰してしまったら、もう、俺の元に戻らないかもしれないって、不安しかない。
きっと、丹羽家に、戻ったとなれば、あの半端な親達は、すぐに健を持て余す。
持て余した結果、健が傷つくことだけが、一番、嫌だと思ってる芙柚が、出てくる。
これは、必ず、そうなると思うんだ。だって、アイツは、ずっと、まだ好きだから、健が。
無くした健の記憶に基づく、愛し合った日々を想い、悲嘆に沈む俺が、
圭介の「忘れちゃった記憶のことで、お前が苦しむようになるんじゃないかって意見したら
また惚れ直させてみせるって、前、自信たっぷりに言ってたろ?あれは嘘か?」って
珍しく真面目に語ってくれた時に、せっかく思い直せたのをふいにしてしまうことになる。
中学時代の恋人が、夢も仕事も擲って、支えに来てくれたら、
しかも、今も、想ってくれていると知ったのなら、ほだされてしまうだろう。
健の「会いたくない」って発言なんて、きっと、強がりで、自分に負い目があるからだから。
「だよな、頑張んないとな、片付け」
「おう。あ、スマホ、ちゃんと回収してきたか?データ消しとかないと」
気合を入れ直して、健の部屋に向かいながら、圭介が言う。
あ、肝心なの忘れるところだったな。
スマホ。俺と同機種でいろんなものが揃いの、健の宝物って言ってくれてた機械。
ロックの掛け方も知らないで、使い方に困れば、いつも平気で差し出すそれ。
今時は、カップル間でも、見せ合ったりしないんだぞって思いつつ、
一緒に弄って、使い方を覚える時、見るつもりじゃなく見ちゃうデータ。
俺との10代最後の日々と、20代最初の日々が、ぎっしり詰まったデータ。
「消さない。保管できるものは、何でも、保管する。
健にとって、宝物だって、言ってくれてた時間が詰まってるんだ、これに」
タブレットを知らない、今の健に、空っぽになったスマホの使い方、俺は教えてあげなきゃいけないんだ。
そう、思ってしまったら、もうダメで。
「ピザ来るまで、オレでもわかりそうな、キッチン回り、片付けてるね?」
涙が止まらなくなった俺の肩を、ポンと軽く叩いて、
圭介は、健の部屋を出て行った。
◇◇◇◇◇
女子3人と、圭介。
念の為に百哉も病室に待機してもらった。
「健くん、約束のケーキ買って来たよ~。佐藤先生、少しなら、いいですって。
これね、圭介くん、あ、この子ね?圭介くんが貴重なバイト代で奢ってくれたんだよ~」
小田が、タブレット以外を片付けて、ベッド用のテーブルに箱を置き、開けてみせる。
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