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”9” ネコに、再び見(まみ)える王子 ‐7
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でも、俺は、もう、こういう健の表情に、違和感を感じてもスルーしようって決めてる。
汗をガッツり流して、黙々と空手の形を復習って、口先だけの誓いを身体に落とし込んだ。
きっと、中学時代の健は、人との距離を、諦めと軽視でやり過ごしていたんだ。
思春期独特の周囲の大人達への反発、で、通常なら友人等の横の繋がりを重視する思考。
でも健は、この類まれな容姿が邪魔をして、勝手に周囲が別格に祭り上げてしまい、
それを破って付き合いたいレベルの人物に出会えなかった。
健の世界は、小さな頃から、狭かったんだ。
でも、狭い健の世界は、健に優しい世界とも言い難かった。
だって、さ。反抗期を迎えて、ぶつかれるの静さんだけだったってことでしょ?
しかも、静さんにぶつかると、後でどっぷり後悔してたんでしょ?
こういう、嘘っぽい笑顔浮かべて、小さい世界に氷の壁作って、篭ってた訳だ。
「今日はね、じゃが芋のポタージュにしてみました。明日はたっぷり野菜のミネストローネの予定。
夕飯の時にでも食べてね」
『いつも、すみません。いただきます』
「いえいえ。これは、頭、ぺこんでいいと思うけど。律儀だね」
でもな~って表情で困る顔は、一緒。
ん??なんか違和感。
「ねー?スケッチブック、どこ行ったっけ?」
ばばっと、布団の膝の上を押さえる健。
そうだよね、万年筆はベッドの介護テーブルの上にあったのに、
書き記す受け手のものが何もなかったのっておかしい。
ははん。そこに隠したんだね、何か書いてて。
「隠されると、人って余計に見たくなるでしょ?見せて?」
ブンブン。首を振って、真っ赤になってる。
仕方ないな諦めますかって風に、肩を竦めて見せて、健の身の回りの片付けなんかを始める
・・・ふりをして、健が安心して、手を元のテーブルに戻した隙にっ!
すっと、布団を捲って、スケッチブックを奪い取った。
俺の運動神経を、健のちょっと鈍い反射神経がブロック出来っこなく。
慌てて追い縋った頃には、高々と俺の頭上に掲げてあって、届きやしない。
「失礼いたしま~す、え?・・・嘘、うわ、上手いじゃん!」
俺の腕をぎゅうぎゅう引っ張るけど、敵わずに、俺は中を開けて目を瞠る。
エッチングみたいに、線の重なりで、風景画が描かれている。
この窓から見える景色。雲の形。ぷぷぷ、これ、スープジャーも描いてある。
そっか、健って、選択教科ずっと美術と家庭科だった、高校の頃。
絵やら作品を見せてもらったことはないけど、大学推薦の配点レベルから行けば、
美術もクラスの最高点近辺じゃなくちゃいけなかった筈だ。
だから、俺は、高3で、美術を取るの諦めたんだった、俺、普通レベルだから、勿体無いし。
取り返すのを諦めてくれた健は、恥ずかしいんだろう、布団に潜り込んでしまった。
「ゴメンね。でも、いいもの見せてくれてありがとう。万年筆じゃ描くの大変だったでしょう?
明日、何か画材になりそうなのと、あ、もっと大きいスケッチブック買って来るね」
俺の言葉に魅力を感じたようで、顔を半分だけ出して俺の様子を伺ってる健に返す。
ん?両手を伸ばして来たぞ?あ!起こしてって甘えてる?
スケッチブックを、一先ず介護テーブルに置いて、起こしてあげたら
メモ帳の方を持って、さらさらと書き出した。
『スケッチブックはこれでいいです。新しいのや大きいのはいりません。
でも・・・画材って言うか、用意してくれるなら、水彩色鉛筆がいいです、僕のお小遣いから
お金持って行って下さい。お財布が、机の引き出しに入って・・・』
「ストップストップ。お小遣いはいいよ。水彩色鉛筆ね、了解。・・・あ!」
遠慮しようと手を横に振る健に、ちょっと思いつく。
「遠慮しないで受け取ってもらう代わりに、描いたの俺に見せてくれる?なら、いいでしょ、ね?」
『下手くそだから・・・・見せれるものじゃないです』
「そんなことないって。手慰みに描いたにしては上手。習ったこととかあるの?」
健は、柔らかな笑顔で首を横に振る。
『体が弱くて、小さい頃、病院で入院中、飽きてて。お絵描きがしていたのの延長です』
健は、一人っ子なのに、俺達世代のわりに、ゲームって無縁だった。
よく、俺や圭介が遊んでるのを、見て喜んでだけしてた。自分は上手くないしやり方がわからないって。
静さんが、目が悪くなるし、そんな時間はピアノをした方がいいって主義だったかららしい。
その時間潰しは、主に読書なのかと勝手に決めていたけど、小さな頃の健は帰国子女で
日本語の知識が同学年の子と並んだのは、小学2年生だったって静さんが言ってたってことは
他の時間の潰し方があったんだもんな、ちびっこ健くんには。
「知らなかった健くんを、知ってくのって、面白いね。
もっとゆっくりして行くつもりだったけど、買い物行かなきゃいけないや、今日は帰るね」
こくんって頷いてくれて、ひらひら手を横に振ってくれる。
けっこう自然に、二人でいられた、数十分の逢瀬。
こうして、俺達は、また、恋を重ねていけばいいって、思った。
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