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”10” ネコは王子を観察す ‐4
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「さっき、着いたって、メールが来たんで、廊下で待ってもらってる。
・・・・・・じゃあ、連れて来るね?」
廊下に出てって、彼が一緒に連れて来た人は、中年、というか、中高年の品のいい細身なオジサン
シルバーグレーがすごく、品よく配されてる、短めに整えられた癖毛を撫でつけて
目元が優しく皺が寄る人好きのする、垂れた目じりで、顔立ちは昔はちょっとモテてましたって感じ
ラフなモカ色のサマージャケットを羽織って中はクリーム色のポロシャツで、ライトグレーのチノパン
手には、けっこう大きな旅行鞄を提げている
「野坂、って言います、健さま。爽さまに頼まれまして、ご挨拶に伺いました。
何度か、お会いしておりますが、ご事情は、爽さまから伺っておりますので気にいたしません。
初めましてではありませんが、どうぞ、よろしくお願いいたします」
これはお近づきの印にって、な、なに、これ!
あ、金平糖だ、まあるく、色味を揃えて包んであって、紫陽花を模しているんだ、
すごく可愛らしいのが4色でそれぞれ入った竹製の小箱を差し出してくれた
「私、お昼まで、京都に居ましてね、旅行で。
お会いするなら、何か気の利いた日持ちのする土産を買ってこいって、
どこかの我儘な元ご主人が、言うものですから。少しばかりですみませんね」
『可愛らしいです。ありがとうございます』
「どういたしまして、6月に入りましたから、雨で気が塞いだら、召し上がって下さい。
本当に、健さまは、字まで別嬪さんでいらっしゃいますねぇ~」
けっこう、普通だと思うんだけど
お祖母ちゃんに言わせれば、硬筆も毛筆も、まだまだ、下手くそだって
お祖母ちゃんは、「文字を美しく書こうと心がけること」が
日本人のナショナリズムとして、最低の素養だって、いつも、厳しかった
オジサン--野坂さんが、苦手なタイプの人じゃなかった、ほっとしてる僕
そんな僕に、彼、佐倉さんは言う
「じゃあ、健って呼ぶよ?この人が、健が、世話になる人。
別の住まいを持っているから、通いになるけど、何かあったらすぐに駆けつけられる。
もし、健が嫌ならば、別の方法を考えるつもりだから、これを決定と思わないでね?
退院後、暑い季節になるでしょう?俺の実家の所有する別荘がある所で、これからのこととか
療養しながら、ゆっくり考えてみるってのは、どうかなって思ったんだ。
俺も、毎週末、必ず、顔を出すから、そこで暮らさないか?」
「私の住まう地は、これからの季節、とっても過ごしやすいですよ。
自然豊かな、静かな所です、健さまのお心のお慰みになると思います。
北関東の那須高原ってところなんです。皇族の御用邸がありますよね。
そこで私は、林檎農家の傍ら中舟生家の物件を管理させていただいてます。
他の土地のに比べて小さいし、古びて来て、殆ど、本家の皆様にはご利用いただけませんが、
温泉も引いてあって、ログハウス風で、日が入って、でも、涼しくて、良い物件です」
何かの思いが篭ってて追い込まれている表情を隠そうとする目の彼に続いて、
野坂さんが、僕に、小さな子供に諭すみたいに優しく教えてくれる
那須・・・は、芙柚と、夏休みを、すこし一緒に過ごした土地
木々の緑と風のさやぎ、深呼吸して、毎日、のんびりできた大好きな地
僕は、夢に行き詰ってて、イライラするから、お祖母ちゃんと些細なことで毎日ぶつかって
息が詰まりそうになってて、喧嘩の原因を抱えて、家出して・・・
息の抜き方、肩の力の抜き方を、教えて貰った、場所
ああ、那須に住んでる那須夫妻、お元気なんだろうか
僕が家出して来て、ちょうど、夏休みで、ここに来て過ごしてた芙柚に迎えに来て貰って
家具職人のご夫婦のお宅に、お世話になったんだ、僕も
つい、この間のように思うのに、時間は6年も前の夏のことなんだね
僕は、記憶もなく、夢も失った、これからどうしていけばいいのかわからない身
きっと、東京で、前に彼と住んでいた所に戻るよりも、心穏やかにいられる気がした
そうか、僕、やっと、住み慣れた気がしてきた、この病室から
外に出て行かなきゃいけないってことなんだ
どこにも、行くあてのない、根無し草のような、僕は
未来ってものに、向き合わなくてはいけないんだ
目覚めてしまったんだから、僕が、僕を守らなきゃ、ね
指輪の相手を探せなくなるかもしれないけれど
きっと、会いたいのなら、もう、僕に会いに来てくれている筈
会いたくないんだ、僕に、まだ見ぬ人は
ほらね、僕にはボクしかいないんだ、やっぱり、わかったよ・・・ね
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