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”11” 別居を決意する王子 ‐4
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◇◇◇◇◇
いつ旅行終わりで、何日の何時に寄れるのか、すっかり音信不通で。
帰宅前日の夜に、やっと、ほろ酔いでホテルから電話を寄越した野坂曰く、
団体旅行の移動だし時間は曖昧なので、新幹線に乗ったら連絡をするなんてのが最後だったから
やきもきして、大学で授業を受けながら、電話を待っていたのに、
もう、健の元に行ってやらないと夕食時間に間に合わない、ギリギリに連絡を寄越しやがって。
病院の最寄駅まで自力で来れると言うので、駅までバイトが休みだそうな圭介に急遽頼み込んだ。
ろくな打ち合わせも出来なくて、ぶっつけ本番になってしまったけれど。
何とか、健に引き合わせることが出来た。
那須行きを渋るかと思った、健が、存外、すぐに頷いてくれたのが
嬉しいと思えない自分の狭すぎる心根に、落ち込んでいる。
新幹線の発着駅まで、送って欲しいと言う野坂の願いをかなえるべく、共に車に乗り込んで
暫く呆けていたら、「最終便にのれないと、1週間放って来た林檎が心配です」と
俺からハンドルを奪い、勝手に、ナビに従って、運転を代わりやがった。
「ご挨拶だけかと、思っておりましたよ。今日は」
心ここにない俺に、何でもない事みたいな声で、野坂は話しかける。
「なんで、この人が紹介されるんだろうって、怪しむだろう?言うつもりだったさ」
「健さま、昨年の夏以来、どこもお変わりになっていないように見えますのに、
やはり、お話しいたしますと、違うのが分かりますね。お淋しいですが」
俺は逆に、驚いた。あんなにすんなりと、説明に説得を乗せて、健に話してくれてる野坂を見て。
芙柚はどこまで健の現状を把握しているんだろう、音信不通って聞いていたから、大丈夫なのか?って。
なのに、あんなにも不自由なくて。しかも、俺から事情を聴いているだなんて嘘をさらっと言った。
「ナナミくんね、お兄さんとお友達が、お節介に、健くんのことを教えてくれるんだって言ってました。
でも、自分からは、二度と会うつもりがないって言ってました、今の健さまには。
全ての健さまに起こった悪いことの始まりの原因が自分だと、思っているようなのです。
・・・・・・ふふふ。好都合ですよね、それって」
野坂らしくない意地の悪い発言に、遠くに行っていた意識を引き戻された。
「私はね、尻尾を巻いて諦めたら、負けだと思いますよ、こと恋愛において。
相手の為を思ってなんて、そんなのは言訳なんです。自分が幸せになりたいなら
相手を巻き込んで幸せになるくらいの根性を見せれないなら、価値がないんですよ」
元は運転手も兼ねて、俺の面倒をみていた野坂は、きっちり前を向いている。
安全運転第一!ゴールド免許所得ウン十年!を誇るこの男。
俺は、初めて自分の車の助手席に座って、そんな野坂の横顔を伺い見た。
「・・・・・・もしかして、俺にも、言い聞かせているのか?」
「そう、聞こえるのならば、そうなのでしょうねぇ。私は負け戦の片棒は担ぎませんよ。
しっかり、健さまをお迎えする支度を整えておきますから、目途がつき次第、お連れ下さい」
顔色も変えず、ごくごく自然な口調で俺に発破をかける。このクソ爺が!
あ、くぅ~~、鼻がつーんとして来たじゃないか・・・。
「泣かないで下さいよ、ウザったいですからね。・・・・・・あ、忘れてました」
「な、泣くか!なんだよ、忘れてたって?」
「爽さまのお土産」
「いらん。なんだそれ」
からから笑って、野坂が到着駅が見えて来たら、声を厳しく引き締める。
「ナナミくんから、ピアノを提供するって、言って来ました。どうしますか?
会うわけには行かないから、業者に持ち込んでもらうって。
健さまがお使いになっていた電子ピアノか、ナナミくんのご実家にもともとあったアップライトピアノ」
「健が、ピアノ弾きたいって思ってるのかが、ちょっとわかんないんだよな・・・。
やっぱり、弾きたいかな、どう思う?」
「では、宿題ですね。数日のうちに回答を貰って下さい、ご本人に」
ロータリーに横付けして、野坂はさっさと車を降りて
後部座席を開け閉めし手荷物を掴んで、俺のいる助手席側のドアを開ける。
「さ、後が詰まってますよ、運転席にお戻り下さい。
さっさとお帰りになって、今宵はぐっすりお休みになることです。
もう、賽は投げられました。四の五の言ってグダグダ逃げていたら、もう知りませんよ」
野坂は、相変わらず、クソ爺っぷりを発揮した。
「だよな。俺らしくないな、そんなの」
「はい。転ぶ心配なさらなくても、どうせ転ばないのが、貴方様ですよ」
チビの頃から、こんな風に、上手く乗せられてた気がするよ。
思わず、じーんとして、感謝の言葉を吐こうとしたら、後続車にけたたましいクラクションを浴びる。
おかげで、礼を言い損ねて、俺は、即座に運転席に移り、車を発進させた。
バックミラーを覗くと、満足げな笑みを浮かべる、野坂が見えて、なんだかちょっと笑えた。
◇◇◇◇◇
6月の第3金曜日。
健は退院し、俺は、健を久しぶりに愛車の助手席に乗せ、那須路へ走らせる。
数日の長雨が降った、先週末、関東は梅雨入りを発表し、
本当はその週の土曜日だった退院が、風邪を引いた健の体調のお蔭で1週間伸びてた。
「降って来ちゃったね、何か、音楽とかかけようか?それとも一眠りする?」
「せっかく、止んでたのにねぇ。どうしようか?そ、疲れた?じゃあ、眠るといいよ」
今日の那須行きは、二人きりではない。
何故か、「オフで暇だし、丹羽家の人間が、健くんの新しい住まいの確認をしないと!」と
言い張る羽瑠が、くっついて来た。圭介から退院日を聞き出して、休みを取っていたに違いない。
丹羽羽瑠。名前が羽二つも付いちゃったって、健に笑いかけて挨拶していた。
健も、メモ帳に『お久しぶりです、相変わらず、綺麗ですね』と書いて、笑い返してた。
「健くんがお喋りしたい時、読み上げてくれる人がいないと危ないでしょ?
ボクが付き添ってあげるし、明日、仕事だから、ちゃんと送ってね?」
ちゃっかりしている羽瑠に、俺は、暗に、午後中の、往復運転を強要された。
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