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”11” 別居を決意する王子 ‐9
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思わず、肘をつき、額を覆う俺。
どうしよう、それ。
健の誕生日、なんで、忘れられてたんだ、俺。
◇◇◇◇◇
上手く行って、車で往復5時間、か。
いっそJRで、那須塩原駅まで野坂に往復送迎を・・・最終発は何時だったっけ。
マジか、22時台しかないのか。じゃあ、1泊して翌朝始発で・・・だったら車でも一緒か。
実家よりは近いけど、やっぱり遠い。
火曜も水曜も、もう落とせないのしかないから、全部出ないとならない授業。
事情を話して謝れば、当然だって、遠慮してくれる。
週末だって、忙しい時は無理に来なくていいって、健は、俺にメモを書いてくれてたし。
でも、嫌なんだ、俺。 健が、今日一人きりだなんて。
バカだ、俺。 急いで退院させなきゃ、少なくとも、一人きりで今日を過ごさせずに済んだ。
ノートを写したり、たまった復習やらレポートやらをやっつけながら
いつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていて、
小鳥の声とけっこうな光量の窓から差し込む日差しで目覚めて。
机上の携帯を掴んで覗いて、まだ、シャワーを浴びても1限目に間に合う時間でほっとする。
健が男らしいけど決して粗雑じゃなくて、好きな字だって言ってくれてるそれが
ノートの端、後半は謎の楔形文字になってた。転写した内容も八割方、頭に入ってない。
あれほど晴れを望んだ週末が全て大雨で、皮肉にも昨日今日は中休みやがってる梅雨空。
俺の頭の中はこんな風にいかなくて、どんよりと、健の誕生日なのにどうしよう、その懸案で暗雲犇めき合ってるって言うのに。
野坂に新たなスマホを買い与え、教え込んで来たLINEで。
朝と晩、日々の定時連絡をさせることにした。項目は、健の起床時間、体温、体調。
出来たら、食事を取ったか、何を食べてたか、主に何をして過ごしてたかも、わかれば。
昨晩の連絡を、シャワーに行く前に確認し、移動疲れからか睡眠過多な様子が伺い知れた。
でも、定時に顔を出すときは、否が応でも起こしてるみたいで
「お可哀想ですから、明日は無理に起こさなくてもいいか?」と初日で言い出してた。
ダメに決まってんだろ、放って置いたら、眠り姫に逆戻りしちまう。
やっぱり、行こう。プレゼント買いに行ってる余裕は1分もないけど。
健に返品をきつく言い渡されてる、120色水彩色鉛筆を代打に持参して、
週末、新たなの購入して持っていこう。
ケーキとかそういう消え物は、そこそこのを準備するように、野坂に指示した。
老人は朝が早く、尚且つ、農業労働者のそれは、活動時間だからか
シャワーを終えて、濡れ髪をタオルドライして、
昨晩、食事し損ねて、ぎゅるぎゅる言ってる胃の為に、トースターにパンを放り込んだら
返信が来ていて、けっこうマメな内容で、苦笑した。
しまった、牛乳切らしてるな、空きっ腹にカフェインか。
健が見たら、眉を引き上げて、注意されそうな食生活になっちまう。
でも、喉に何かを通したくて、珈琲メーカーを弄ってる。
『・・・・・・了解いたしましたが、安全運転で、お戻りになりますように。
何かあったら、健さまが一番お嘆きになりますよ』
末文に書かれた文字を、つい、アンニュイな気持ちで眺めやる。
週2の清掃会社は優秀で、俺の部屋は、俺が汚しても、汚れたままでいない。
キッチンも然りで、生活感がどんどん薄れて行くばかり。
健に飲ませなきゃ、スープ作りも止めてしまうし、
今はそこそこそれの材料の残りが入った冷蔵庫も、どんどん空になって行くだろう。
トースターのパンが跳ね上がる音に、意識が戻り、珈琲の香りが覚醒を促す。
つい、出て来かかってた溜息を飲み込んで、壁掛け時計を睨む。
虚無感には、負けないし。負けそうになってる場合じゃないんだ、俺は。
パァン!と自分の両頬を叩き、気合を入れる。
そうだ、健の気に入りのあの厚手のカーディガン、持ってってあげよう。
高原はやっぱり東京と違って、朝晩、肌寒いから。
恐る恐る、以前着てた服を渡し、それを手にしても、健の反応は変わらなかった。
よほど深い思い入れがないもの以外は、多分、トラブルにはならないってわかったから。
俺も、大学終わりで、直で、別荘に向かうんで、
健が、似合うって褒めてくれてたベージュのサマージャケットを着込もう。
ぼやぼやしてる時間はない、きっちり、しっかり、俺は大丈夫だって、健に見せなくちゃ。
無用な心配させるなんて、絶対、嫌だ。
また、惚れてもらわなきゃ、なんないんだぞ、俺は!
かっこ悪い俺なんて、論外に決まってんだろ。
1限目から、白衣を着て颯爽と特別教室に現れた俺に、仲間内は、ただ、ニヤリと笑いかけただけ。
唯一、小田が何か言いたげだったが、阿川に腕を引かれて、黙り込んでた。
勝手知ったるなんとやらで、本日の最終講義を終えるや否や飛び出さんとする俺に
ストップをかけたかと思えば、奴等から、これでもかってでかい紙袋を数個渡された。
「あんたとは違うのよ、私達。ちゃんと準備してたんだから。
それぞれ、名前書いてメッセージカード入れてあるから、健くんに渡してあげて」
「山瀬と野田のも預かっておいたから。なんか、実家の人たちのもあるって、山瀬が言ってたな」
「あとね、あの、眼鏡の後輩くんも、今朝、持って来た。
自力で渡しに行きたいけど、オレ達には住所教える気ないだろうって。当然だよね」
「ストップストップ。長話はダメよ。ほら、さっさと行きなさい。運転、気をつけてね」
こいつ等・・・・・・泣かす気か?
「来年は、皆でお祝いするんだからね。健くんの誕生日。今年だけ独占させたげる」
小憎らしい、してやったりって表情の小田が締めて、井田と横山が俺の背を押す。
「明日の1限。お前の分、席とって置くからな」ってスパルタな囁きをしながら。
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