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”17” 王子、勝負をかける ‐1
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side 爽
「散々、泣いた後の顔でしたよ、あれは。目は腫れてなかったけど、声がおかしかったですし。
まあ、お家の為にもお医者のお勉強が大事ですからね、
二人で応援してますから、恥ずかしい結果はお持ち帰りなさらないで下さいませね」
畑に向かう前に、俺に連絡をくれた野坂に、キツイ発破をかけられた。
だよね~。あの子は、そういう子だよね~。
曲解してないといいなあ・・・・・・浮気してるとか、自分なんてどうでもいいんだとか、さ。
どよ~んってオーラをびっちり纏って解剖教室に入って行けば
俺達の班の、通称、サブローさんが、手術台に鎮座しておられる。
班員に、小田が居るから、家の班5人は、結構楽なんだが、他の班はけっこう大変。
サブローさん以外の、ありがたいご検体の方に祈りをささげ、その後の緊張ぶりたるや痛々しい。
ミスれば、周囲をホルマリン臭気地獄に陥らせてしまうからだ。
今日で、サブローさんとはお別れだ。
ホルマリンの独特の香りと飛沫を避けながら、バインダーに挟んだ教科書のコピーを覗く。
ほら、汚れると、困るんだよね。だから、解剖中は、みんなコピーを用意する。
冴えわたるメス捌き。次々と、患部を割き、的確に臓器を露出する。小田は、確実に外科に行くだろうな。
俺も、苦手としてる訳じゃないし、どちらかと言えば、器用なんで、外科向きみたいだけど。
健は、あんまり、この授業が好きじゃなかったな。
小田と俺が一緒の班だから、どうしてもの時以外、執刀しない。
それよりも精密に描くデッサンの方が、教授の評判がいいからね。
虫も殺さぬ顔で、真剣に、けっこうグロいそれらを観察してる眼差しは、惚れ直すくらい凛としてるんだ。
今は、家の班、仕方なく、人数が1人減でやってるから、いろいろ忙しいし、質が低い。
2年になって初めの頃、これの後で、飯が食えなかったもんだけど
最近は慣れちゃって、平気で、昼間にホルモン炒め定食とか食えるんだもん、人って恐ろしい。
さっき、阿川の叫び声が聞こえた。アイツ、手先あんまりダメなんだよね。
しっかり脳内の理屈派でね。しかもアイツの班に井田もいるからなあ。アイツ無茶するんだよね。
この教室も3か月、健の不在が、クラスじゃ、もうどうでもいいようになりつつある。
こうして、人は、いろんなことを忘れ、感情を鈍らせて、生きて行くのかもしれない。
「中舟生くん!ちょっと、コッヘル鉗子、早く!ぼーっとしてんじゃないわよ」
ぼんやりしてたら、小田に叱責を食らった。
はいはい。ちゃんとお勉強しますってば。健を独りぼっちで泣かせてまで専念させてもらえるんだから。
◇◇◇◇◇
毎日を、勉強勉強勉強。時々、息抜きに空手道場。
それで過ごして、いつの間にか、梅雨も順当に明けて。
真夏日や熱帯夜がやって来て、通学も徒歩だと、行き帰りだけで汗だくになる。
試験日程も、明日で前期は終了して、明後日からは医学生だけ不公平だと思う大学生には短めの夏休みがやってくる。しかも夏休み明けの最終週が月から金までびっちりまたテスト。
へ~へ~、遊び呆けてんじゃないよ、って、先生方の有難いお達しだってはわかってるってば。
薬学部の圭介なんか、すっかり夏休みで、羽瑠の海外撮影の付き人でヨーロッパとかに出かけやがった。
夏のヨーロッパ三都に跨るミステリーの謎多き犯人役なんだって。しかも医者の設定。
ちょくちょく、こーいう時は、どんな感じの言い回しがいいのかって、質問のLINEが来る。
・・・・・・ムカつくときは、完全無視しとくけどね。
俺は、明日からの、リアルなミステリーを解き明かさなきゃいけないんで、
お前達にかかわってる余裕はありません。って、返しとこう。圭介には詳細は暈してだが事情を話しておいたからね。
言わないでくれとは頼んだけど、多分、親父の耳には入った筈。
でも、何にもアクションを起こさないってことは、黙認のスタンスなんだろうって思った。
『明日から、那須行っちゃうんだろ~? オジサンと今夜は遊んでよ~』
圭介に返答したら、別のやつから、来てた。あ~水瀬か。
既読だけして、無視しとこうとしたら、また、来た。
『奢るよ~。オジサン独りでビアガーデンは寂しいんだから~来てくれよぅ~』
会場のサイトが貼られて、一応、開いて見てみれば・・・・・・また、このさり気ない気遣いにムッとする。
俺の住んでる新宿の百貨店の屋上でやってる所。アイツの勤め先や、住まいからはけっこう遠い。
「テスト期間中なんですけど、わかってます?」
『もちろーん。でも、大丈夫でしょ?明日のはもう前日にガリガリやんなくてもさ?』
あ~最近、ろくなもん食ってないから、こんな酒のアテがめっちゃ旨そうに見える。
『じゃあ、5時に会場で会いましょう!』
俺は、行くともいかないとも返答してないのに。
水瀬は、その後に、やたら愛くるしい猫がくるんと回って、バイバイにゃ~ってセリフの出るスタンプで
その後の呼びかけを既読すらつけやがらなかった。
5時って、ビヤガーデン開店時間じゃん!そんな平日の開店時間に合わせて行くなんて
よほどの暇人みたいだろうが~!!
30代半ばの爽やかイケメンなオッサンがぽつんと
まだ日も沈まぬビヤガーデンにいる絵が、なんか哀れに思えて。
舌打ちしつつ、俺は、帰路の半ばで、最寄駅へと踵を返した。
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