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”17” 王子、勝負をかける ‐2
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辿り着けば、開店数分前で、オッサンは愉快そうに、どこぞの女子どもと歓談中。
ん~、会社帰りかサボりかのOLって感じか、女子大学生ってところ。
なんか、楽しそうだし、放って置いて帰ってやろうかと思いきや
「ちょっと~、来たよ~。オレのハニーが。見て見て、イケメンでしょ~?」
俺を目ざとく見つけやがり、盛大に両手を振ってやがる。
女どもも、きゃっきゃっと喜んで、俺を手招きやがる。
うんざりめで、側に寄れば、ほぼ同時に案内のお姉さんが近づいてくる。
「お連れさんも超イケメンですね~。ラッキー。アタシ達ぃ~、高校で同級の~」
「女子会なんですけど~、学生が席取ってて、会社の子とかは終わった順に集合~みたいな~」
「うんうん。あるよね~。女子会いいね~、オジサンが学生の頃はなかったよね~その言葉自体」
一応、軽く会釈はしたけど、何なのこのノリ。ナンパとかしとくか普通。
えーと、オジサン寂しくないみたいだし、帰っていいかな。
「何名様でしょうか?」
「ん~とね、二人~。二人っきり~」
女子どもが、えっ?って顔で、水瀬を凝視する。
店員も、連れとばっかり思ってたんだろう、きょとんとしてる。
「ごめんね~。オレ達、これから切ない別れ話しなきゃ、なんだよね~。けっこう深刻?」
ヤツがへらっとしやがる訳のわかんない発言に、さざ波が一気に引くような沈黙。
周囲は一斉に凍りついてく。
「ご、ご案内いたしま・・・っす」
女性店員の背は、緊張してる。ぎくしゃくと後に続くが。い、痛い痛いんだ、視線が。
さっきの女どもだけじゃなく、平日でまだ明るい内から並んでた少しの暇な人々からまで、
ちらちら、見てない振りで、しっかり見られてる感たっぷりな。
店員さんも気遣って、目立ちにくい席を提示するのに、
「えーここ?もっと景色のいいとこが良い~」とか抜かしやがる、このド変態オヤジ!
うー、声を大にして言いたい、嘘です~コイツ、虚言壁で入退院繰り返す異常者なんです、とか。
こんな最低なシチュエーション、作り上げる阿呆に、これぐらい仕返ししたって罰は当たんないさ。
キョドってた店員の説明がさっぱり頭に入らなかった俺を席に放置して
水瀬はチケット制の為にカウンターに出かけて行き、衆人環視もいい所な席でポツンと俺は奴を待つ。
早く、早く、混んでくれ~って心で叫びながら、さっきの光景を知らない客達が増えて行くのを眺める。
混んで日暮れてくれればいいのにと、願いながら俯いてやり過ごす。
開店間際故に、生の中ジョッキは、あっという間に運ばれて来て。
枝豆とおしんこ盛り合わせが、同時にテーブルに・・・・・・つーかなんて渋さだ、このチョイス。
「オレ達の最後の盃にカンパ~イ!」
「オッサン!もう、悪乗りは大概にしやがれッ!」
「なんでよ~。皆さんに、意外性のニュースソースを差し上げてただけじゃ~ん。
別れ話ってあながち間違ってないし~。しばらく帰んなくなるんだろ~?」
ぐいとジョッキを傾けて、ちょっとぬるーい、でも、んま~い、とか
店員に睨まれるようなことを、やたらと通る良い声の大声で言いやがる。
食べな食べな~って俺にこのしょぼいチョイスのつまみを差しだすから、舌打ちした。
「あのさ、なんでこれなの。もっとあったろ、揚げ物とかなんとか」
「これは日本じゃなきゃ無いの、こんなのツマミにあるってのがね。オジサン十年以上ぶりなの。
とりあえず、この組み合わせは外せないわけ!頼んだよ?若者が好きそうなのも。
待ってなってば。どうせ、今日もあんまし飲んでくんないんでしょ?あ~つまんないねえ」
絶対市販品をただ盛っただけの、正直、美味くもなさそうな胡瓜をパリパリポリポリ。
枝豆も冷凍を解凍しましたっぽいし。全然ありがたくもない。
「あのね、ビアガーデンは味じゃないの。ふ・ん・い・き!野菜物が美味いわけないでしょ」
「じゃあ、頼むなよ。バカじゃないのか」
「あ~もう、煩い子だねえ、情緒の欠片もない。ま、健に、うんまいアテ作ってもらってぇ~
二人でしっぽり、宅飲みが主な、若いんだか年寄りなんだかわかんない大学生にゃ縁ないよな~」
「宅飲みなんか滅多にしないよ。健は飲めないし、外にだって飲みに出てるし」
「え?嘘。ビヤガーデン初心者とかじゃないわけ?誰と来てんの?よもや浮気してんの?」
「してる訳ないだろ。大学とか道場とか、地元が一緒の関東に来てる奴らとかその辺りだよ。
健、理解あるし、俺も、深酒とか外でしないから。最近は殆ど飲む機会も減ったし」
あ、良かった~鶏唐とかソーセージ盛り合わせとか来たよ。
あ、そうそう。こんな感じのメニューだよな、ビヤガーデンはさ。
「う~注文行くのめんどいな。ピッチャー行っちゃおうかな~。でも、お前さんそれで終わり?」
「もう1杯くらいなら。でもそれで止めとくけど。軽く荷作んないといけないし、帰ってから」
ブッと、水瀬が噴き出す。きったねぇって怒ってやろうとしたけど、ま、吐いたわけじゃなかったんでいいか。
「ちょっとは手早くましに出来るようになったわけ~?お坊ちゃん」
「うるせぇよ。あんなんトランクに詰めなくていいなら、楽勝なんだよ。さっさとチケット買いに行け」
「あ~嫌だ嫌だ。短気な若者はこれだから。ブラックビールもあるけど、そっちにしとく?」
「ああ、飲む。と、チーズ盛り合わせとミックスピザ小も食いたい」
「あ~、食いに来てやがる。つまんないねえ~」
がたがた文句を並べる水瀬の背が薄暗くなりだしたビルの背景に溶けて行く。
健、人混みが克服できたら、来てみようね、ビヤガーデン。
ノンアルのカクテルや、ソフトドリンクもけっこう豊富だし、夏の夜の雰囲気、味わうのもいいでしょ。
そん時は、この煩いオジサンも呼んでやろうかな。
なんて、アイツには、まだ面と向かっては言ってやらないけど、考えてた。
すっかり辺りも暗くなり、周囲にも気にされなくなると、(掴み合いの喧嘩とか期待されてもしないから)
話し易さも手伝って、水瀬なんかと、古い付き合いの友人みたいな調子で会話が弾む。
飲む気満々で休日だって言う水瀬は、杯を重ねてる。全然酔ってる気配が希薄だけど。
俺も、二杯めの黒ビールの後は、ウーロン茶とかで付き合ってても、いつの間にか時間が過ぎてる。
「へえ。結婚したんだ~。健なんにも言わないからさ。うわ~一応、おめでとうって言っとく?」
「一応でも疑問形でもおかしいだろ。普通に言えよな、おめでとうくらい」
「なんか去年の今頃とかは、悩んでることあるって言ってたけど、その頃にした?」
「え?言ってたの、そんなこと。うん。今日が逆プロポーズ記念日だ。羨ましいだろ」
「お~すごいね。健、成長したなぁ。ちゃんと不満も我儘も言えるようになったか、あの子。
良かったな~。で、結婚式とかしたのか?だから佐倉さまだった訳だ。てっきり偽名かと思ってた」
あのな、偽名使う意味が分からんだろうが。
あのホテルの朝、それまでの支払いに、カードで精算した時、佐倉の名前を書いて。
何ともない素振りで会計通してくれたから、わかってんのかと思ってた。
一応、一流ホテルのコンシェルジュ様は伊達じゃないってことだな。
客のプライベートに首を突っ込み過ぎないって大事なことなんだろう。
「お前に金預かって、いろいろ頼まれた時、健を見てから、動こうって思ってて。
電話が鳴って、向かったら、ああ、やっぱりって思ったからさ。佐倉様って話しかけても
なんにも違和感ないみたいにされたのの、絡繰りがやっとリンクしたよ」
「ああ、あの日は、すっごく助かった。俺、もう、がっかりが酷くてさ、立ち直れないって思ってた。
やり残したこと、無いのかって、アンタ訊いてくれたじゃん?こんなになってるってわかってなかった?」
「ん?ああ。でも、呼ばれて行った時の様子で、やたらワケありなのはわかったし。
過呼吸の発作起こす子も、何度か介抱してるからね。恋人とラブラブで起こすわけないなって。
誰かさん、この世の終わりみたいな顔色で、健の寝顔、睨みつけてたしね~?」
那須に健は住んでて、これから迎えを呼ぶからって言ったら
コイツが、このまま、返しちゃっていいのかって、こっちでやり残してることないのかって
訊いてくれたのは、目から鱗だった。言外に含み「健がどこに向かおうとしてたのか知らなくていいのか」って言葉を伝えて来てた。
健の記憶が戻ったかも知れない、いいや、戻ってた、絶対に。
俺のことわかってて、一生懸命、名前を呼ぼうとしてくれた。
それを曖昧なまま見なかったことにして。ただ、閉じ込めに帰すのかって言われてる気がしたんだ。
だから冷静になれて、ある考えが浮上して来た。
それを、前に会った時に、さり気なく、こいつは肯定してくれたんだ。
「夏休み明け、俺が戻らないかもしれないって、どうして思ったんだ?」
「簡単なことだろ。もう、健を一人で置いてくるわけには行かなくなること、するつもりだなって
オジサンは、深い人生経験上、何となくわかるからだよ、お坊ちゃん?」
あ~、ムカつく。やっぱりコイツ。めっちゃ圭介がオッサンになったらこうなるバージョンの見本品だわ。
「で、さっきの質問、答えが返ってない。健はちゃんと我儘言えてる?お前ちゃんと受け止めてあげてる?
と、お前も言えてる?受け止めて貰えてる?」
「言えてないし、受け止めきれてない。不満も不安も持たせまくりのかけまくりだ、悪かったな。
俺は・・・言えてたのかな、わかんないな、でも、受け止めてくれてたとは思う、いろんな俺を」
俺は、すうっと、息を吸い込む。
「でも、頑張って来る。全部、言わせて、受け止めて来る。
俺も言うし、余裕が出来たら受け止めてくれたら嬉しいって思ってる。
無事に戻ったら、招待してやるさ、俺達の愛の巣に、健の手料理付きで。
だから、お礼に、俺達をビヤガーデンに連れて来てくれよな、また」
オッサンは、ばっちり完璧に男らしいウィンクで、飲みかけのジョッキを掲げて見せてくれた。
◇◇◇◇◇
最終科目、遺伝子医学の答案を伏せて机上に置いて。俺は一足先に、教室を出る。
今日も天気が良くて、じわじわと、校庭に踏み出してすぐに汗が滲む。
もう、書けるところは全部書いたし、確かめても、変わりがないと思ったし。
何よりもアイツらに色々言われて引き止められたら、気持ちが萎える。
横山は、多分、アイツらに俺のしようとしてることを話してしまったと思う。
今朝、なるべく開始ギリギリに合わせて来て、アイツらと話さずに試験を開始した。
休憩時間も、寸前に暗記しなきゃならない素振りで、何か言いたげなアイツらを往なした。
全てが敵になろうとも、やるって決めた。
もう、誰にも茶々を入れられたくない。誰にも責任を感じて欲しくない。
俺が、全部、負う。
俺の世界中で一番、大切な健の為に、惜しむことなんてないんだ。
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