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”19” 王子と、ネコと猫 ‐5
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掌で湯のみを手慰むカオル。
なんだろう、こんな慈悲に満ちてるのに物憂げな微笑、健はしなかった。
「これは、中学の時に考えて気がついたんですけど、丹羽家の家賃ってけっこう高かったんです。
立地場所も良かったし、日当たりも良くて。部屋も3LDKだったんです。
中学は私立に行ってても、その頃は経済的にはそこの家賃くらいはそう負担じゃなかったけど、
僕、ずっと、そこに小さな頃から住んでいたから、その頃だったら、新築の賃貸で好条件のここだったら
パパさん、家賃だけで、収入の半分以上を払っていたと思うんです」
「ん~郁子さんと一緒に住んでた思い出とかあったからなんじゃないの?」
「それだったら、尚更なんです。ママは、僕と二人暮らしみたいなものだったから
パパさんが一部屋使ったって、まだいっぱい余ってるのに。もっと小さくても良かった。
ママの為、健の為。精一杯の無理をして借りてたんです。なのにいっつも僕達に謝るんです。
完全防音のお部屋に出来なくてごめん。電子ピアノでごめんって」
そっか、ピアニストには、練習環境ってすごく大事なんだって、何かで読んだ。
前に、静さんも教えてくれたっけ、健は、タッチが弱くて酷評されたんだって。
「郁子さんは電子ピアノなんか初めてだったんだろうし、家ではグランドで、しかも専用室持ってて。
そりゃそうだよね、家の郷里からピアニスト目指して進学して、佐倉家の一人娘だもん
すべて満たされた環境だったに違いないよな。 そんなとこに負目を持ってたんだ、丹羽さん」
「ずっと、ママのこと、ガラスで出来てるみたいに扱ってました。
そんなだから、ママの心も、冷たく固まるしかなくて、
ずっと英語で話してるのに、すごく、よそよそしかった。
パパさんだって、僕に日本語教えようって言ってくれてたんですが、ママがダメって。
パパさん、ママが白いものを黒って言ったら、黒だ、黒にしか見えないって言うタイプで。
ママの一挙一動にパパさんは振り回されて、疲れてしまったんです。
だから、逃げるようになっちゃったんだって、健が教えてくれたんです。
パパさんの再婚で、僕が、もう、ソファーに座っていたくないって放り出そうとしたら・・・・・・
出て来たくないって、ずっと来なかったのに。バカな健」
うんうんって、聞き流し気味にしてた、俺はハッとする。
なんか。ぽろっと言ったよね?出て来たくないのに、云々。
え、もし、もしかして、健を呼び出せるのか、カオルは。
生唾飲んで、カオルの呟くみたいな話を傾聴する。
勘の鋭いカオルには、何気ない風を装わなきゃ、身構えられると思って、
ふ~ん、そうなんだ~くらいに見えるように。 頑張れ、俺の演技力。
「ちょっと話疲れました。なんか、久しぶりにいっぱい話したから。
佐倉さん、つまらなくなかったですか?」
「ううん。ありがとう、楽しかったよ。無理にいっぱい話してくれたんだね。
俺の夏休み、始まったばっかりなんだから、少しずつ、話してくれればいいよ」
ああああ~、もう、終わり??
って、叫びたいところをグッと堪える。 横山にも釘刺されてるしね、焦るなって。
カオル本人が、今日はもう嫌だってサイン出して来たら、止めて、また次回。
興味本位で、この人、自分の事、根掘り葉掘り聞いてるって思わせちゃいけない。
これが、信頼関係において、すごく重要なんだ。 って、受け売りだけどね。
洗い物を請け負って、先にお風呂どうぞって勧めて。
明朝も、俺が飯作ってもいいかってお願いしてみる。悪そうにするけど、頷いてくれた。
あ、もう、パンがない。つーか、卵とかもない。
「「あ・・・」」
二人の声が揃って、互いに、譲り合って。
よくあったな、健とこういうのって思い出すと、胸が擽ったくなる。
いつもは、必ず、健が譲ってくれるから、俺が話しちゃってた。だから、カオルには俺が譲ってやろうって。
「えっと、じゃあ、言いますけど。明日の朝は、パンですよね?もう、ありませんが」
「俺も、同じ事思ったんだよね。えーとどうしようか、卵とかもないし、買いに行こうか?」
「もう、遅いし、お店とかわかりません、僕」
「俺もだな~。去年も野坂任せだったしな。健、体調思わしくなくて、殆ど外に出れなかった」
「相変わらず、虚弱体質なんですね。ちゃんと人に迷惑かけないように
酷くなる前に自己管理しろっていつも言ってきかせたのに」
自分のことを、忌々しく言うカオルに、つい、笑ってしまった。
けっこう、人のことは言えないと思うんだけど。
だって、俺とかが居なきゃ、飯だって1食で済んでたでしょ、カオルも。
「そういうの、団栗の背比べって言うんだけど?」
「せめて五十歩百歩にして下さい。団栗って、子ども扱いされてるみたいです」
そんなポイントでムッとするカオルが、可愛くて、更に笑いが込み上げる。
もしかして、健以上に、身長とか体形にコンプレックスあったりするのかな。
「明日の朝、どうしてもの分は、野坂に何とかしてもらおうか?」
「多分、野坂さん、農場とか、産直のとことかで買って来てくれてるから、お願いして下さい。
牛乳かヨーグルトは定期便でくれると思うんですけど、月曜日だし」
「へえ~あの瓶牛乳って、定期便だったんだ。だったら明日から俺の分も要るね。
頼んどくね。あと、朝じゃなくてもいい欲しいものは、買い出しに行かない?そんで・・・・・」
「・・・もしかして?」
「え?予想ついちゃった?」
「えっと、外れてても、行かなくてもいいんですけど。この間の牧場でお昼食べますか?」
「大正解!ジンギスカンって、俺、初体験~。カオルくんは?」
「・・・・・・多分、初体験です。高校の時から行ってなければ、ですけど」
ん??
「僕、中学までしか、健のこと知りません。
健が、中学のこと知らないのと一緒で、僕達、その期間は、お互い、わからないんです」
軽口叩くみたいで機嫌よく話してたカオルの表情に、緊張が走る。
「今回も、急いで見つけてこなきゃ、そうなっちゃうと思うんですけど。
昨夜、一生懸命探したのに・・・・・・どこにもいなくて。
僕のわからない通路や部屋がいっぱい増えてて、真っ暗なんです。
あの時と、中学の、僕がどうしても代わんなきゃいけなくなった時と、一緒で」
カタカタ、身体が震え出す。
言うタイミングを待ってたようにも、言わずに避けようとしてたようにも見える
瞳の左右に彷徨う、困惑顔のカオルは。 その後、
力なく、うなだれ、小さな声で、「ごめんなさい」って呟いた。
「探し出せなくて、ごめんなさい」って、続く。
また、謝らせて。 きっと、人前で泣くのが、大嫌いなカオルが
テーブルクロスに、ぽとぽとと、透明な染みを落としていた。
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