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”23” ネコが猫を被るかを判ずる王子 ‐4
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健は、こう言ってはなんだが、けっこう、心が狭い。
心配はしてる、すごく。でも、心のどこかが自分本位。子供の優しさって、だいたいそうじゃない?
表面上は、すごく優しく見せるのに、自分に実害があるってなると、拒絶反応がやっぱり見えてしまう。
カオルはその辺りが、ツンデレで、めっちゃキツイ言葉を放つけど、情がある。
本気で阿川が傷ついてて帰るのを嫌がるならば、泊めてしまうと思う、損得なしで。
なんと言うんだろうか、妙に、お人好しなのだ。
「ね、抱きしめさせてくれる?」
「え?え?あ、阿川さん、ちょ、ちょっと!!」
見送りに出た駐車場で、了承を得るが先に抱き付かれてるのに、
困ってあわあわしてるけど嫌悪はないんだ。
「幸せになりなさいね、貴方も」
「ど、どうしたの?阿川さん。まだ、ダメなら・・・・・・」
「い~の、こっちの話よ、色々、ありがとう。ご馳走様」
ぱっと手を離され、よろけてるカオルの腰を支えてあげた。
「行ってくるね、鍵閉めて、お風呂とか済ませて寝ちゃってていいからね」
「まだ、早いですよ。でも、阿川さん、ちゃんと見届けてから戻って下さいね」
眉を心配げに顰めるカオルに頷いて、運転席に乗り込む。
阿川が、後部座席のドアを開け、手を振った。
カオルも、発進した車を見えなくなるまで見送り、小さく手を振ってくれてた。
満足そうな深い溜息を吐くと阿川が語り出す。
「はあ、私、ぶっちゃけ、カオルの方が好きかも。あの子が今の健くんならヤバいな。
惚れちゃうかも。うわ~桔乃に殺される~」
しばらく走った車内で、阿川が、今回の一芝居の結果の診断を下す。
「やっぱり、阿川の目は、変わんなかった?第一印象だけじゃなく」
「ええ。横山くんに報告して、分析は必要だけど、私には別人に思えた。
お料理も味付けが微妙に違うわよ。気が付いてた?」
え?そ、それは全然気が付いてなかった。
つーか、阿川は、前、あんまり食べてないだろ、健の料理は。
あ、よく、俺達の弁当、勝手につまみ食いとかしてたけどな、それでか?
「ちょっと甘めに作る傾向にあるわね。健くんのは普通、中舟生くん好みに少し鹹めにしてたの。
まだ、貴方の舌の好みがわかってない証拠だし、そういう部分って、嘘はつけないわ。
いつも作ってたら、万が一、貴方を騙してる健くんのままなら、出てしまうでしょうね」
やっぱり、女性の視点は違う。
と、言うか、阿川が女性の中でも格段鋭いんだろうけどね。
「それと、見抜かれちゃったもの。健くんなら絶対に見抜けない所」
「え?な、なんで、どこ?」
「アイツ、一応、私の想い人なの、あれでも。付き合ってなんか、勿論無いし、
ずっと片思いなんだけどね。幼馴染なんて、なかなか素直になれないものでね。
ついつい片意地張って、お互いに、探り探り、距離を置いてる関係なんだけど。
今回も、アイツを巻き込んだの、ちょっと計算があったんだよね、私なりに。
恋人の振りして、アイツの友人カップル何組か誘ってドライブ旅行に行ってくれって頼んでみて、
ちょっとは勘ぐって妬いてくれるかなって思ってたの。
・・・・・・中舟生くんさ、アイツと揉めてる時、芝居だって思ってたでしょ?」
「だって、そう言う打ち合わせだったろう?違うのか?」
「リアリティがないと、脇役になってる子達が、訝しんで嘘臭くなるでしょ?
だから、あそこで喧嘩になるのは、私、アイツに頼んでないの。わざとそうなる様に仕向けたの。
中舟生くんが止めに入ってくれるのもテストの一つだったじゃない?」
「あ~そうだったな。カオルが俺に依頼出来るかどうかだったな」
阿川がくすくす、堪えきれなかったように笑い出す。
「見事、止めに入らせた上に、私の予測通り、アイツがカーッとなって、貴方に掴み掛ったら
カオル、血相変えて、貴方を救出に来たじゃない?そうは見せてなかったけど。
しかし、予定外なのに、よく対応出来たわね、大根二枚目俳優さん?」
全てお芝居と思い込んでたけど、阿川は、上手く、偽彼を心情的に操作して、思うように進めてただけ。
女って恐ろしい生き物だ。
「大筋、外れてなかったし、何より、カオルが意外に行動力あって、驚いてたからね」
「貴方も素の演技だったって訳ね?で、カオル、貴方が席を外してる時、私に言ったの。
『本当に大切なら素直になってあげることも大事じゃないですか?』って。
で、カオルの勧めで、私からアイツにメールを出した訳よ」
「え?あれ、仕込じゃなかったのかよ!」
阿川が帰るって言い出したのは、メールで阿川が謝って、偽彼も謝って来て。
で、新幹線ホームで待ち合わせて帰ろうってことになるってヤツが理由。
俺が、ビックリして裏返った声を出せば、阿川がゲラゲラ笑いだす。
「いくら私が、アカデミー助演女優賞並みの演技力の持ち主だって、あんな感じには出来ないわよ。
アイツが謝って来るかも賭けだったわ。だから、私も骨折り損じゃなかったのよ、今回は」
笑いを収めた阿川が、ふと、アルカイックな微笑を浮かべた。
「惜しいわよね、健くん。子供の頃の傷が無かったら、なんて完成された粋な男になってたんだろう。
思春期にあんなに豊かな情感が育った人格が、彼じゃないなんて残酷よね。
彼が、成長して今になっていたなら、きっと、もっと素敵な恋をしていることでしょうね、貴方達も」
「でも、友達はいなかったって言ってた。俺もあれならいないと思う」
「当たり前よ。あの子は友達なんかよりも、健くんが大切なの。
健くんが戻る時、健くんが恥ずかしくない人間であれってことだけに一生懸命だったのよ。
愛されてるのよ、健くん、自分の人格にも、たっぷり。
カオルは必死に周囲と壁を作って生きてたんだと思うわ。
わざと他人行儀で嫌な子を演じて、自分ってもんを押し殺して」
カオルはそれで罰を与えられたって言ってた、気付かずにしていた恋。
その恋はカオルの生き様故に残酷な幕を下ろし、カオルは責任を感じて健から身を引いてしまった。
「あんな愛しい子、そうはいないわ。精神年齢上、年上の立場だから余計に思う。
本当は、凄く愛されたくて、寂しい子なのよね。だっていつだって自分を一番にしてなくて」
そして、また、含み笑う。
「ねね、あの子、肝心なところ抜けてるなって思わない?」
「肝心な所?別に、思ったことはないな・・・どこ?」
「健くんは、記憶喪失なんでしょ?だったら、中舟生くんに対する想いなんか忘れてるでしょ?
なのに、一生懸命、自分は、彼の事が大好きなんですよ風に振る舞ってるつもりなのよ、演技で。
必要ないサービスまでしてるの。それってどうしてだと思う?」
う・・・ そ、そうなんだな。傍目で見ると。
気が付かないって、俺だって当事者なんだし。
唸る俺に、答えを開示せず、阿川が、深刻に言う。
「思春期の心の迷いは、大人になる為に本当に必要なプロセスなのよ。
それを全部経験していない人格が健くんよね。二人が上手く融合してくれたら、これほどいいことはない」
「そう、だな。皆、そうして、今があるんだもんな、普通ならば」
「親って、恐ろしい仕事を任されるのよね、神様から。
無垢な魂を、生かすも殺すも、親が一番初めのキーを握ってるのね。
私って性善説派じゃないの、貴方は?」
いきなり話が飛ぶ。
性善説か。人は生まれつきは善であり、生きるうちに悪行を学ぶ。だな。
「俺は、そっちかな。だって生まれたての赤ん坊は天使って、そうだからだろう?」
「私は性悪説派。人はそもそも悪いことが好きなのよ。だって子供って残酷じゃない?けっこう。
周囲が、それはいけません、こうしなさい、こうあるべきですって、善行を教え学んで行く。
人は善も悪も、内包しなくちゃ生きられない生き物よ、無駄に前頭葉が発達しちゃったからね」
お言葉ですが、俺の知人で最も前頭葉主体で生きてるのは阿川じゃない?
とは、怖いので言わず。阿川先生の御高説を黙って聞くことにした。
「だからこそ、親って大変な仕事をしてるのよね。って、私は思ってるの。
親が、その子の為にならないことをしたら、そのまま子に返るのよ、行いは。
一緒に成長していくのも勿論素晴らしいことだけど、ある程度、自分がしっかりしてなくちゃ
子供をちゃんと愛せないと思う訳、私。それはちゃんとするって一人じゃできないこといっぱいあって、
だから、子供って男女の営みの先にあるんだと思うのよ。
男も女も、対極で最もわかんない生き物同士でしょう?それが命の元だなんて皮肉にも感じる」
阿川の家のことを俺は何にも知らない。
ただ、けっこう裕福だし、心の歪みたいなものには無縁だったって聞いてる。
でもどうだろう、この心の在り様は。恐ろしく崩壊した家庭で一人哲学書を読みふけった子みたいな。
「ま、私も小さな頃から、親の病院にこそこそ出入りして、親同士の学者の討論か!みたいな
会話を子守歌に育ったから、こんな堅苦しいことばかり考えてて。
だから、アイツにも生意気だって言われ続けているんだけどね」
「阿川のご両親って、何をしてるんだったっけ?」
「あら、知らなかった?家は夫婦であの産婦人科をやってるのよ。
大変よ、家に帰ってまでも、話題が病院の事ばっかりで。命の生まれる現場だから、
命に重きを置き過ぎる人も、軽すぎる人も、いろいろ見聞きしてしまっているわ。
母は、最近、体調が思わしくなくて、直接、診察や助産は離れているんだけどね」
阿川の話がけっこう面白くて、いつの間にか見え出した新幹線の発着駅。
「ねね、最後になんだけど?」
「ん~? あ、ホームまで送るつもり。駐車場探すからさ」
「そ、それは勘弁!恥ずかしいから、放っておいて。いいからロータリーで降ろして。
で、ね?」
阿川がそう言うならと、ロータリーに侵入する。
そして降り際、阿川がにやりと、顔を盛大に歪め、笑みを作る。
「してみちゃえば?セックス」
「は?! な、何を言い出すんだよっ」
「してみても、良いと思う。カオルは、健としてじゃなく、中舟生くんのこと好きよ、きっと」
「訳、わかんないことを!それに横山にだって、とんでもないって・・・・・・」
「カオルにとっての、セカンドラブ、健くんの旦那様が叶えてあげてもよくない?
おっと、嫌ね、田舎の癖に、追い立てて。じゃあね!」
後続車のけたたましいクラクションに煽られて、舌打ちしつつ、阿川が降りて行く。
後部座席のドアが閉まって。俺は、まだ、阿川と話したくて窓を開ける。
くっそ、煩ぇよ、軽トラ爺~!クラクション連打すんな、近所迷惑だろうが!
ひらひら手を振って、阿川が、駅へ走り去る。
あんの女~、最後になんて、わけのわかんない攻撃かまして逃げやがるんだ!
◇◇◇
どんな、顔して帰ればいいんだ。って、ちょっと俺も動揺してて。
真っ直ぐ帰れず、無意味にコンビニに寄る。
「「あ」」
重なるもんだよな、こういう、時って。
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