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”25” ネコを招待する王子 ‐5
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「和菓子屋のお婆ちゃんにはなんて言ったの?」
「事件のショックで、6年間の記憶が飛んでしまってますって。真実でもあるでしょう?
ね、佐倉さん。今日は隠さず教えて欲しいことがあるんです」
買い足した日用品のあれこれを、二人で分けて持って。
帰路に就く間に、カオルが言い難そうに続ける。
「健が、刺された事件のこと。……ちゃんと嘘なしで教えて下さい。
なんとなく、お婆ちゃんの表情と話し振りから、前に先生から聞いた内容はおかしいと思ってしまいました」
お喋り好きな面々の商店街に、連れ出すのは、やっぱり、しくじりだった。
◇◇◇
ややゲフゲフ咳き込みながら、髪をがしがしタオルドライして。
リビングに戻れば、俺の古くなったTシャツと綿の短パンを着てるカオルが、まるで髪の間から垂れた耳が見えるような俯き加減でダイニングテーブルに麦茶と水羊羹を置く所だった。
「・・・・・・すみませんでした。まだ、喉痛みますよね」
「いいや、だから、あれはあれで美味かったって。ケチャップ足せばもっと食いやすくなる。気にしないで」
「これ、さっきのお店のお婆ちゃんに、後で食べさせてあげなってもらってたから、お口直しに」
ぺこんって俺に頭を下げて、脇を通り過ぎられた時、家のシャンプーやらの、慣れ親しんだ香りを身に纏ってるカオルの手を引きそうになって、いいや、イカン!っと、左手を右手で押さえて堪えた。
今宵のメニューがものの見事に、『冷凍庫・冷蔵庫にあった物で頑張りました』組み合わせで。
鶏胸肉のソテー、ナポリタン、チーズリゾットの三品。
肉のソテーは、冷凍焼けギリな胸肉に、残り僅かなステーキソースが。チーズリゾットは冷凍飯と隅にて固まりかけてたパルメザンチーズで。
食欲不振なカオルは、肉に敷いた分の千切りキャベツと、リゾットだけ。本日のメインは俺だけが食べた。
で、その付け合せでもあったナポリタンが問題だった。なんと、ケチャップではなくて、チリソースで炒め合わされていたんだ。なんで辛い匂いなんだろう、あ~肉の方に何か工夫してるのかなと考えつつ、パスタを口にした瞬間に噎せた。
これは、また、いつもの悪戯か?と、ちらっと、ぼんやり、リゾットを口に運ぶカオルを見れば。
どうかしたのかと、不思議そうに見てて。俺の味覚がおかしいのかなと、次は麺を1本だけ食ってみた。
辛いかもって覚悟しながら食べてみたら、これはこれでアリかなと、食えたので。
そのまま、黙々と食い、しかしやっぱり、喉にはダメージが出て、咳が止まらなくなった。
食洗機の使い方を説明しつつ、二人で片付けをしてたら、カオルが急に息を吞む。
「ケチャップと間違えました!ど、どうしましょう。だからさっきから噎せってたんだ・・・」って汚れたフライパンを持って大慌てする。身体に良くないから、吐いて来ればいいまで言う。
って、洗い物の段階で間違いに気付くなら、炒めてる時の方が酷いと思うんだが。
「けっこう、あれはあれでアリじゃない?」って言ったら、落ち込まれた。
で、食洗機も動き出したし、気を取り直して、先に風呂に行けって言って。
戻ったカオルと交換で、嗽と歯磨きのついでに、風呂に行き。
今朝、寝間着を嫌がるカオルに、「この服下さい」って、珍しくおねだりされて、ん?って首を傾げれば、
クローゼット隅に、捨てようかと思ってまとめてた古着入りの紙袋を持って来た。
それも今朝、一気に洗ったなと思いきや、今夜のパジャマ代わりに着てる。
俺用の水羊羹は、激辛ナポリタンのお詫びの品のらしい。
カオルは自分用のグラスの半分くらいまで麦茶を飲んで、俺が入浴を終えるのを待ってた。
カオルが求めてる「本当の刺された事件」を語るのを、
すべて片付いて、眠るばかりの状態になってからじゃないと話さないと言ったのは俺だ。
大量の洗濯物の処理や、夕飯の支度、夕食、入浴。
それが半端になる状況じゃ話せる内容じゃないと、言ったから、
カオルがチリソース塗れのナポリタン作る程、ボンヤリしてたんだって、考えたら解った。
今後の日程の相談もしたい。
明日からの試験の間の過ごし方と、その後も、カオルが嫌じゃないなら、那須じゃなく
しばらく、ここで暮らさないかと・・・・・・提案したいんだ。
働きたいとか焦る気持ちも、ここなら、解消してあげられるし。
今週中に、ばたばたと丹羽家訪問をこなさなくとも良くなるし。
ま、あの事件を冷静に、カオルが受け止められればに、全てはかかってるんだけどね。
「小野屋さんの水羊羹美味しいよね。けっこう健は好きだったんだ、これ」
「僕達、小さい頃からいくら努力しても餡が食べられない筈なんですけど。健、食べてたんだ・・・」
「うん。静さんが教えてくれた。一番初めに、健に起きたこと教えて貰った時に。
騙してみたんだって、そしたら、食べれるようになったって言ってたよ。
カオルくんはさ、その辺りの絡繰り、わかってるの?」
ぷるぷる首を横に振って、カオルは俯いてた視線を上げ俺を見つめる。
「ごめんなさい。あの事件の後のことは、僕には全然わからないんです。
ただ、僕は、望んで閉じ込められました。きっと健が出口を塞いだんだと思ってたんですが、
それは違うかなって、最近は、思うようになりました。・・・・・・言ってなかったと思うんですが」
「ん?何を?」
「僕が健といた頃のお部屋にあった物は、今はないんです。ソファーの部屋はソファーだけ。
ベッドの部屋もベッドしかありません。みんな片付けられちゃってるんです。
それで、どうしても欲しいなって思えば、出て来るんです。
この間のキャンドルスティックみたいに。ただ、出すとすごく疲れるから、困るんですけど」
へぇ~。この間、様子を書いてもらったイラストは前の健の心の風景なんだ。
「なにもないのか。なんだか、寂しいね」
「はい。で、僕が呼び戻された時はベッドの部屋で。ソファーの部屋との壁がなくなりました」
「一間になったってこと?へぇ~面白い」
「でも、そんなことが出来るのは、健だけなんです。でも健じゃないと思ったんです、この細工をしたのは。
あと、部屋を片付けちゃったのも、健じゃないなって。・・・・・・なんとなくなんですが」
俺のすべき話よりも、急に、カオルは健の心の世界を語り出した。
俺は慌ててしまって、メモと録音機を持って来たいと申し出てみるんだが、
そんなに、大事な話じゃないって、カオルは言う。
なんとか譲歩してもらって、メモだけは出来るようにした。
「ごめん、腰折っちゃって。続けてくれる?」
「佐倉さんには、言い辛くて、言ってなかったんですけど。健には会ってました。
佐倉さんに僕等のことがバレるまで、時々なんですけど」
「え、会えないって言ってたのは・・・・・・」
「嘘じゃないです。佐倉さんに僕等のことを話して以来は会えてないです。
それに、元々、僕の会いたい時には会えないんですけど」
カオルは、所在無げに、空になったグラスを手慰む。
「ある日、僕、目覚めたら、ベッドにいて。手に、ママのコットンブランケットを握ってて。
そしたら、健が天井から落ちて来たんです。ゆらゆらって。で、ベッドに着地して。
ブランケットは健が眠る時になくてはならないモノで、それをかけてあげました。
健からは「もう、戻りたくない」って思いがいっぱいなのが伝わってきました。
それで僕が健を撫でてあげてると、壁が消えたんです。
ビックリしてそっちを見てたら、健がベッドから毛布ごと消えていて」
「それから、会ってないの?」
「時々、ベッドにふらっと現れました。でも、来てて会っても、いつも眠ってました。
で、急に起きて、やっぱり出たいって言った時、が、あの……日で」
あ~、俺にみつかったって、カオルが言ってる俺の夏休み前日か。
俺は、無言で、わかったよって感じで頷いて見せる。
「それからは、一切、現れてくれなくなりました。状況も知らないで、僕は、とんでもないことをしました。
きっと、傷ついちゃったんですね、健すごく。芙柚の盗作の件なんか、言うんじゃなかった」
カオルは辛い時、浅い溜息を何度もつく。
ああ、そうか、これは芙柚が音にしたくなる切なさがあるよな。俺には芸術面の才能ないんで無理だけど。
ほんっと、健には、ない、こういうの。
「結果論から言ったらしょうがないよ。あの時のカオルくんは、そうしないと自分が保てなかったんでしょ?」
しかもさ、ほんっと~にっ!こうだよな。
「いいよ、強がんなくてさ。一番、傷ついたの、カオルくんだったんでしょ?
俺のこと好きで、甘えたで。俺が現れたら、傷ついただの死にたいだの言って自分に閉じこもろうとしたのも、
あっさり撤回して外に出たがる、能天気な健に、八つ当たりしたかったくらい」
ほらね?目を剥いた。
カッコつけて、嘯いたって、わかるんだってば。ツンデレくん。
「そんな、カオルくんも、強がれないようなことを、俺、これから言わなきゃいけないんだ。
言うのより、聞く方が絶対辛いってわかる。だからさ・・・・・・」
「・・・・・・いいです。覚悟してますから。変に気を使われて嘘をつかれるより、
僕は、本当のことを、知りたいです。どんなに、ショックでも。
だって、こんなに幸せいっぱいな健が、自分を放棄したくなることだったんでしょう?この傷の原因は」
叶うなら、まだまだ先延ばしに、したかったよ。
カオルまで、失っちゃうリスクが、ものすごく高いんだもんさ。
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