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”29” 王子パパ meet ネコ ‐4
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◇◇◇◇◇
また、もう、固定かってくらいに「しつこい」って言われ、別れて来た大切な人が。
「……来ない。何故だ」
俺が乗ったのは9:50発。数分刻みに出てて、10:40になった現時刻。かれこれ1時間になる。待ち合わせは地下鉄口辺りにしてて。人の波が多く寄せる度、失意にくれる。
LINEは10時ジャストに到着してるよって、俺が送ったのが10:03に既読がついて以降、既読スルーのまま。
「電話だ、電話する。もう耐えれないっ」
って。……ワンコールで、切れたんですけど。
ええい、奥の手使うか。こっそり入れておいたGPS追跡アプリを覗く。
「カオル……め」
俺は、猛然と憎々しげに光る点へ駆け出した。
「お疲れ様です。浮気者さん」
小柄な男子でコーラルピンクのパーカー着用なら目立つに違いないと着せたのを脱いで、ショルダーバックにしまって。短い袖口からがっつり引き攣れた傷が見える、健のお気に入りT シャツ「R フィンランド」(健命名、薄い青無地にスカンジナビア十字風な位置に白抜きのラインが入るから)1枚で、悠長にカフェオレを飲むカオルを、ゼイゼイ息を弾ませて睨む俺が悪目立ちした場所は。
「なんで…紀伊国…屋…書店、の、カフェにっ、いるの!待ち合わせ場所通り越してッ!!」
「2本後のに乗って無事に着いたら誰かさんは見えず。謎の女子達に囲まれていらっしゃるなんだか僕の知人によく似たイケメンさんが居て。大変声がかけにくかった為、僕の一番落ち着く外出先に出向いて本を物色し出したら、やっと電話が鳴り、少々騒がしくとも周囲に迷惑な場所ではない所はと考えて移動して待ってみた……以上、僕がここにいる理由を説明しました」
着いてんならッ!って、また、文句を吐き出す俺を手招き、座席脇の荷物を退け、そこを指差した。
「アイスコーヒーで良いですね?」
って、俺の着席も確認せずに荷物も置きっ放しで購入カウンターに行ってしまう。
……なんて土曜日のカオルを脳裏に思い出しながら、翌々翌、水曜日の今日の俺は、JR上野駅構内を直走っている。
なんでって?今度は、新宿駅で山手線に乗り換える時、わざと迷子になって、俺が辺りを探す隙に、自分は別車両から乗って先に上野に向かって居やがったカオルから、既読もなにもつかないLINEの返答代わりに、Eメールがピロンって届き。「チケット買っておきますね。とりあえず、駅の中の販売所近くにいるつもりですが、また、勝手に探して来て下さい」って内容を見て、追いかけてるって結果だ。
「なんで、じっと着いて来たりしないの!手繋ぐの嫌って言うから、自由にすればっ」
「田舎の女子供じゃないんですから、目的地に着けますし。佐倉さんは過度の心配性なんですよ、ハイ」
公園口改札近く、構内事前購入チケットショップ脇の壁に凭れて、ひらひらチケットを振って俺のダッシュで現れた姿に嫣然一笑するカオル。今日のTシャツ「オーストリア」(これはカオル命名、土曜日に購入した赤無地に太い白抜きのラインが入ってる)を5分丈袖をわざと腕まくりして傷を晒して待ってた。
「前回はナンパされて、今回は子供にぶつかって。ほんと誰にでも優しいんですね」
チケットを手渡し、俺の数歩前を軽やかな足取りで歩いてくピンクのハイカットスニーカーのカオル。
また、目印のピンクのパーカーを脱いでやがる。
確かに!カオルの言う通り。
前回は、ナンパ目的と知らず、道に迷った地方出身者を装うあざとい女子達に囲まれて、訪ねられた道を教えてたさ。(その後、良かったらお時間あるならお茶でも~の、発言にハッとしたさ)
今回は、カオルがちゃんと着いて来てるか心配になって振り返り、その瞬間、すごい勢いでぶつかった男の子が転んで、抱き起し介抱してたさ。(で、それを追いかけて来た若い母親らしき人に、お礼にお茶でも~って言われ、これも新手なナンパ手口か?と驚きつつ、断ってたさ)
「待って!また、先に……」
「僕が着いて行くより、追いかけた方が見失わないんじゃないですか?」
うっ、確かにそうかもしれない。
ってことで数歩後から速足のカオルを追う位置で、話をする。平日の公園口改札はけっこうスムーズ。
でも、上野公園内の評判の展覧会会場には、わざと、ラッシュ時間を避け遅く出たから、開館時間を過ぎているのに1時間待ちの列が出来てる。
追いついて横に並ぶと、カオルが空を仰ぐ。今日は天気予報が雨。まだ降り出してはいないが、傘は持参してる。残暑の雨降り前はジメジメが半端ないのが東京の裏名物だって俺は思ってる。
「降りそうですね。あっ、降って来た!」
え?って俺は手を広げ天に翳す。ん?って数刻そのまま待たないと雨粒を感じなかった。
健って、誰よりも雨に早く気が付くんだよね。これって、高校の時に一緒に居てわかった。野外で地面の一滴の点と同時くらいに、降って来たって言うことが多くて。だからなのか、俺達は急な雨にあんまり濡れずに済むんだ。どうしてなのって聞けば、わからないって言う。この小さい体のどこかに雨降り感知レーダーみたいなのを生来仕込んでるに違いない。
「もうすぐ庇下なんだけど、差します?」
「カオルくん、病み上がりでしょ。ほら、上着も着て」
「え~暑いんですよ~嫌だ~」
カオルは、俺の差しかけた傘の下、自分のを広げず唇を尖らす。
土曜日の買い物で、やっぱり若干無理をしてて、体調を崩し、日曜日、「暑いから東京嫌だ」って言われ那須に帰り。夏風邪を引き込み、寝込んで。回復してきたし、イケるかなってことで、翌々週の日曜に東京に戻って様子を伺い。月曜は休館日で、休み明け火曜は混むのが当然かなって延期し。
で、今日。中日でしかも雨予報。皆が出かけるのを渋るであろうと読んで、来てみた。
「空いてると予想したのに1時間待ちか~。皆、暇だな」
「聞こえますよ。ほら、もう庇。傘閉じて下さい。男同士で相合傘なんて、もう、恥ずかしいなぁ」
「だって、カオルくん、風邪治ったばっかなのに差さないんだもん。仕方ないでしょ」
「仕方なくないです。小雨だし、まだ夏の雨だもん平気でしょ」
「はいはい。ほら、列が進んだから歩いて」
子供みたいに拗ねたり怒ってみたり。此間も今日も確実にヤキモチで俺を振り回したカオルは、健にはない情動を堂々と表に出す気質を遺憾なく発揮してる。
幼いかと言えば、そうではない。これは、敢えて、この性格を前面に出してるんだ。小さな女王様気質って言うのかな?でも俺とかみたいな、恋人を甘やかしたいタイプには堪らなく魅力的に映る。
ちょっとくらいの我儘は叶えてやりたくなるんだよね。
「むぅ~あぁ~。もうっ、蒸し暑いぃ~」
「冷や汗いっぱい掻かされて俺はまだ暑くないよ。めっちゃ心配させられたし」
「勝手に掻いて文句言わないで下さい。う~那須に身体が慣れちゃってるからですかね?こっち来るとキツイです。これでも残暑なのか~」
俺に無理やり着せられたパーカーの前合わせをハタハタ翻し、カオルは自分に風を送ってる。
あ、そうだ。確か……。うん、あった。
「なんですか?これ」
「あ~さっき構内で貰ったんだ、PRのお姉さんに。どこかの県産品販売店のチラシ代わりじゃない?」
正直、微妙なゆるキャラと風景写真の丸い厚紙に穴の開いた、団扇代わりにもなる広告。
カオルを追うのに必死になってて、貰ってショルダーバックのサイドポケットに突っこんだままだった。
「京都か~つまらなかったな。修学旅行が京都だったんです」
「え?あ、そうか。東京の子だもんね。俺は中学は東京方面だったよ。今思えば田舎者のガキ集団だったんだよね~。俺も殆ど、思い出ってないかな。えー東京?くらいで。何度も来てるしみたいな」
「僕は初めてでしたけど。期待してたところが、もっとゆっくり外野を気にしないで見たいのにって感じで。
京都って集団でワイワイ行くところじゃないですね。素敵な場所なのに楽しめなかった。高校はどこだったんですか?」
「韓国。俺と健は行かなかったんだけどね」
「え?どうして?」
こっそりカオルに耳打ちする。
「健が風邪引いて行けなくなって、俺もサボって。二人っきりでこっそり2泊3日京都旅行に行った」
「う、嘘~。信じられない……なんて高校生だったんですかっ」
うっすら赤面するってことは、どんな旅だったか想像できたからじゃないかな。
実際、想像通りだけどね。健の初ドライ記念旅行。あ、俺だけそう記憶してる日。言葉にしたら怒られる。
雑談してる間に、ずんずん列は進んでく。今日はさすがに平日で。客層が見事に女性が多く、男性も中高年の落ち着いた世代ばかり。時々、俺達くらいのコイツ大学サボって来たなって奴等が見える程度。
「俺、初めて来るよ、都の美術館。カオルくんは?」
「僕は何度か来てますね。だってそうそう見れない人のとか来たら、見ておきたいですし。
上野は独りでよく来てましたよ。国立美術館も博物館も好きでした。あと、科学博物館も面白いです。
ついでに公園でのんびりも出来ますし。息抜きには良かったので」
「前って、どこに住んでたの?」
「杉並区の西荻窪です。新宿近かったし、ふらっと買物にも来てましたよ。僕としては佐倉さんの住まいの選定基準が謎でしたけど今日わかりました。あくまで健の通学しか考えてないんですね」
あ、そうか。東京のここに住んでるかって理由は詳しく話さなかったか。
カオルの言う通り。俺は健が電車に乗らずに大学に通える場所、それだけで住所を選んだ。
それ以外考えてもいなかったとも言える。
「丹羽家も一緒だよ、横浜の住所を決めた理由。
ま、その頃は、芙柚も大学地元だったからね、二人ともそこに通うならって発想だったみたい。
電車、好きじゃないのは、昔からなんでしょ?」
「そうですね。僕達が、もっと男の子らしければ良かったんでしょうね。でもそればかりは選べませんし」
丹羽さん達に聞いたことがある。今の住む場所の候補について。
丹羽さんのプランならば、健は、今頃日本にはいなかった。
中学3年のコンクールで好成績を収め、その場には芸能界からのスカウトが来ている。容姿、実力ともに、健はプロのピアニストとして、高校のうちからメディアも含める活動して、大学は海外の有名音楽大学に進むってことになってた。で、高名な師に師事し、世界的なコンクールを目指すって生活。
で、もしも、そうじゃないならば、健の夢である医者にする為に、俺の通ってる大学に行かせる。
その予定があったればこその、居住地の選択だった。
「でもね、僕、もう、電車はラッシュじゃなきゃイケると思いますよ」
カオルが、悪人風に、ほくそ笑む。
「この傷、役に立つんです。きっと僕が屈強な男性なら箔が付くんでしょうけど、そうじゃなくても。
僕みたいなモヤシっ子がこんな大きい傷を持ってて、周囲の好奇の目を引くけど近寄り難くなるのか、
僕の周りに人が寄らなくなるんですよ。で、それを気に病まない様に平然としてれば、なお。
うふふふ、大発見しちゃいました。これこそ怪我の功名かな」
「……微妙に意味が違うでしょ。俺はちょっと嫌だな、その活用方法。悲しい」
カオルは「言うと思いましたけどね」って肩を竦める。
あの事件からの苦しんだ日々を超えて来た俺達には、健の傷は悲しみの証にしか思えないんだ。
「最終的には、自衛手段をもっと覚えてもらうつもりでいるよ。これからも心配は尽きないよ」
「え~まだ、僕、お勉強があるんですか?って言うか、体育ずーっと3以上上取れたことないんです。
身体を鍛えるとかは勘弁して下さい。基礎体力を上げて健康にとかは、追々、していくけど」
「だね~。本当に運動ダメだよね。金槌らしいよね?」
「煩いですよ。いいんです。海や川で遊びませんから」
真面目な話から、冗談までいろんな方向に飛ぶお喋りで、俺達は待ち時間を楽しく過ごし。
順番待ちで入れた展覧会で、ダ・ヴィンチの絵と同時期のルネッサンス絵画をじっくり見入った。
いいもんだね、芸術絵画の鑑賞ってのも。
ミュージアムショップで、うんうん唸って、何でも欲しくなってるカオルを見てるのも面白くて。
買ってやろうとすると、「絶対、後で健に怒られますよ!」って止められた。
ダ・ヴィンチが左利きで、手稿に鏡文字が使われてるなんてのの本物を見た後の興奮が
展覧会を見たくて、俺に行く先を変更させたカオルには、堪んないんだろうなって、つい微笑ましくなる。
また、一生懸命に見ちゃうから、昼飯時をかなり過ぎて、上野の駅ビルとかで適当に食う羽目になり。
「はい。カオルくんのでもあるから、見ていいよ」
「公式図録なんて買っても邪魔になるだけなのに~。しかも豪華装丁版なんて!
でも、見たい~。んふふ。あ~手稿すごいですよね~」
注文品が来るまでの間も待てずに広げてるし。
「ダ・ヴィンチって左利きだったんだね。あ~健に勧められたんだけど読んでないんだよな」
「ダヴィンチコードのことですか?なら、僕が買った本だ!健も読んだんですね。なんて言ってました?」
「ミステリーで、すっごく面白いよって言ってたけど、分厚いわ重いわで、パスした。え、あれってカオルくんが買ってた奴?なんか、けっこう値段しなかったあれ?」
「ああ、愛蔵版を買ったんですよ。初めは図書館で借りて読んで、作中に出てくるのが、どんな美術品なのかが気になって、作中の作品写真入りの愛蔵版もあるよって司書の先生が教えてくれたので。
どこにあるんだろう、懐かしいから読みたいな」
「ん~かなり健も気に入ってたみたいだからな~。佐倉家にあるのかな、もしかしたら家に持って来てるかも。
帰ったら見てみなよ、健の部屋」
あ……やっちまった。禁句だったのに。カオルは黙り込んでしまった、あんなに上機嫌だったのに。
カオルは実は、まだ、健の部屋に入ってないんだ。なんやかんや言い訳してるけど。
俺も、なんとなく気持ちは解らないでもないから、入用の物は代わりに取りに行くようにしてる。
……どうしよ、参ったな。
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