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”31” 王子、待ち猫、来りて……? ‐1
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side 爽
「ルノワール、ドガ、ゴッホ……色々来るんだ~でも神戸は行けないな~」って。
ぽつりと独り言をカオルが言ってた、この間行った展覧会の会場の、他館のポスターの前で。
その前売りチケットを、実は今日、買ったんだ。なんでもロシアの美術館所蔵の絵が来る絵画展。
どうせ、現状、毎日を自由にスケジュール組めるんだから、神戸って俺も行ったことないし、旅行がてら行こうよって誘うつもりで。
神戸って、年末に向かって、ルミナリエとか、楽しそうなイベントがあるし。
一度、健と見に行ってみたいなって思ってたんだよね、超混むんだろうなって諦めてたけど。
会期も9月後半から12月初旬にかけてだし。12月のギリギリに見に行けば両方楽しめそうだし。
神戸に行ったんなら、あの辺りで、カオルの好きそうなテーマパーク系に行ってもいいんだ。
カオルは好きかな~、俺と健はめっちゃ好きなあの小説の街が再現されてる超有名テーマパーク。
絶対、初めて行くと思うんだ、俺も、実は行ったことないし。
展覧会見に行こうよって誘えば、勿体ないし、健に悪いって反対しそうだから、
「残念~、チケットは、もう買っちゃったんだよね~」って、見せて、文句を言いつつ嬉しそうな顔を見て。
一緒に、ルミナリエの時期は激混みらしい、ホテルを、ネットで探そうって、それも楽しみに帰って来た。
長めに行って来れるよね、せっかくだし、色々、見に行こうよって誘う。冬の京都なんかも良さそう。
大阪で食い倒れてもいい。東北人な俺にとっては、関西って響きだけで憧れがある。
あれこれ行ってみたい場所がいっぱい想像出来ちゃうんだ。
……そんなことを考えながら、帰った道程のことを、
カオルの腕に、久しく見てなかった、繋がった点滴のチューブを眺めて思い返す。
処置が、阿川のお母さんの手で、改装中部分のマタニティークリニックの個室で、
急遽入れてもらったベッドに横たわるカオルに施された。
阿川に似た、ふんわりほんわかな容姿なのに、けっこうキツイ彼女。
「今時の医学生の卵が服薬自殺なんて馬鹿げてるし、なんなの、こんな量で死ねるわけないのに。
家のスタッフに無駄な労力を使わせる気はありません。あなたが見てて、急変の時は私の携帯に連絡を」
「あ、の。胃洗浄とかは……」
「感染症、腎機能、肝機能、血球は診ました。今回は必要ありません。まあ、明日の午後ぐらいまでは余裕で寝ているでしょうね。
点滴、明朝に替えに来ますから、それまで、何ともなければ、大丈夫よ。後遺症云々も平気ね」
念の為に持参した、残った睡眠薬は没収されて。深い溜息をつかれた。
全部飲めば、確かに死んだかもしれないんだそうだ。
「持っていらしたのが、亡くなったお祖母さまなのね。古い薬をよくもまあ持っていたものね。
遺書とかはあったの?あ、そう、ないんだ。なら、死ぬつもりじゃなかったのかもね。
ま、起きたら本人に聞きなさいな。起きた後も、暫くは苦しむでしょうけど。目が覚めたら退院していいわ」
遅い夕食時頃に、やって来た俺達にそれを告げて、あ~今夜はもうスーパー行けない!って、
呆然とする俺を置いて、バタバタ帰ってしまったんだ。
阿川は剣道サークルの活動日だったようで、夜中近く、熟柿臭い息をして、俺達の所に来た。
飲んでも飲まれない女の代表例な奴は、俺に、夕飯兼夜食を買って来てくれた。
「ごめんね、来るの遅くなって。親が連絡くれなくてさ。信じらんないよね、友達がこんなことになってるのに。
処置だけして、もう、寝てるわよ。私、知らなくて、サークルの練習お疲れ飲み会に行っちゃっててさ~。
家に帰った時、兄貴が居て、『お前の友達が自殺して入院したっぽい』って聞かされて。
もう、叩き起こして、顛末は聞いて来たんだけど。どういうことなの?」
お兄さんに車を出してもらって阿川が買って来てくれた弁当屋の唐揚げ弁当を、もそもそ食いつつ。
俺が発見した現場を掻い摘んで説明した。
阿川は酔い覚ましにだろう俺に買ってくれたのと同じペットボトルのお茶をぐいぐい飲んで、黙って聞いてる。
差し出されるまで、俺は空腹なことを忘れてた。横山のケーキのバカ食いを見て胃もたれして昼飯を食い損ね、カオルに土産に買うつもりのケーキを1個追加して、帰ってから一緒に二人でお茶がてら食えばいいくらいに考えて来たから、昼夕、抜いてて、今ってことになる。
「ふう。そうなんだ。どうりで、今日、私の顔が見えたら、横山くんと逃げた理由がわかったわ。
ま、私も嗾けた手前、責任はあるでしょうね。カオルって、ナイーブだものね。貴方に気付かれない様にしててもずっと苦しんでたのかしらね、身体の関係まで進んだことで良心の呵責とかに」
「……やっぱり、そう思うか?」
「ん~それ以外の理由を探すのが難しくない?でも、違う気もするんだよな……。
この子って、そんなに浅はかな子じゃないと思うの。健くんよりも、冷静で、自分の役割とかわかってる子でしょう?なんか、納得いかないんだなあ……横山くんに意見は聞いた?」
あ、まだ、全然、そんなことまで考えられてなかった。
俺の顔色を読んで、阿川が手を合わせる。
「ごめん、なかったよね、そんな余裕。私も、ここに運び込んでくれなきゃ、わかんなかったもんね。
しかし、家の母親とダンディーパパさんが友人だったとは知らなかったわ~。健くんの転院の時なんか全然相談されなかったのよ、母親に。候補にしてたなんて初耳よ」
「え?そうなんだ。てっきり知ってたと思ってた。なんで、話さなかったんだろう?」
「あ~多分、痴情の縺れね。母親、大学時代に大失恋したらしいんだよね。付き合ってた男がデキ婚しちゃってってさ。年下のサークル仲間だったって、あの人、酔った時に言ってたんだ~。よもや誰かのお父様だったとはね~。世間は狭いわ」
けらけら阿川は笑いだす。お、おわ~ディープなお知り合いだったんだ親父の。
どうりで俺への当たりがキツイ訳だ。ん?阿川のお母さんってお幾つなんだろう?
「凄いの、4年の時の1年と付き合ったんだって。しかも、母親1浪してるから5歳違い。言われてみればパパさんにぴったり該当するわ。田舎者なくせにイケメンでけっこうデキる奴で、やったらモテてたんだって。
研修医生活でボロボロな時に掻っ攫われたんだってさ」
「その結果の二番目の作品だよな、俺は。うわ~けっこう、キツイは~それ」
「多分、自棄よね、結婚も。私、兄貴と母親違いなのよ。年離れててさ。後妻に入っちゃったんだもん。
後期研修期間に転向して婦人科医になってそこで一緒になった指導医の友人だもん、家の父は。
で、私が生まれることになって?」
「あ~俺は親父の研修医初年度に次男として生まれました~。って考えてみると、親父もハチャメチャなことしてたんだな。同世代になって見るとけっこうとんでもない。もう、親父は俺の年で一児の父になるかならないかって頃なんだ。なんか笑える」
深夜に病院の中で、不謹慎にも、俺達は親の恋愛を想像して、ゲラゲラ笑ってる。
カオルはすやすや深い眠りについてる。
きっと、阿川は、俺が少しの間でも、落ち込まないで済むように、こんな話題を振って盛り上げてくれてるんだ。
「人生ってわかんないもんね。いっぱい気が付かないで過ぎたり、目の前に来てたりする分岐があって。
出会いや別れや、生や死や。健くんももう逃げられないんだから、観念しなきゃならないのにね。
私ね、中舟生くんも悪いと思うのよ。あ、今回のは貴方のせいなんかじゃないの、それは気に病んじゃダメ。
健くんが弱いまんまでいてもいいって、心のどこかで思ってたんじゃない?」
「……健は皆が思うほど、弱くないんだ。素地はちゃんとしっかり男の子なんだ」
「そうなんだ。じゃあ……」
「うん。こんな事件が無ければ、暴かれずに済んだことを、俺は暴いてる。
これを覆い隠して生きてられた健はけっこう強い。多分、カオルが知らなかった別の何かもまだ隠れてるっぽいし。
もっと健が性根も弱くて折れててくれたら、こんな辛い今がなかったんだろうなって。早く目覚めてくれて絡繰りを語ってもらわなきゃって思う。
今回のことは健が関知してるとかはわかんないけど。でも、なにかをしようとカオルはして、その結果がこれなんじゃないかなって。
カオルは健を守りたいって思ってるのが、なによりもの行動規準なんだ。
きっと、突発的とか自暴自棄とかじゃない」
阿川が皓々と明るい光の下でも眩しそうにもしないで昏々と眠るカオルの頬を撫でる。
「カオルくん、もしかしたら、たくさん眠って、健くんの説得に行ったのかも知れないわね。
私が感じた一本気な性格の彼ならやりかねないわ。
健くんは私の目には、ただ大人しくてひ弱な男の子にしか見えなかったけど、芯の強さは感じていた。中舟生くんの言ってるのはそれね?」
「うん。すっげぇ、頑固なんだよ?俺には時々見せてた顔なんだ。その点、カオルの方が揺れるし優しい」
「あ、わかる~。可愛いよね、うんうん。私もカオルくんと遊びたい~。今度は誘ってよ。
カオルくん嫌がるかな?ま、邪魔は邪魔よね~」
目覚めたら、訊いてみてやろう。阿川が一緒に出掛けたいって言ってるよって。
喜ぶかな、困るかな。
「そうだな。実は、今週末にでもカオルの髪を切りがてら、横浜に行くつもりだった。
カオルが嫌がったら無理だけど、良いって言ったらさ、次の週末とかでよければ一緒に行く?元町近辺なんだけど」
「うそ、あの辺のサロンで切ってたの、健くんってば!お洒落さんなのね~」
「モデルの義兄さん達の縁でだな。ご用達な店がけっこう多くてさ。俺も健の2度目の散髪に付き合った時にビビったんだけどね~」
「そう言えば、健くんの通学バッグ、キタムラだもんね~。本人言われてきょとんとしてたけど」
「あれは、お義母さんからの入学祝い。健、ブランドに疎いからね」
夜勤の看護婦が、どうやら、阿川のお母さんに指示されてたようで、様子を見に来てくれた時、「お嬢様まで何をなさってるんですか!」って叱られて、帰って行く。
それまでは雑談に花を咲かせてて、目の前のカオルのした行為に向き合うことから逃げられたけど。
また阿川が朝食を差入れに来る、学校に行く前に。
それまで、この件は、横山に伝えるべきか、それ以上の、小田や井田にも話すのかを考えて置けって。
横山、昨日の今日だもん、すんげぇ激怒されそうだよな。
「順調に、出てるわね。大丈夫そうよ」って、看護婦さんに排尿のパックを交換して行かれた。
カオルの身体にされてる処置は、毒素を体外に排出するための、点滴とカテーテル。
俺の大騒ぎの割に、実にあっさりとしたそれを。落ち着いてからなら、当然かって思える。
さっき、阿川が「胃洗浄する現場とか、愛する人のは見れないよ。絶対辛すぎる」って言ってた。
本当に、死ぬ気なら、きっと、カオルは飲んだよな。
また、思考の渦に飲まれてく俺は、絶対に、カオルの目が覚めるまで、一睡も出来はしない。
静さんは、どうしてこんなものを、残したんだろうな。
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