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”31” 王子、待ち猫、来りて……? ‐2
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翌日の午後、14時過ぎ。カオルは目覚めた。
朦朧としてるから、俺の呼びかけには一切答えず、阿川のお母さんが
「健くん、佐倉健くん。わかるわね?じゃあ、ちょっと簡単にテストね?」
って、意識があるかどうかのチェックをして、「ハイ」「イイエ」程度の発声を聞き。
夕方には、退院していいと言われて連れ帰る。
支えられながら、ゆっくりと歩くことも出来た。
阿川が、大学から講義が終わってすぐに帰宅して来てくれ、俺達を見送ってくれた。
「ごめんね、母、今、通常は診療しないで、家事に専念してるの。私の高校の時に、ちょっと厄介な患者と揉めてね、母の心にダメージが残っちゃって。無理に医者をしないで済むならしないって。
だから、特例だったみたい、貴方達の事。ただね母親業は手を抜いたことのない人なの昔から。
兄貴もドロップアウトしちゃったけど、その辺りは尊敬してるから家族でいられるの」
「ドロップアウトって?」
「あ~実は、一応、私の学校の学部の先輩だったの。中退して六本木でバーテンやってま~す。今度、店教えるから飲みに行ってやってよ、安くさせる」
「あれ?昨夜、家にいたよな?金曜夜に悠長な店だな、オイ」
「彼女の誕生日だから、お祝いする為に休みを取ってて、一昨日振られてやんの。可哀想だから弄らないでやって。兄も妹も平凡顔なんでね、恋愛事が大変なのよ。労ってよ」
気の毒だけど、ちょっと笑えて。二人して忍び笑ってたら、先に車に乗り込んでて、うっすら眠そうに目を開けるカオルに無言で帰宅を催促された。
さっきの阿川のこととか、色々話しかけても、眠そうにして、ボンヤリしてるから、リクライニングシートのカオルをそのままさせたいようにして家まで帰る。
駐車場に着いたとき、浅く眠っていて、そのまま姫抱きで、部屋まで連れ帰った。
ベッドに着替えさせて寝かせる。あ~ちょっとパジャマは代わりの古着は寒いかも知れないと寝間着でもいいってきいたら意識はあったみたいで、こくんって頷いてくれた。
「何か、食べない?昨日の朝、食べたきり食事してないよ?軽いの。水とかは飲む?」
「……林檎ジュース飲みたい」
カオルにしては珍しいなって思いつつ、健の好きなブランドのヤツを持ってって抱き起こして宮にクッションを当てて凭れさせ、飲ませてあげた。
「もう、いらない?ん~夕飯に、お粥にする?あ、饂飩、軟らかく煮ようか?」
「……お粥がいい」
「味、何味にする?薄く塩味の卵粥でどう?」
「……白粥がいい」
ん?
つい、まじまじとカオルの顔を眺める。
カオルが嫌がるものばっかり、リクエストしてない?さっきから。
目を開いてるだけで辛そうで。ぼんやりしてる瞳。ちょっと微熱があるんだったね。
しばらく、後遺症って程じゃないけど、ボンヤリしちゃうか、眠りたがるか、ちょっとした幻覚症状に苦しむかするかもって、予測を阿川のお母さんから聞いて来てる。
カオルらしくなくても、仕方がないのかも。
「起きてたくなったら、起きておいで。眠いとか怠いときは寝てていいよ。
なんか持って来ておく?退屈しないかな?」
ぷるぷる首を小さく振って、ずるずる布団に潜ってく姿を見て、眠りたいんだなって。
「お粥、作って来るね。待ってて」
微かに、こくんと頭が揺れた。あ、美容院にキャンセル連絡、忘れて……ま、いっか。
後で来週末の空きを聞くついでに謝っておこう。
カオルに何事かあってもわかる様に寝室のドアを全開にして置いて、静さんのレシピノートを開いて真剣に忠実に作るんだ。静さんみたいに早く元気になってくれって祈りを込めて。
あ、俺のは……もう、何でもいいや。カオルが残ったのを貰ってもいいし。
何かおかずも作ってあげるべきかな~って冷蔵庫を覗く。ん~でもずっと食ってないんだし、あんまりなのはなあ。カオルを一人にできないから追加で買い物も行きたくないし。
お、鶏もも肉発見。野菜室を見てみたら根菜もあるし。スープ作ってあげよう。
いそいそと作ってたら、ふら~って、カオルが起きて来て。
どうしたんだろうって思いつつ、「どうかした?」って、一声かけて、返事もないし、放っておいた。
両方、鍋に仕込んで火にかけてから、カオルの様子を見てみる。
ソファにぺたんって座って、じっとジンベイザメのぬいぐるみを見て、きゅっと抱いて。
コロンって寝そべった。枕にしないで抱きしめるなんて、なんからしくない。
それで、俺をじーっと見て来たから、目があって。
「ん?どした~何か欲しい?お腹空いちゃったのか?
あ、ごめん、ドア開いてて煩かったのか?ちょっと心配でさ、もう、起きてられそう?」
昨晩、阿川が、もし何か理由があるとしても、自殺を考えた可能性が高いんだから、本人が話し出すまで普通にしてた方がいいかもねって言ってたのに、俺も賛成で。
問い質したい気持ちを押し込めて、カオルになるべく普通に話しかける。
おっと、粥の土鍋が吹いた。確か……
「火を弱めて、蓋をずらして?火傷に気を付けてね」
「あ、うん。ありがとう。……あの、さ…」
指示通りのことをしながら、考え込む。
……この口調。
……気遣わしげな目配り。
食い物の好み、着るものを嫌がらない従順さ。
はっとして、俺は、リビングに駈け出す。
「健!なあ、健だよな?!」
抱き起してた。そして、力いっぱい抱き締めてた。
ふふって、ふんわり、笑う声が漏れる。
「やっぱり、爽くんにはわかっちゃったね。……ただいま」
ぬいぐるみから手を放して、俺の肩に、両手をそっと乗せて、俺の胸に頬を擦り寄せる、この仕草。
俺の目から、勝手に、涙がボロボロと溢れ出す。
「ごめんね。泣かないで?お願い……爽くん」
「健、健、たけっ、るっ……。は、っ。ぁ、健……」
おかえりって言いたいのに、俺の口は壊れたみたいに、健の名しか紡げない。
俺の涙が、健に伝染って、健も静かに涙を流す。
やっと、やっと、帰って来たんだ。俺の健が。
◇◇◇
「椅子で食べる」って言う健の意思を尊重し、ダイニングセットの方に座らせ。
「ね、自分で、食べれるよ、爽くん」
「ダメ、俺にさせて。はい、あーんして?」
大概は向かい合わせなのに隣に座って、木匙に載せた白粥を冷まして小さな口元へ運ぶ。
渋々、顔を赤らめて、小さく開く口へ、白粥が落ちてく。
「ん。美味しいね。爽くん。お粥炊くの上手になってる」
「鍛えられた。カオルに」
「え?カオルくんって、わかってて……え?」
「カオルは白粥嫌いって言うわりに、ここんとこ体調崩してばっかりで。
嫌がりながら食べてたからさ。味付きのも具入りもけっこう及第点を最近はもらえてたんだ」
カオルに習った付け合せのおかかを、次の一口には載せてあげる。
口に入れる前に、懐かしそうな笑顔になる健。
「カオルくんのお得意な奴だ。簡単だけど美味しいよね?
そっか、爽くんは、カオルくんって、わかって一緒に居てくれたんだね」
「うん。気がつけて良かったって、思ってるよ。食後に、健が大丈夫なら、ちょっと話そう?」
表情が惑って揺れるのが分かったけど、避けられないよなって覚悟してくれたのか、こくんって、健が頷く。
「爽くんも、なら、食べなきゃ。爽くんはパンにしたんだね?」
「うん。けっこうチキンスープ、味が濃くなっちゃったんで、トーストしたイングリッシュマフィンにチーズ載っけたのと合いそうだなって。
健のはミルク入れて割ったから、マイルドな筈」
「うん。優しいお味になってるよ。こんなスープも出来るようになってるなんてスゴイね」
健が、健じゃなくなってから、半年になろうとしてたんだもんさ、俺だって色々出来るようになったんだよ。
って、言いそうになって、その言葉を飲んだ。
きっと、悲しませることになるって、わかるから。
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