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大誤算っ!
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翌日、俺は再び桐生家に足を運ぶことになった。
先に大きい荷物を運びたい、とのことだそうだ。
平日だったので、学校帰りに寄ることにした。
親父は仕事の引継ぎが済んでいないらしく、同行はしていない。
電車に揺られながら、今朝のことをぼんやりと思いかえす。
会社に行く前、親父は、せっかくこの日のために借りてきたのに、とオンボロ軽トラを見ながら嘆いていた。
こんなボロ車に乗せられても、近所に恥を晒すだけだろ、とよれた背広男に氷柱を突き刺してやった。
実際、俺は嫌な思いをした。
昨日、桐生家からの帰りの車内で、流れる景色に見飽きたのでTwitterを何気なく見た。
そしたら、まぁ、書かれてるは書かれてるは。
ボロ軽トラの写メと共に、無駄に”ww”が羅列した投稿が。
多分、俺のストレート発言の被害者の仕業だろう。
近所にもたくさん居るし。
俺の悪行が引き起こしたことだから、仕方ないとは思ってる。
でも、俺を嫌ってるとは思ってなかった奴まで便乗してwwしてたら、さすがの俺だって傷つく。
完全なる八つ当たりだった。
でも、俺なら何とかなっても、メンタルの弱まった奴だったらたまったもんじゃない。
と、偽善者ぶって正当化してみた。
自然と零れた溜息は、もうすぐ降車駅だというアナウンスに掻き消された。
桐生家の玄関先には、昨日と同じように総一郎が立っていた。
一応挨拶をした。常識と礼儀として。
返事の代わりに、無言で玄関の扉が開かれる。
どうやら、昨日のことで機嫌を損ねたのだろう。
器が小さいのな、とボソッと言い放ち、青筋を立てる中年オヤジを残し、ズカズカと階段を上っていく。
【KANADE】プレートの前で足を止め、一呼吸してから軽くノックする。
はい、と返事と共に扉が開く。
昨日のように少しではなく、普通に。
「荷物、取りに来たんだけど?」
『あ、はい。えっと・・・ちょっと手間取ってて・・・。
あの・・・』
俺の顔色を窺いながら口ごもる。
俺は、手伝うけど?と訊いてみた。
ややあって、お願いします、と遠慮がちに口が開かれた。
正直、ホッとした。
断られたら、数十分間部屋の前に居るか、あの中年オヤジのいる居間にお邪魔せねばならないから。
どっちにしろ、俺には拷問だった。
だから、この引きこもり息子が警戒心バリバリの奴じゃなくて少し感謝した。
どうぞ、と招かれた室内は意外とすっきりしていた。
引っ越しする感覚なのかと疑ったが、どうやら元々あまり物が置いてなかったらしい。
ベッドと勉強机、備え付けのクローゼットと本棚。
これが桐生奏の”世界”だった。
『すみません、散らかってて・・・』
「どこが?」
『すみません・・・』
空気が凍った。
さすがにマズいな、と思い、何をやればいい?と尋ねた。
桐生奏が遠慮がちに指示を出す。
俺はそれに従う。
会話は無かった。
一言二言はあっただろうが、あまり憶えていない。
1時間ほど経って、ようやく作業が終了した。
俺はボストンバッグ2つを持ち、玄関へと下りていく。
”大きい荷物”とは言ったが、どうやら、
引っ越し当日は身一つで行きたいから着替えその他を取りに来て欲しい、ということだったらしい。
帰る前に居間へ寄り、総一郎に挨拶をした。
返事は期待していなかった。
だから、彼の言葉に衝撃を受けた。
自宅へ向かう電車の中、俺は静かに目を閉じた。
残像のようにくっきりと浮かぶ、桐生奏の顔。
荷物を持ち部屋を出ようとする俺に向けた、申し訳なさそうな顔。
その時は、自分の荷物を運んでもらい、自分はのうのうと家から出ないことへの罪悪感からかと思った。
だが、居間にいた総一郎の言葉で、本当の理由が分かった。
「”息子の望むように過ごさせてくれ”ねぇ・・・」
多分、桐生奏は父親が俺にこう言うのを分かっていたのだ。
自分の望むことが、引きこもっていることが、他人に迷惑をかけていると思っているのだ。
少なくとも、両親にかけていると。
だからといって、俺に迷惑がかかるとは断言できないだろうに。
父親も息子も、迷惑かける前提で俺と接してる。
胸がちくりと痛む。
他人のことなのに。
「俺には、関係無いのにな。」
最寄り駅を伝えるアナウンスと共に、扉が開く。
俺はゆっくり目を開け、立ち上がる。
両手の荷物の重みが、変わったような気がした。
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