アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
たまには、な。
-
母さんへの報告が終わったので、
俺は桶を持ち、"帰るぞ"と奏を振り返る。
奏は、まだ目を丸くしたまま立ち尽くしている。
俺はその手をとり、引っ張る。
ぴくりとも動かない。
「奏、もう用事終わったから、帰るぞ?」
『・・・りっちゃんのは、ね。』
奏の言葉がイマイチ理解出来なかった俺は、とりあえず、掴んだ手を放した。
奏は、"ありがとう"と微笑み、
墓石の前に立った。
俺は邪魔にならないよう、奏から数歩離れた。
奏が、すくっ、と姿勢を正し、墓石に向かって一礼する。
『りっちゃんのお母さん、
はじめまして。奏です。』
"ボクは、"と、奏が自分について語り出す。
生い立ち、
家族、
交友関係、
柏崎八尋について。
入試説明会の夜に俺に話したように、ぽつり、ぽつりと。
時々、辛そうな表情を浮かべながら。
俺はそれを目を閉じて聞いていた。
口を挟むことなく。
話の内容は、いつ聞いても不快なものだが、あの夜にはなかった冷静さを、今の俺は持っていた。
それだけで、聞き方も、内容も、微妙に違ってくる。
ざぁっと、向かい風が俺達に当たる。
それを境に、周りから音が消えた。
話が終わったのかと思い、俺は目をゆっくり開けた。
目の前には、泣いていたあの夜の奏は、居なかった。
『りっちゃん・・・律さんは、
とても優しい人です。
だからこそ、ボクみたいな欠けた人間に愛を求められてしまう。』
俺のように自嘲するでも、蔑むでもなく、
強い意思を持った目で、
奏は言い放った。
俺は止めには入らない。
奏の言葉を肯定しているわけじゃない。
今は、奏の思うようにさせたかった。
それは同時に、俺の願いでもあるから。
『ボクは、ボクの過去を一生背負っていきます。
ボクは、罪人だから。』
奏は、そこで言葉を切り、俺に駆け寄ってくる。
俺の腕が、ギュッとキツく抱き締められる。
『でも、律さんはボクを許してくれた。
"側に居ていいよ"って言ってくれた。
ボクの求めるものとは違うけど、
でも、ちゃんと愛してくれた。
ボクを・・求めてくれた・・・。』
泣き崩れんばかりに、奏から力が抜ける。
俺は、掴まれた腕に逆方向へ力を加え、奏の体を支える。
震える唇で、奏は絞り出すように叫んだ。
『静さん。
ボクを許してください・・・。
身の程をわきまえないで、
律さんに愛されるボクを・・・
律さんに守られるボクを・・・
律さんを愛していたいと願うボクを・・・
許して・・・ください・・・っ』
嗚咽が閑散とした墓場に響く。
掴まれた腕から、手が放れる。
俺はそれを瞬時に掴み直し、奏にハンカチを手渡す。
「一通り泣いたら、帰るぞ?」
ハンカチで顔を覆った奏が、首を横に振った。
察した俺は、場違いかもしれないが、笑ってしまう。
そんな奇妙な光景に、奏の涙は引っ込んだ。
代わりに、まん丸い目が、点になっていたが。
俺は笑いで震える体を制し、
墓石を眺めながら口を開く。
「"頑張れよ?白いガキンチョ"
許し、出たんだから帰るぞ?」
え?、と驚く奏の手を強引に引き、
スタスタともと来た道を歩いていく。
手を引かれながら、奏は後ろを振り返り、ぺこりとお辞儀をする。
木枯らしと共に、明るい声が、混ざる。
"白いのと黒いの、どっちも大切にしろよっ!あと茶色いの!"
それは、嬉しそうに明日の予定を話す奏の声と、重なった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
87 / 124