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そん時は、よろしく。
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~・~・~・~・~・~
シャワーの音が微かに聴こえる。
ボクは内心ホッとし、なるべく足音を立てないよう注意しながら階段を上る。
いつもは楽に上り切れる段数が、今日は倍以上ある様に思えてくる。
それもこれも、神社でのモヤモヤが原因だ。
昼食を取り終えたボク達は、午後からやる里神楽を見るために境内へ足を運んだ。
開演までまだ1時間くらいあるのに、神楽殿の周りは観客で賑わっていた。
ボク達は殿舎から、人混みから少し離れた場所から見ることにした。
時間が近付くにつれ人は増えてきたが、幸い、神楽師の動きはちゃんと見ることが出来た。
中でも、おかめの神楽面を付けた男の人の舞は、雅やかで観客を魅了していた。
ボクは初めて神楽を見たけど、それはとても“良い”ものだと感じた。
でも、ボクは彼が舞うたびに胸が、胃が、チクリと痛んだ。
そして、ボクから見えていないはずの彼の目が、幾度かコッチを見ているような、そんな気がした。
ボクの隣を。
やっとの思いで階段を上り切ったボクは、りっちゃんの部屋の前に立ち、深呼吸する。
ドアノブを握る手が震える。
ボクは開いている左手を添え、無理矢理捻った。
ドアは、簡単に、開いた。
りっちゃんがボクに気を許してくれているのだと、今更ながら実感する。
嬉しさで緩みそうになる頬を引き締め、部屋に入る。
無人のはずなのに、ボクの心臓のせいで煩く感じる。
出来ることなら、リビングに置いてきてしまいたい。
そんなことを思いつつ、部屋の電気を点け、探し物を開始する。
目的のものは、すぐに見つかった。
充電中のそれからコードを抜き、残量を確認する。
電話を掛けるには、十分だった。
もう一度深呼吸し、連絡先から“あの人”の名前を探し出し、発信ボタンを押した。
発信中の電子音を聴きながら、躊躇いと罪悪感と戦った。
人の部屋に無断で、しかもコソコソ入り、更には持ち主の許可なくケータイを使うなんて、普通は許されないことだ。
でも、今しかないんだ。
りっちゃんがお風呂に入っていて、ボクの意を汲んでか長谷川が自宅に帰ってくれ、清也さんも居ない、
そして、ボクが勢いに任せて行動できる、今しか。
数えきれないコール音を聴き、一旦切ろうか迷った時、やっと“あの人”が出てくれた。
『やあ、桐生君、久しぶり。』
「ッ!?」
驚きのあまり、ケータイを床に落としてしまう。
りっちゃんのなのに。
そう、りっちゃんのケータイなのに。
なのになんでこの人、ボクだって分かったの・・・?
向こう側で彼がボクの名前を呼ぶ。
楽しげに。からかうように。
震える手とバクバクと激しく動く心臓をそのままに、ケータイを耳に当てる。
「あ・・・」
『あ!やっと出てくれたみたいだね。
ダメじゃん、上村先輩のケータイなんだから大切に扱わなきゃ。』
クスクス笑いながら注意され、増々気分が悪くなる。
今にも嘔吐しそうなボクを知ってか知らずか、八尋君は“用件は?”と本題を促した。
そうだ・・・。
ボクは彼とのトラウマを思い出すために電話してるんじゃない。
怯えてなんか、いられないっ
ごくりと唾を飲み、口を開く。
彼に抱く恐怖など、無いかのように装って。
「あのね、ああいうの、止めてくれないかな?」
“ああいうのって?”と白々しく訊き返す八尋君に、神経を逆撫でられる。
きっと、ううん、絶対、ボクが何のことを言っているのか分かってる。
それなのに分からないフリをしてボクの反応を見て楽しんでる。
趣味が悪いし、ゾッとする。
でも、ここは冷静に。
冷静なフリで、ボクは返す。
「・・・りっちゃんの前をうろつくの、止めて欲しいんだけど。
ボクへの嫌がらせのつもりだろうけど、迷惑だよ。
りっちゃんを巻き込まないで。」
『何のことかな?
僕にはさっぱり分からないんだけど。』
「っ!
今日、ボクとりっちゃんと月巴神社に初詣に行ったんだぁ・・・。」
八尋君は“そうみたいだね”とサラッと言った。
そして、あ、と漏らして付け足した。
“長谷川先輩を忘れちゃダメじゃない?”と。
やっぱり、知ってる・・・この人。
疑心と恐怖と憤怒が入り交じり、上手く言葉が出ない。
数十秒の沈黙の後、八尋君から氷柱のような鋭い“で?”を送られる。
“で?”も何も、初詣に行ったメンバーを把握してることそのものが、ボクの言っている“止めて欲しい行為”なんだけど。
「・・・そこでお昼ご飯を食べて、その後、神楽を見たんだぁ。
その時、1人の神楽師さんが『その神楽師さんが舞の途中、君の隣、つまりは上村先輩をチラチラ見ていた。それが僕だと言いたいんでしょ?正解だよ?』
食い気味に被せて来た。
そして、種明かしを、あっさりと終了させた。
ボクの予想は、当たった。
でも。
「・・・ボクが疑ってることも、“知ってた”んだね?」
『それは“本当”に“知らなかった”よ?
でも、舞ってる途中で君の不安そうな顔も見えたからね。
気付くのかなぁ~・・・って。』
“上村先輩に気付いて欲しかったのに”と拗ねた口調の彼に、ボクはプッツンときた。
「ふざけないでっ!」
『ふざけてなよ?紛れもない本心。
・・・ねぇ、なんでそんなに怒ってるの??』
「何で?それは八尋君が一番知ってるんじゃないの!?
ボクが嫌いで、憎くて、ボクを不幸にしたくて、だからりっちゃんに近付いて翻弄して、困らせて、傷付けてっ!
傷付くのはボクだけで十分なのっ!りっちゃんを悲しませないでっ!優しいりっちゃんを利用しないでっ!」
一気に感情をぶつけて、息が上がる。
時々咳き込みながら、ボクは息を整える。
余裕が出来たからか、電話の向こう側の様子が分かり始める。
八尋君は、大爆笑していた。
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