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三話
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最初の薬は、二日後に完成した。
まずは「数撃ちゃ当たる」の当てずっぽう作戦だ。昨日調べあげた前例とすり合わせて、ある程度効果のありそうなものを選び、手持ちで足りないものは経費扱いで使いに走らせた。
完成した薬はそれはもう完璧なはずだが、効かなきゃ意味がない。もちろん一発目で当てようなんて気はないが、人を実験台にしている感じがして、微妙に背徳感がある……。人体実験は魔術師の憧れの一つだ。人道的理由のあれそれで、魔術協会が許してくれないのだが。
試験管そのままで渡すのも気が引けるのでグラスに入れたが、緑色のどろっとした液体が入ったグラスっていうのも……うーん。
もちろんそんなものを目の前に出されて狼狽えないのは、同業者ぐらいだろうし。現に、目の前に座るアルフレートは、あからさまに引いてるわけで。
「……すごい色ですね……」
「あー、まあ……説明、いるか?」
正直素人が聞いてもわからない気もするんだが、頷かれたので一応簡単に説明してやろう。
「とりあえずの当てずっぽうで対魔術師用、ごく一般的なタイプだな。影響を及ぼしてるものの流れをせき止めてやりゃあ元に戻るだろう、って事で……掠ったもので絞り込んでく。即効性重視なんで経口摂取で。飲むのが嫌ならケツから流し込む」
最初から最後までマジだ。アルフレートがさあっと青ざめて首を振る。まあこれ、そっちのほうが幾分かマシってくらいの原材料だけどな……。
魔術っつーのは手順が必要なもので。一般的には呪文を唱えたりだとか、魔方陣描くだとか、そういうものが手順であって、それらすべてをひっくるめて儀式と呼ぶ。言葉ひとつ発するだけでも立派な儀式だ。だが、それに用いられた道具ひとつでも性質が変わるというのが面倒なところか。呪いをかけたところで、呪文ひとつで成立してるならその解呪も呪文ひとつだ。手間をかければかけるほど、解除されにくく、面倒なものになっていく。……ので、これで掠ったら万歳、ダメだったら再チャレンジ……つーわけで。
アルフレートはしばらく固まっていたが、そのうち意を決したらしく、グラスの中味を一気に飲み込む。が、その直後、眉間にシワが寄った。そりゃあな……! 俺もできるだけ飲みたくないからな!
「…………うえーっ……」
少し間を置いて、アルフレートが喉から絞り出すような声を上げた。……これは効果なしかぁ……。
「な、何が入っているのですか、これ」
「具体的にいうと、カエルの体液とか」
「カエルぅ!?!!」
今までにないくらいの大きな声で悲鳴を上げた。明らかに青ざめたあと、口を押さえてえずく。いやーさすがにそうだよな! 聞かれなきゃ黙ってたのによ……。
「あっはっは! ごめんて! でも先に言ったら飲まねえだろ?」
必死で頷くアルフレートの背中をとんとん叩いてやる。口の中に残った薬をぺっと吐き出して、ハンカチで口を拭った。そんなばっちいものみたいにすんなよ、きちんと食用のキレイなやつ使ってんだぞっ。
「……つーかさぁ、お前、なんでそんな呪いかけられるなんてヘマしたんだよ?」
当初から気になっていたことだ。普通、貴族はお抱えの魔術師に頼んで、護符なんかを作ってその手のことから身を守る。が、こいつはそういう事をしていなかったようだ。事実、この部屋は誰かが使っていたようなのだが、埃の積もり方からして一年間は確実に使われていなかったようだし。
アルフレートはその質問に対して、少し困ったように笑った。
「母が魔術師でした。そんな事しなくても私が家族を守るわーとか言っていて。けれど……」
……ああ……そういうことか。じゃあこの部屋は、こいつの母ちゃんの部屋でもあるのか。……ま、晩年を過ごしたのはここではないようだが。なんとなく分かるもんだ。残留思念を追うのは得意だからな。
「何かあるごとにこの塔に登っては、ああでもないこうでもないって、研究をしてたんです」
何かあるごとにって……。元気な母ちゃんだったんだな。こんな階段登ってたのかよ。
母親が死んでから、魔術師を雇うまでの隙をついて……という感じだろう。今まで母親がやっていた事を受け継げるような魔術師がいなかったのか、それとも忘れていたのか。
「何はともあれ、本当に助かります。私じゃあ何もわからないもので……」
首から下げていた指輪を握り、少し寂しそうに微笑んだ。お、おぅ……。なんか、不憫だな、こいつ。
「あー、礼は報酬で返してくれりゃいいから。……で、相手の心当たりはあるのか?」
「いえ……それがよく、わからないんです。何をした覚えもないので……」
だよなあ……。俺なら、心当たりのある相手がいるなら迷いなく、そいつを殴ってこいって言うわ。
……しっかし……なんか……むずむずすんな。
「……なあ。その丁寧語、やめてくんねえかな?」
アルフレートがきょとんとして、目をぱちぱちさせる。俺が慣れてないのもあるが、こいつもこいつでちょっとぎこちないし。
「……いいのかい」
「いーよ。なんか、見た目子供なのが丁寧に話しかけてくると、悪りぃことしてる気分になるし」
「別に気にする必要は……」
「俺が嫌なんだよっ」
そうだよ、なんかこう……嫌じゃん? こんなでも、こいつは目上の人間なわけだし。それが俺みたいなのに丁寧語使ってるじゃん。俺、丁寧な言葉遣いとかできねえし……他人から見れば、見ようによっては誘拐犯じゃん。勘違いされて、自警団にでも通報されてみろ。考えただけで鳥肌が立つ!
「んじゃ、こっからは対等にな」
手を差し出す。今度は親愛としての握手だ。間を置いて、笑顔になったアルフレートが、ぎゅっと手を握ってくる。
「……ああ、よろしくっ」
……やっぱり、手ェちっさいなぁ……。
昼過ぎ。俺に客人だ、というメイドの声で、昼寝から目が覚めた。昨日あまり寝てなかったから取り戻そうとしてたんだけど、まあタイミング悪いもんで……。
渋々扉を開けると、そこにはメイドの姿と、見慣れたあいつの顔があった。
「よっす!」
「なぁにが「よっす」だ……」
フロレンツだ。軽く手をあげ、無駄にいい笑顔で妙な挨拶をしたそいつが、俺を押しのけて問答無用で部屋の中に入ってきた。へぇー結構広いですね! じゃねーよ、今は俺の部屋なんだから、一言断りいれてから入れよ。
「いったい何の用だよ……」
すぐに追い返すつもりで、メイドにドアの前にいろといいつけ、ドアを締める。相変わらず調子のよさそうなフロレンツは、にやにやしながら自分の鞄の中を漁ると、数枚の紙を取り出した。……おい、まさか。
「仕事しましょ!」
やっぱり。
「今もしてんだろ……」
頭を掻きながら、机の上に置きっぱなしだった眼鏡をかける。まったく、クソすぎやしねーか。掛け持ちはご法度だって言ってたのはお前じゃねーか!
「簡単なやつを持ってきましたよ、お小遣い稼ぎしましょ! ねっ!」
「うるせえ帰れっ」
襟首を掴んで引きずり出そうとするが、これがまた踏ん張る……。つーかいつもより踏ん張ってんなお前! なんなんだよっ!
「あーっ待って! 待って! ちょっとお届け物があってっ!!」
何がお届け物だ……って、お届け物? 俺にか。襟首から手をはなしてやると、フロレンツは少しよろけたあとで、へへっ……と笑った。
鞄の中に手を突っ込み、何かを手にとって俺に差し出す。
受け取ったのは、小さな箱だ。そこまで大きくはない。特に何も仕込まれていなさそうなので蓋を開けると、中から現れたのは、透明な液体が入っている瓶だった。……これは……。
「竜の硝子体か?」
「です!」
硝子体とは、眼球を満たしているゼリー状の体液のことだ。だいたいは、薬の効果を増強する目的で使われる。それなりに高い素材のはずだが、なんでこいつがこんなもの……。
「ほら、サクッと終わらせたいって言ってたじゃないですか。久々にまともに働いてくれるからーって、マスターからの選別で!」
ほぉー。瓶を揺らすと、中でゆるく震える。で、これで釣って、他のめんどくさいこともやらせようって魂胆か……。分かりやすい。
「……調合系のやつはあるか?」
「おおっ? いいんですか? いいんですねっ!?」
「やる気になってるうちに渡せよ。じゅーう、きゅう、はち……」
「わーっ! カウントしないでっ!」
慌てて書類を確認して、付箋のついたものを二枚ほど渡してくる。内容を確認してみると、確かに簡単な……だが並みの魔術師じゃ対応出来ないだろう内容だった。……あ。おい待て、これ……。
「じゃあその二つ、明後日までにお願いしますねっ! ではぁ!」
フロレンツは言うが早いか、すぐに踵を返して勢いよくドアを開き、階段を駆け下りていく。……これ、竜の水晶体が必要な、依頼だわ……。
メイドがきょとんとした顔でドアから覗き込んでくる。ああー、騒がせてごめんな本当に……しかし……ッ!!
「……あっの野郎……俺様を二度もっ……!」
これが終わったら、絶対、丸々ひと月は休んでやるッ!
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