アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
五話
-
結局アルフレートは、朝起きたときには既に俺の部屋にいなかった。そりゃあ、執事やらメイドが朝起こしにいくと、主人が寝台にいない……となると大変なことになるのは、わかりきった話だ。
濡れたタオルを避けておいたりといった、最低限の処理だけして消えてたのは、ちょっとどうかと思うが。やるなら徹底的にやれよ……。ガキの体じゃ無理だったのかもしれないけど。
シャワーを浴びながら、溜息をつく。股間に立派なもんがついていながら、男に、しかも子供(中身はそうでない)にブチ犯されたという事実が、背中に重くのしかかってくる。
……まあ、当然、出されたものの処理をしないとならないわけだが、何が悲しくて自分のケツ穴に指突っ込まなきゃならないのか。泣けてくるわ。自分の体質の事はよぉく知ってるから、やった方がいいのは分かる。気分的にもそうしたい。だがそこで立ち塞がるのはもちろん、前述の事実なわけで……。
意を決して、唾液で湿らせた指を中に挿入する。痛みはない。が、……指って、こんなすぐ入るもんじゃないよなあ……。中に出されたものを指で掻き出す。……ぞくぞくして、仕方がない。なんだ、これ。唇を噛む。……そういやアルフレートが、素質がどうのとかほざいてたよな。まさか、あれマジな話だったとかじゃ……ないよな?
……いやいやそれはないわ、と無理やり納得してから、蛇口を閉めた。
脱衣所のドアを開けると、ごつんと子気味よい音が聞こえた。何かにぶつけたなと思って、ドアの間から頭を出して外の様子を伺う。と、案の定、そこには頭をぶつけたらしい子供……というか、アルフレートが後頭部を押さえながら、こちらに背を向けてその場にうずくまっていた。
「……何してんのお前」
「ま、待ってたんだけど……急に開いたからっ……」
あー、結構勢いよく開けちまったからな……って、待ってたって、どういう事だよ。今更だな!
頭を押さえたまま立ち上がって、こちらに向き直る。が、目が合った瞬間赤くなって俯いた。……その反応、俺がするべきやつじゃないのか?
「その、……昨日の事、謝ろうと思って……」
目線を泳がせてもじもじしながら、まあ当然のことを仰るわけだが。ほお。謝ろうと。謝って済むことじゃねえっつーのは、分かってるよな。……ものすごい気まずいんだけど。
「で?」
「……いっぱい、ひどいこと言ったので……」
「そーだな」
「お、怒ってる……よね?」
「うん」
頷く。怒ってないわけがあるか。自分で聞いておきながら多少なりとも衝撃を受けてしまわれたようで、アルフレートの顔色が一気に悪くなる。
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ! そのっ、償いはしますから……お願いですっ、協力してくださいっ」
「あー、いや、一度引き受けたんだし、いまさら辞めるとかはないけど……」
かなり慌てながら何度も頭を下げてくる。大変なのは分かるし、そりゃあまあ……ダメージは受けてるけど。この程度ならまだマシだろう。妙な偏見を持たれるより、性的な目で見られるほうが幾分かは。実行に移されたのは初めてだったけどな。
頭を掻く。償わせるっつったって、金銭でやりとりすると、金払えばやっていい……っていう展開になりかねない。さてどうしたもんかと腕を組む。……うーん。
「……生きてりゃいつかこんな事もあるだろうとは、思ってたし。いーよ、許してやっても」
「えっ!? い、いいのかっ」
よくない。が、良いってことにしといてやる、という話だ。まあ? 眉目秀麗な俺様に惹かれるのはわかるし? っていう、ナルシストめいた思考も、ちょっとは決断に影響してきてるけど。
「ただし、条件がある」
アルフレートが、息を飲む。さーて、いくらぶんどられると思ってんのかな。まあぶんどるのは金じゃないんだけど。
「ヤりたいっつーなら、いくらでもヤらせてやる。……だから、俺様を満足させろ。これが条件だ」
いまさら、貞操ごときでギャーギャー喚いても仕方がない。俺が油断していたのが悪りぃし、そもそもの原因はこいつじゃなく、呪術師だ。被害者しかいないんだから、相応の態度を取る。
……あれ、意外と気持ちよかったし。そもそもそういう繁殖行為っつーか、なんつーか。平たく言えば、セックスするの、結構好きだし……。エルフはみんなそうなんだよっ、みんなムッツリなだけなんだわ! 宗教で抑圧されてるから性欲という概念がわかんねーだけで! それだけの話……なんだけど。
「……ほ、本当に?」
俺の言った事が信じられないようだ。目を丸くして、口が半開きになっている。頷いてやると、瞬く間に頬が赤くなっていく。ころころ顔色変えて、忙しいなお前。
「……ありがとっ!」
とか言いながら、突然俺に抱きついてきた。ぼすっと胸に顔を埋めて、頬を擦り寄せてくる。おーおー、可愛いねぇ。中身がおっさんだと思わなけりゃな。どうにも、いちいち意識しちまうな……やっぱ早めにどうにかしてやらねえと。
「じゃあ、その……」
あきらかに嬉しそうな、高めの声色。あーもう、分かってる。そうだよなあ、こんなこと言われて我慢なんか……できねえよな。
「今晩、……いいかな?」
……無邪気な上目遣いと笑顔は、ちょっとした恐怖にもつながるなあと思った。
……数日後。
もう何度目の挑戦か。ここに来てから一週間は経ってるし、試行回数は少なくとも二桁を超えているはずだった。
さて今回の薬は、人魚の鱗と竜骨を煎じてエルフの血液に溶かして乾燥させ、粉末にした粉薬だ。もちろん血液は自前。
中身は言わずに飲ませたが、アルフレートいわく。
「鉄臭い……また血液が入っているね、これ」
……と、まあ一発で主要なものを当てられた。
意外としぶとい呪いのようで、カスったりはしたが、そこから先にはなかなか進まない。アルフレートのコメントから分かるだろうが、どうやら引っかかったのは俺の血のようだった。
エルフは希少種だ。それの血液も、もちろん希少なわけだが……己がエルフだと、そのありがたみは本当にわからない。まあ希少とはいえ、すぐに絶滅するような種族じゃないし。生殖能力が低いわけでもなく、むしろ性質だけで言えば繁殖しやすい生き物だ。それがなんで一向に増えないかっつーと、単純に宗教のせいで。森こそ神だとか考えてるからいけないんだ。生息域が減った挙句に絶滅……なんていう、動物みたいなシナリオを辿りたくなけりゃ、さっさと妙な信仰をやめればいいのに。平たく言えば、俺みたいに人間に混ざってみりゃあいい。それだけの話だ。
そんなこんなで、もうこの町にもン十年。見知った顔がどんどん老けていくのが楽しくなり、俺の耳に対しての目線も減った。出歩いていても何の問題もない程度には受け入れられて、今はこうだ。
「――だぁからっ、いいだろうが銀貨一枚くらいッ!!」
「あぁ!? その一枚で何回分の飯代になると思ってやがんだてめぇ!?」
「わかってねーなぁー小僧ッ! 節約してんだよ節約ゥ!!」
……そのン十年前から通いつめて、常連となった魔術用品の専門店にて。近年頭頂部が心配になってきた店主からお目当てのものを値切ろうとあーだこーだ言ってるのが現在だ。何せこいつがガキの頃から来てやってんだから、ちったあまけてくれたっていいだろうが!
ついて行きたいと仰ってついてきたアルフレートが、ぽかんと口を開けたまま静止している。どうやらこういう光景は見慣れないものらしい。店主はアルフレートを本当のガキだと思っているらしく「坊ちゃん、こんな大人になったらいかんぞぉ」なんて吹き込んでやがる。俺だって好きでこんな大人になってねぇよ!
結局、値切ることをあきらめて、テーブルの上に代金を叩きつけ、品物を肩から下げた鞄の中にしまう。まったく、ここでケチっておけば美味い酒でも飲めたのに……。
「なあ。マリウスは、一体いくつなんだ……?」
店主に背を向け、恨み言を呟きながら財布の中身を確認していた所で、アルフレートが余計なことを店主に聞く。
「あぁ? そいつ、もうとっくの昔に百超えて……」
「うるせーぞガキどもっ、ジジイの年齢なんて気にする意味ねーだろ!」
六十三歳と六十七歳に違いを感じるかって話だ。まったく、無意味な詮索しやがって……。
気付けば、夕暮れ時だ。
おまけでもらったクレープを食いながら、アルフレートがふと口を開いた。
「これは何という食べ物だ?」
……おぅ。そうか。知らんのか……。坊ちゃん極まると別の食い物のような綺麗なものを食べるもんな。
「クレープ。食ったことあるだろ」
「……記憶の中のそれと一致しないんだよ。味は……クレープだけど」
案の定だったわ。こいつにとってクレープは、手に持って食うものではなかったんだろう。最後のひとかけを口に放り込んで、唇の端についたクリームを親指で拭い舐めとった。
ざ、と、砂を踏みしめるような音が聞こえる。自然と耳が立った。
……何かいる。その直感とほぼ同時に、独特の高揚感が襲う。……マナが活性化する感覚だ。……こいつは……!
「……動くなよ!」
「えっ!?」
アルフレートの腕を引き背に隠し、気配のした方へ向き直る。物陰に潜んでいた影……男が、小さく何かを呟いた。呪文だ。現れた火球が一瞬その姿を照らす。長い前髪から覗く派手なピンク色の目……やっぱりお前かよ!!
一直線に向かってきたそれがぶち当たる寸前、手のひらを前に突き出して、火球を構成していたマナを解体し打ち消す。あっちぃ! まったく、あれほど他人を巻き込みかねない魔術は使うなって言ってただろうが!
「相変わらず陰湿だな、ド三流!」
手についた煤をはらいながら、影からふらりと現れた男を睨む。黒い男はクスクスと笑い声を上げながら、手に持っていた魔術書を閉じた。
……カミルだ。いやらしく歪んだ唇が、これまたねちっこい声で囁きはじめる。
「二流も三流も、人間にはたいして変わりないねェ」
終始笑いを堪えながら、まともにこちらを見ずに言う。高い位置で束ねられた、白髪混じりで灰色になっている黒髪は、自分の実力に見合わないような魔術を行使しすぎているからだ。あと数年もすりゃあ真っ白だろう。そういう無茶をして俺に追いついてきた、ただのバカ。それがカミルとかいう三流魔術師だ。
「てめぇの事だ、「一流の魔術師は子供の依頼なんか引き受けない」とでも言うんだろ?」
溜息をつきながら、アルフレートに手で「下がれ」と合図する。確かに実力自体は俺よりちょっと下くらいで、人間としちゃあ上出来なんだが、性格がわかりやすいんだよ。
なんてったって、金よりも人の不幸を選ぶようなクズだ。呪術師まがいのギリギリな依頼ばっか、好んで引き受けやがる。そんな奴が三流でないなら、人間社会は腐りきってると言わざるを得ない。人とまともに目を合わせられない時点で業者としてはどうかと思うんだけどな、俺様は!
「さすが、「僕の」マリウス。ま、そいつは子供じゃあないみたいだけど……」
なぁにが僕のだ。俺は俺のものであって、他の誰のもんでもない。こいつが好きなのはエルフとしての俺だし。アルフレートにぎゅ、と袖口を掴まれる。ま、こいつがガキじゃないっつうのに気づくってのは、中々なもんだ。そこは認めてやるよ。
「……で? 俺と喧嘩してぇのか、そばかす野郎。受けて立つぜ?」
「そんな。真正面から挑んでも勝てないからねェ……」
ほとんど髪の毛で隠れている目が、ぎらぎらと光っている。……アルフレートの方を見ているようだ。ほんっとに、わかりやすい奴だなお前。どうやらコイツに興味があるらしいが……てめぇなんかにゃ教えてやらねえぞ、何が何でも。
「まァいい。……何かあったら僕を頼ってねェ。土下座でもすれば、手伝ってあげるからさァ」
偉そうに手をひらひらと振ると背を向けて、長いローブを引きずりながら歩きだす。結局ちょっかい出しに来ただけかよ、クソ根暗め!
ふん、と鼻を鳴らしてアルフレートの方を向くと、彼はぽかんとした顔で、遠くなっていくカミルの背中を見ていた。
「どうした?」
「……おれ、あの人見たことあるかも」
「はあっ!?」
振り返るが、カミルの姿はもうそこにはない。
お、おい待て、まさか、こいつの呪いって……あいつが、とか、流石に無いよなぁ?
「……帰ったら、詳しく聞かせろ。いいな?」
小さく頷くアルフレートの手を引き、その場から立ち去った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
5 / 9