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そのあと、昼餉に呼びに来た侍女に叱られ、日向は昼餉抜きを宣告された。
おれはどうにも腑に落ちない気分で昼餉を食べ、もう一度縁側に向かったが、既に日向はいなくなっていた。
仕方なく自室に戻り、窓を開け放ち、縁に肘をついてぼんやりと外を眺めた。
しばらくそうしているうち、フュイー、と笛のような音が聞こえ、はっと耳を澄ます。
もう一度、高く涼やかな音が木々の合間に響いた。
「コクイだ」
全身が染め抜いたように黒く、羽の内側が瑠璃色の小さな鳥。
笛に似た声で鳴きながら、仲間と意思疎通をする。
おれは指を唇にあて、ヒュイー、と指笛を鳴らす。
こうするとコクイが応えてくれる……らしいのだが、どうもうまくいかなかったらしい。
何度か吹いてみたが、一度も応えてくれなかった。
思わず苦笑したとき、くすくすと笑う声がして、びくっと振り向いた。
「殿下、それじゃあだめです」
のんびりとした声と、その顔を見て、おれは肩の力を抜いた。
部屋の前でちょこんと正座する青年。
うなじまでの柔らかい白髪に、紺色の手ぬぐいを額に巻きつけている。いかにもおっとりとしたまぶたからのぞく、薄い灰色の目が、穏やかにおれの顔を見つめた。
「芒(のぎ)、だめとはどういうことだ?」
たずねると、芒はちょっとだけ首をかしげた。
「お部屋に入ってもよろしいですか?」
「ああ、もちろん」
芒はひざをついたまま、畳の上をにじにじと進んでくる。
そうしておれの隣にきて、にこっと笑うと、窓の外に向けてフュイー、と指笛を鳴らした。
フュイー……と、こだまのように、いくつか同じ音が返ってくる。
おれは素直に感心した。
「やはり、芒はすごいなぁ」
「殿下にもできますよ」
「いや、おれには無理だ。
そもそも音感というものがない」
苦笑すると、芒はにこにこと楽しげに笑った。
「わたしにも音感なんかないです。
大切なのは、気持ちです」
「気持ち?」
「これは、ただの合図じゃないから。
コクイたちにとっては、これが言葉なんです」
「では、さっきはなんと言ったんだ?」
「いい天気ですね」
「ほう……
で、コクイたちはなんと?」
「そうですね、とか、いろいろ」
それを聞いて、おれは首を横にふった。
「やはり、おれには無理だろう。
彼らの言葉がわかるおまえとは違って、おれにはコクイたちの言葉はわからぬ」
「言葉の意味はわからなくても、声の抑揚とか、明るさとか、そういうもので、言いたいことがなんとなくわかることってありません?
それと同じですよ」
「……そうか?」
こくんと頷いて、芒はもう一度指笛を吹いた。
すると、木々の隙間から小さな影が飛び出し、芒が差し出した指の先にとまった。
コクイをこんなに近くで見るのは初めてだ。おれは身を乗り出して、陽の光に黒い羽をなめらかに光らせるその鳥を、じっくりと眺めた。
「いま、どうやって呼んだ?」
「おいでー、って」
「……」
「でも、これは反則技です。
わたしはこの仔を使役してるから」
おれは驚いて、芒の顔を見た。
「使い魔なのか」
「もう、ずいぶん前からです。
群の頭であるこの仔が他のコクイたちにも指示して、森に異変がないか、屋敷に危険がないか、いつも目を光らせてくれている」
芒から目を逸らし、もう一度コクイを見つめる。つぶらな眸は、透き通った灰色をしていた。
「……それは、知らなかったな」
ぽつりとつぶやく。
芒はおれの顔を見上げ、首をかしげた。
「わたしは、殿下や、他の皆がいるこの生活が好きなんです。
だから、守りたい」
素直な言葉に、胸を打たれる心地がした。
「……ありがとう」
思わずつぶやくと、芒は微笑って首をふった。
「殿下、わたしじゃない。
みんなに言ってあげて」
驚いて芒を見る。しかし、と言いかけるのを手で留めて、芒は深く頷いてみせた。
「殿下は気持ちがまっすぐでいらっしゃる。
だから、きっと伝わります」
おれは唇をきゅっと結んで、頷く。
ありったけの想いを込めた指笛が森の中に融けていくと、呼応するように、葉を優しく震わすような音が、辺り一面に高らかに響き渡った。
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