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金色に光る手が手招きしている。
おれはその前にゆっくりと歩みを寄せ、かしずくと、その手をとって指の付け根に唇を落とした。
金の指先がおれの頭をさっと掠めると、頭の中に、深く重みのある声が響き、おれに大切な大切な言葉を与えた。
深々と頭をさげ、額を地に擦り付ける。もやが立ち込めたように足元は真っ白にけぶり、なにも見えなかったが、土の上でも、畳の上でもないのだということはわかった。
白いもやを吸ったとたん、ふっと意識が遠のき、おれはビクッと身震いして覚醒した。
見渡せば、いつもの寝間だった。今ので起きてしまったのか、春臣が眠そうな目でおれの顔を見つめていた。
やけに頭の中がスッキリしている。
鼻の奥に、あの香のようなもやの匂いがくっきりと残っていた。
「……殿下?」
寒い……寒気がする。
おれは腕の中にある春臣のぬくもりを確かめるように、ぎゅうっと強く抱き締めた。
──震えがおさまると、おれはからだを起こして春臣と向かい合った。
夢のことをひととおり話して聞かせる。
おそらく、おれも春臣も、同じことを考えていたはずだ。
話し終えたとき、春臣は神妙な様子で頷いた。
「……儀式が、ついに始まったのかもしれません」
おれはだいぶ冷静になった頭で、夢の中で厳かに告げられた言葉を反芻していた。
「《山奥の社で祈りを捧げよ。さすれば悪しき病はそそがれる》……」
「……」
しばらく沈黙が下りたが、ふいに春臣が立ち上がり、隣の間から新しい衣を持って戻ってきた。
「まずは伊万里さまたちに、このことをお伝えするべきでしょう」
おれは頷き、春臣の手を借りて着替えを済ませ、すぐに奥の間へ皆を召集した。
──おれが話し終えると、やはり誰もが似たような反応を示した。
「……儀式が始まったとみて、まず間違いないでしょう」
静かにそう口にしたのは、伊万里だった。
僅かに潤んだ目でおれを見つめ、畳に手をつき、ゆっくりと頭をさげた。
周りで見ていた者も、同じように伏礼した。
「我々はこの日がおとずれるのを、ずっと、ずっと待ち続けて参りました。
あなたさまに神の試練が与えられる日を……
そしてそのすえに神子となられ、皇とともに民を統べられる日を」
伊万里の声に抑えきれない敬服の響きがあるのを、むずがゆいような気分で受け止めながら、おれはそっと苦笑した。
「おまえらしくもないな、伊万里。
いま、おまえは、おまえの理想を語っているにすぎない。
おれは夢の中でお告げを聞いた。まだ、それだけだ」
わざと言い含めるように押し返し、おれは皆に顔をあげるよう促した。
その表情はさまざまだったが、共通してあるのは、皆が皆、まだ現実を受けいれられていないような顔をしていることだった。
「……ここにいる皆は、この儀式のためだけにこの屋敷に遣わされ、十一年もの間、望まぬ主君に仕えてきてくれた者たちだ。
感謝など、一言で伝え切れるものではないから、敢えて口にはしない。
だが、おれは心からおまえたちのことを信頼しているし、おまえたちがおれのことを一人の人間として慕ってくれていることも、ちゃんと知っている。
おまえたちに報いるためにも、この儀式を必ず成功させねばならぬ。
どうか、もうしばらく、いまひとつ頼りないおれに、おまえたちの力を貸してほしい」
十一年も同じ場所で、同じ時を過ごしてきた。
その長い長い準備期間を終え、いまようやく、皆の思いが実を結ぶのか、不毛に朽ちるのかというきわに、我々は立っている。
一人一人と頷きあうと、おれは改めて口を開いた。
「神よ、しかと見届けるがいい。
この志野、《清珠の儀(せいしゅのぎ)》を必ずや成功させ、あなたの意によって国を正しく導く、魂清き神子となってみせよう……」
──それは、長く険しい試練の始まりであった。
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