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弐
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会議は、まず芒の報告から始まった。
「──知ってのとおり、この屋敷は山の中腹に構えてます。
ここから12キィルほど登ったところに社があるのは、使い魔であるコクイたちの報告で確認済みです」
「そこがお告げによる、《山奥の社》であることは間違いないでしょう」
芒と伊万里の言葉におれは頷きを返す。
それから目を落とし、あごに指を添えた。
「問題は、《悪しき病》か。
この屋敷の中に、なにか病を患っている者は?」
枸々は緊張で紙のように白い顔をしながらも、きっぱりと首を振った。
「殿下の身辺の者から侍女の一人一人の健康状態は、すべてこの枸々が把握しておりますが、ここ最近どころか、数ヶ月近く、病に罹っている者は一人もおりませぬ」
「そうか……
一度、街に降りてみる必要があるな」
つぶやいた言葉に、伊万里が頷いた。
「侍女をつかいに出し、それとなく街の様子を探らせてみましょう。
それから、定期的に街に降りている者のなかでなにかうわさを耳にした者がいないか、調べてみます」
「たのむ」
「ですが、もし街にも病のうわさがないとすれば、これから出てくるのかもしれません。
すぐに屋敷を発ち、件の社へ向かうのがよろしいかと」
「ああ、そうだな……」
無意識に低い声で答えてから、おれはため息をついた。
正直、考えることはあまり得意ではない。
からだを動かす方が性に合っているのだ。おれに言わせれば、目に見えない畏怖すべきもの、それ自体を信じろということさえ試練に近い。
だいたい、神に祈れば神がなんとかしてくれるだなんて考えるくらいなら、まっさきに自分でなんとかしている……
そこまで考えて、おれは思わず顔をしかめた。
「……おれは、なにを学んできたんだろうな」
「は?」
「伊万里、おまえは、おれに神の器となるに相応しい知識や思想を授けようとしてくれていた。
……おれは、おれの頑固さがときおりいやになるよ」
「いったい、なにをおっしゃって……」
言いかけて、伊万里はハッと目を丸くし、すぐに苦い表情を浮かべた。
「殿下……神のご加護を身をもって感じて参られることです。
社にて祈りを捧げれば、神は必ずや応えてくださいます。
さすれば殿下とて、神の偉大なるお力を信じずにはおられますまい」
「ああ……」
確かに、実際に手応えを感じることができれば、神という超常的なものに素直に傾倒することができるかもしれない。
そんなことはない、という嘲笑に近い感情の浮上には気づかないふりをし、おれは顔を上げた。
この試練は、自分自身のために乗り越えるものではない。
皆のために、おれは神の足下に膝を折るのだ。
「明朝、この屋敷を発つ。
芒、おまえに案内をまかせる」
「はい」
「伊万里、ここから12キィルの道程であれば、二日はかかるか?」
「夜の山歩きは非常に危険ですから、日暮れから日の出まで動けないことを考慮すると、二日以上はかかると見越すべきでしょう。
どれほどのあいだ社にお籠りになられるかはわかりませんが、見積もって二週間分の物資があれば事足りるかと。
街で男衆を雇い、荷を運ばせるのがよろしいでしょう」
「ではそうしよう。
その方は春臣に一任してよいか」
「春臣なら街の連中にも詳しいですし、物資の扱いにも慣れておりますから、適任かと思います。
なにより、あれには殿下の身辺のお世話という大切な役目がございますゆえ」
おれは思わず苦笑した。
「仕方ない、おれは普段、あいつしかそばに置いていないからな。
その役目は他の者には任せられぬ」
伊万里は微笑して頷くと、日向に目を移した。
「日向、そなたはしんがりを務めるがよいだろう。
列から外れる者がないように見張りながら、殿下に危険が及ばぬよう目を光らせていてくれ」
日向は腕を組んだ格好で、ニヤリと笑い、頷いた。
それから一つ二つ細かな示し合わせをして会議を切り上げると、皆それぞれ与えられた役目を果たすため、足早に散っていった。
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