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「おまえは、敵から逃げてきたのだったな。
ならば、相手の眼を欺くことには慣れているのではないか?」
夜の帳の中、日向は地べたにあぐらをかいて坐っていた。
それと向き合う形で、李雨が正座をしている。
「べつに、普通に逃げてただけだけど」
「普通に?」
「おれ、足速いし。
矢さえ当たらなければ」
日向はそうか、と頷いた。
「獣を捕らえるときは?」
「気づかれないように近付いて、一気に飛びかかる」
「気配を殺すのは得意か?」
「んー……微妙」
「おまえにそれを期待するのはお門違いか」
日向は笑って、太い指であごを撫でた。
「ふむ……
足にものを言わせる戦い方もありだが、それだと、一対一では無謀だな。
真正面から飛びかかれば相討ちになるか、おまえが切られる可能性の方が高い。
そもそもシライという獣は、群れで獲物を狩るのに長けているのだろうが。
獣の本性は活かせぬと思っておいたほうがよいな」
「人間は人間らしく、頭を使って戦えってこと?」
日向は、短くため息をついた。
「おれはそういうことが苦手なんだがな。
小回りが利くような図体でもなし、腕っぷしだけが取り柄だから。
しかも獣の戦い方などわからぬ。どう教えたらよいのだか……」
李雨は少し首をかしげた。
「日向、おれのよくないところはなんだと思う?」
「は?」
「ここ数日、おれの戦い方を見ててどう思った?」
「どう……と言われてもな。
おまえ、あれはただやみくもに体当たりしていただけだろうが。
叩いてくれと言わんばかりで、おれにとってはいい的だった」
「だったら、的でなくなればいいんだな?
よし、わかった」
そう言うやいなや、李雨のからだがみるみる縮んでいく。
日向はなかば呆れて口を開けていたが、獣の姿になった李雨が鼻先を上げて急かすので、やれやれと棒を持って立ち上がった。
それを見届けて、李雨はパッと身をひるがえすと、昏い藪の中に飛び込んでいった。
……まったく、落ち着きのないやつだ。
ガサガサと葉が擦れる音が遠ざかる。
しん、とした静寂が冷たい夜気を満たすと、日向は息を止め、じっと耳を澄ました。
遠くで梟が鳴く声がする。
微かに風が吹き、さぁっと葉をなびかせた瞬間、背後でがさりと音がした。
振り向きざま棒を薙ぐと、確かな手ごたえのあとに、黒い影が棒に絡まっているのが見えた。
影は地面を転がって跳び起き、すぐさま飛び掛ろうと身構える。しかし、日向が手をあげる方が早かった。
「待て!」
声を張ると、怯んだように影の動きが止まる。
それからその場にちょこんとおすわりした。
「まったく……やみくもにぶつかればいいものではないと、たったいま言ったばかりだろうが。
敵の真正面から飛びかかるなど言語道断。獲物の獲り方を知っている獣の方が、まだ賢いのではないか?」
やれやれと嘆息すれば、李雨は頭を振って、もう一度だとでもいうように立ち上がる。
いいから落ち着け、となだめつつ、日向は李雨と目線を合わせられるよう地面にしゃがんだ。
「いいか、小僧。
おまえはまず、己のことをよく理解せねばならん。人それぞれ手になじむ武器があるように、戦い方にも適性ってもんがある」
話しかけながら羽織を脱ぎ、李雨に向かって放る。ばふっと頭から羽織を被った小さな影は、みるみる変化し、人型になった李雨が裾から顔を出した。
「……適性?」
「そうだ。例えばおれのように、図体がでかくて小回りが利かないような者は、無闇に武器を振り回すだけではむしろ相手に隙を与えてしまう。そういう場合、相手の動きをよく見極め、ここぞというときに強烈な一撃を喰らわすのがもっともよい手段といえる」
「うん」
「その点でいうなら、おまえはおれと真逆だな。
身体が小さく小回りが利く。なおかつ脚が早く、野を軽々と駆け抜ける強靭さもある」
「なら、敵に攻撃される前に、隙を突いて叩けば……」
「それも一つの策ではあるが、使いどころが限られる。それに、おまえは気配を消すのが下手だからな。腹を空かせて春臣に襲いかかったあの夜のように、防がれて失敗するのがオチだ」
李雨は、うっと言葉に詰まる。
日向は苦笑した。
「さて、夜は長いぞ」
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