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囚われた春の日1
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桜の花びらが散る。
一年で僅かな期間しか咲かない花を、何故こうも人々は愛し、わざわざ植えるのだろうか。
路肩に雨で流された花びらが、汚く茶色く変色して集まっている。
歩くたびに落ちた実を踏み、靴を汚すその感触に眉を顰めた。
殆ど散ってしまい、見窄らしい桜。
咲き始めの頃とは逆に、葉桜となって残る僅かな花にはもう誰も興味を示さない。
一瞬の栄華を極める象徴のような花を、何故こんなにもこの国の人々は愛でるのだろうか。
人々の喧騒を避け、職員用の裏門の前で煙草を一本加えた。
この学校で迎える3度目の春。
去年と同じ。
全く同じだ。
恐らく来年も同じことを繰り返すのだろう。
そしてそれは、これからもきっと同じ。
将来はどうせ父の後を継ぐ。
敷かれたレールの上を、ただ言われるまま進む。
宍戸家の長男。
金と権力、名声と家柄。
望んでも手に入れられないモノを、生まれながらに与えられている。
これが幸せだと、そう言われるのだろうか。
親の金で学び、親の金で遊び、先祖が築き上げた名声を、さも自分の物として誇示するような七光りの馬鹿にはなりたくない。
だからといって親に反発し、安穏を捨ててまで得たいものすらない。
どんなに豪華に着飾り、中身をどれほど独創的にしたとしても、向かう先は決められている。
結局、何も変わらないのだ。
つまらないな……すべて……
吐き出した煙が、見窄らしい桜に引き寄せられるよう消えていく。
春の暖かい空気ですらも、忌々しく思える。
どうせまた今日もいつもと同じ、憂鬱な一日なのだろう。
――――そう思っていた。
「ヒッ……クシュ」
自転車に乗り門の隙間を通り過ぎようとした青年。
そのくしゃみの衝撃で、彼は俺にぶつかりそうになり、それをかわしたことでガチャリと自転車が倒れた。
「わぁ!!」
派手に転倒し、不運にも鉄の門に膝を強打して青年はのたうち回った。
「いってぇ〜!!!」
マスクをつけた青年。
髪は金髪で、耳にはピアス。
見るからにチャラそうな、そんな男だった。
人と関わりたくなくてわざわざ裏口にいたのに……と、憂鬱な気持ちになる。
昔ながらのありきたりの下らない手口で、慰謝料でも要求するつもりなのだろうか。
権力者の祖父。
金持ちの父親。
それに絡む奴らも多かった。
昔からもう慣れっこで、絡まれたとしてもその対処法は心得ていた。
――――ただ、面倒なのだ。
人と関わるのが。
「あー……スンマセン」
適当に謝る青年。
鼻が詰まったような声。
四月のこの時期だ。恐らくは花粉症なのだろう。
耳のピアスは、どうやらファーストピアスらしい。
まだホールできあがっていなく、少し赤くなっていた。
なんてことのない。大学デビューの新入生なのだろう。
一年の中でも、俺の存在は噂になっているはずだったが、彼は俺のことを知らないようだった。
マスクで顔は見えないが、目元や背格好だけで判断しても、冴えない普通の男だった。
「大丈夫かい?」
外面の良さには自信があった。
それに生まれ持った容姿や才能を、自分は自負している。
自転車を起こしている青年に、人が良さそうに声をかけた。
「あーハイ」
俺の方を見ることなく、彼はもう一度頭を下げる。
どうやらこの青年も俺と同じで、他人には興味などないようだ。
なんてことのない一瞬のこと。
すぐにこのことは忘れてしまう、そう思っていたのに……。
この青年が、後に自分の人生を大きく変えることになる存在だとは、その時思いもしなかった。
――――――――――――――――
「聖、遅かったな」
そう呼ばれた青年が、遅刻ギリギリで教室に入ってくる。
あの自転車の青年と、一緒の講義だった。
普段なら意識をしないけれど、後から入ってきた青年が俺の前に座ったことで、俺は彼のことを思い出したのだ。
聖……というのか……
相変わらずマスクをしている彼の横顔。
隣の生徒と話をしている姿が、何気なく視界に入る。
やはり、普通の男だった。
容姿もこれといって優れているわけでもない。
身長も高いわけでもなかった。
講義にもさして興味を示さず、だからと言って隣で喋る男の話に聞き入っているわけでもない。
何を考えているんだ……?
そう、一瞬だけ興味を持った。
それから、構内ですれ違う度、自然と彼に視線を送るようになっていた。
それは自分でも驚くほど、彼を意識していた。
誰かに興味を持つなど始めてのことだったかもしれない。
聖は地方から来たらしく、仲の良さそうな友人はいなかった。
そして、何処にでも時間ギリギリに来る。
学校にも、授業にもだ。
ただのだらしないルーズな奴なのだろう……最初はそう思っていた。
恵まれていた人生を送っている俺にとって、聖は特に気にとめる必要のない、そんな人間のはずだった。
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